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6 ボク
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しおりを挟む仕事を終えて宿に戻って、ゼンさまがまだ眠っていることに安堵する。
すぐ側に控えていたあいつに憎々しげに見られたけれど、知ったことか。
「早かったな」
「いつも通りだ」
いつもは血抜きしてから納品するけどな。
丸ごとの大型獣を持ち込むのは喜ばれても、倒して時間が経っているものは嫌がられる。
当たり前の話として肉の味が落ちるから。
今回は、外で倒して走って持ち帰ったから、新鮮そのものだ。
血も固まっていないだろうから、そこまで嫌がられないだろう。
「ところで、ボクはゼンさまの生活のために働いている、お前は稼がないのか」
お前の生活資金まで出す気はないぞ、と言ってやると、むかつく笑顔を浮かべやがった。
「ぼくには学も伝手もある、せこせこ獣なんぞ狩る必要は無い」
こいつ、すげー嫌い!
ぱらりと手元の本を手繰り、なにかを書きつけていると思っていたが、それがなんらかの仕事らしい。
ゼンさまは、ボクよりもこいつの方が素敵だと思ったりしないよな。
戦うのがボクより上手くて、学があって……性格はボクもこいつも悪いけど。
「どうせ、殺した事が無いだけだろ」
「……それのどこが悪い」
苦し紛れの牽制だったけれど、思わぬ反応が返ってきた。
もやもやを引き裂いた経験は殺しに入らないと思っていたけれど。
そうか、親に愛されて周囲にサイシたちがいたこいつは、ボクのように殺さなくても生きてこれたのか。
やっぱりこいつが、大っ嫌いだ。
「ボクはゼンさまを守るためなら獣くらいいくらでも殺す、人に手を出す気はないけど邪魔すんなよ」
「分かってる」
戦って強い事と、殺傷経験の有無は同じじゃないってことだ。
万が一ゼンさまを守るために殺さなくてはいけないとなった時、こいつが躊躇う可能性も考えておこう。
こいつが原因でゼンさまが傷を負うなんて、あり得ない。
ゼンさまの目覚めを待ちながら、ボクは時折依頼を受け、あいつはあいつでなにかして稼いで、日常が過ぎていく。
あいつが視界に入って苛立つのは変わらないけれど、それに慣れた頃、ゼンさまが目を覚まされた。
「……ん、すぺら?」
「おはようゼン!」
うとうととまどろんでいるような掠れた声に勢いよく返事をしたら、くすくすとゼンさまが笑われた。
真っ白で真っ黒な姿は変わらない。
けれど、確かに変わっていた。
ボクとあいつが、ゼンさまを地に縛った事を確信した。
可愛い、愛おしい、良かった。
真っ白でも空虚だった心が、喜びでいっぱいになった。
「もしかして、またずっと寝てた?」
「そう、半年くらい、どっか痛いとこある?」
「んー体調は大丈夫っぽい、でもまた体が動かせないかも」
「りはびりに付き合うから心配しないで」
「ありがと、スペラ」
ゼンさまと話すボクを、ねっとりじっとりと恨みがましい目で見ているディスに優越感を感じる。
見たか、一番にボクの名前を呼んでくださったぞ。
すごく嬉しくて顔がにやけてしまう。
「ゼン、水をどうぞ」
「あ、ディス?、……なんか大きくなってない?」
「ええ、ゼンが大好きなので育ちました」
「……そうなんだ、へえ、すごいね」
あいつはこの半年で、十四、五歳くらいの姿になっている。
困惑している様子のゼンさまだが、ボクが浄化してもらえるようになって、体を成長させたのを知っているから、同じだと分かったようだ。
二人ともいけめんだな、と呟かれて、その言葉に含まれている憧憬のような感情に頬が緩んだ。
見ればあいつも嬉しそうににやにやしている。
かみさまに褒められて喜ばないシンシがいる訳が無いから、からかうことは出来ない。
「ゼン、食事を用意してもらうから待っていて、ディス、は食べられるように用意をしてくれ」
「ありがとうスペラ」
「分かった」
ゼンさまに消化の良い食事を用意するために部屋を出て、その間にあいつに寝台周りの片付けをやらせることにした。
優越感は感じていても、シンシは対等であるべきだ。
ボクは寝起きのゼンさまを独占した、同じだけあいつも独占させてやらないと。
嫌だけど。
本気で本当に嫌だけど。
ボクらが泊まっているのは町一番の高級宿なので、食事の提供ももちろんしている。
そこらにいた従業員に声をかけて、食事の用意を頼んで部屋に戻る。
戸を叩いてから扉を開いたボクは、一足飛びにクソ野郎をぶっ飛ばそうとしたけれど、予測していたらしく逃げられた。
「なにしてんだよ!」
「なにとは?」
手に持ったゼンさまの寝巻きを見せびらかすように顔に押し当てて香りを嗅ぎながら、しらばっくれる姿に本気で頭に血が登る直前。
「待ってスペラ、パジャマで食事はできないだろ?」
制止の言葉が聞こえていなかったら、シンシの姿で飛びかかっていただろう。
「ごめん」
なにを謝ってるんだろう、ボクは。
挑発するような真似をしたあいつが悪いのに。
「ごめん、おれが悪かった、夫以外に服を脱がせてもらうのは良くないよな」
ゼンさまに気遣わせてしまった、と思うと同時に、あいつの顔が悔しさに色を変えたのが見えた。
そうだった、そうか、あいつはあいつで、今の不安定な立場に不安を覚えているのか。
ボクらは二人ともシンシになった。
ボクらは二人でゼンさまを抱いた。
ボクらは二人でゼンさまを害する者たちを討った。
ボクらは二人でゼンさまの世話をした。
でも、ゼンさまの夫はボクだけだ。
ボクらはまだ、対等じゃない。
ゼンさまの側にいる理由は必要なくても、側に置いてもらうための肩書きは多ければ多いほどいい。
サイシであり、シンシであり、夫。
三つもあればかみさまに捨てられないかも、と希望を抱くのに十分だろう。
ああ、どうしよう。
こいつの気持ちがわかる日が来るなんて。
ものすごく腹立たしいけど、同じ立場だったらボクも同じように振る舞ったかもしれない。
「ゼン、一つ頼みがある」
「なに?」
ゼンさまに相応しい、ふんわりと柔らかい上質な生地を使った衣を取り出した。
着てもらったら、少し大きすぎた。
本当は採寸をして作るべきだろうけど、ゼンさまの肌をボクら以外に見せるのは許容できない。
「ディス、もゼンの夫にしてほしい」
「う、うん、そうか」
前に妻一人に夫が複数の地域もあるという話をしたので、ボクが求婚した時のように無理とは言われなかった。
辛い。
ボクとの結婚は渋ったのに、あいつはすぐに受け入れるのか、と。
ただの被害妄想だ。
分かってる。
男同士が婚姻できるようになったのは、あいつ曰く百年くらい前だという。
かみさまが地に降りていた伝承の時代には、男同士で婚姻を結ぶ慣習が無かったらしい。
「ありがとうございます、ゼン♪」
「うん」
ボクがゼンの着替えをしている間に、いろいろ乗っていた卓上を片付けて、食事の用意を済ませたあいつが笑顔で答える。
子供の姿じゃないんだから、素直ないい子みたいな演技はやめてくれ。
着替えたゼンさまの上半身を起こしてさしあげてから、折り畳んだ毛布と掛け布団を背中側にはさむ。
「もたれられるか?」
「うん、……スペラ、どうかしたのか?」
気づかれてしまうんだな、とゼンさまの優しさを受け止めた胸が苦しくなる、自分の心の狭さに吐き気がする。
ボクはあいつを、ディスを認めている。
いつかボクからゼンさまを奪う可能性を持つ奴だと。
本当なら対等の立場になんてなりたくない。
ゼンさまの身に危険を呼び込むかもしれないとしても。
我慢しているのはボクだけじゃない、あいつも我慢しているのは間違いない。
これまではボクがいる時だけ、ゼンさまに触れる事を許してきた。
ゼンさまが目を覚まされた以上、ボクらは止まれない。
りはびりは明日からにと説得してみよう、ゼンさまが目を覚まされたその時から立ち上る甘さに体が反応をしている。
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