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4 ボク
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しおりを挟むディスプレの仲間であるサイシたちと合流してすぐ、これまで進んできた道のりを偽装しに戻らなくてはいけないと告げられた。
ボクらが通ってきた道なき道が、薄汚れた世界の中に真っさらな一本の道として残っている。
ゼンさまがおられた場所が浄化されていることはボクも感じていたけれど、他に察知できる者がいる事実に驚いた。
衝撃を受けた。
愕然とした。
こいつが認識できるなら、他にもいるに違いない。
きれいな道を辿れば、かみさまに会える。
道を見つけた者が、ゼンさまを正しくかみさまとして崇めている者でなければ、居場所を晒して呼び込んでいるのと同じだと気づいた。
それなら、今回の事はボクが原因だ。
ゼンさまが拐われたのは、ボクのせいだ。
居場所を偽装する必要性を知らなかったから、ゼンさまを危険に晒して、道具のように使わせて、死に追いやった。
ゼンさまが死んだのは、ボクが知らなかったから。
正しくサイシでは無いから。
ボクの無知がゼンさまを殺させた。
ゼンさまの優しさから戻ってきてくれたとしても、許される事ではない。
だから目を覚ましてくれないのか。
落ち込むボクに、ディスプレの仲間のサイシたちが慰めをくれた。
これはブトウサイシの役目なので、ギテンサイシには無理だ、とか。
ギテンサイシでありながら、そこまで戦えるのは努力の賜物だ、とか。
サイシたちは、そこらの人とは違うもやもやを腹に持っている。
かみさまであるゼンさま以外の生き物は、みな全てもやもやを持っているから当たり前のことだ。
こいつらがボクを褒める理由は無いはずだ。
もしかしてもやもやを消して欲しいのか?
褒めてもなにもしないぞ、なにが目的だ?、と思っていたら笑われた。
ボクを褒めているのではなく、間接的にボクを見出したゼンさまを崇め称えているのだと。
それなら悪くない。
ゼンさまは、素晴らしい御方だ。
面と向かってゼンさまを褒めると困った顔をなさるのでやめてほしい、と伝えるとかみさまの謙虚さにサイシたちは涙を流して喜んだ。
サイシたちが、かみさまの話を聞かせてくれとまとわりついてくるようになった。
ボクとゼンさまの大切な思い出だから、話す気はない。
けれど、眠るゼンさまに触れようとしないその態度が、彼らが本物のサイシだと確信させて、過ごしやすくなった。
サイシたちは、きれいすぎる道にもやもやを撒き散らして隠蔽するのは、ディスプレの役目だという。
ディスプレ以外にそれができる者は、遠出できる歳ではないと。
ここに辿り着くまでも多少の手は入れてあるはずだが、本格的に追跡を撹乱するには時間と手間がかかる。
他にできるものがいないから、とディスプレは、ほとんど体を休めることもなくとんぼ返りすることを受け入れていた。
ディスプレなら出来て当たり前。
そう口にするサイシたちだが、もやもやを見ればその言葉の本意は誇らしさとは違うものだった。
ここに来てから感じていた違和感が分かった。
サイシの血筋なら誰もがシンシになれる資格を持っている可能性を恐れていたけれど、もやもやを使うことができて現状で動けるのはディスプレだけだ。
サイシたちはディスプレを遠巻きにしている。
仲間だと紹介されたのに、疎外感がある。
ボクと末っ子叔父が、家族に受け入れられていなかったように、もしかしたら……。
あいつがどういう立場でも、ボクの知ったことではない。
このままサイシたちと共に過ごしていても、シンシが無尽蔵に増えることはないと分かって、安堵した。
ディスプレのような有能なシンシを、ゼンさまの側に置くことは良いことだ。
でも、ボクは心が狭いから、ゼンさまの側に他人がいるのは嫌だ。
自分のことだけど性格の悪さに落ち込む。
ボクはディスプレが戻るまでサイシたちの元に残ることを受け入れた。
ぐっすりと深く眠り込んでいるゼンさまは、前のように半年を寝て過ごすのだろうか。
早く目覚めてほしい思いと、恐怖を思い出して欲しくない後悔で、空っぽな腹が重たく感じる。
なにも無いのに。
「かみさま」
人の姿を取り戻したボクは、毎日をゼンさまと共に過ごした。
生活に必要なことはサイシたちが自主的にやってくれるから、なにもすることがない。
幼い子供のようにいとけない寝顔のゼンさまを見ていると、心が安らぐ。
でも、起きてほしい。
ボクを見て名前を呼んでほしい。
ゼンさまが与えてくれた祝福に満ちた名前を呼ばれたい。
ぼんやりとしていたら、借りている部屋に客が来た。
ここに来て初めて見た老人、黒に近い髪と瞳はもやもやを取り込んで変化したもの。
けれどディスプレのようにシンシになれる権利を持っていないと感じる。
もやもやに干渉できるもう一人のようだ。
「初めまして神使どの、わたしは巫、名はディスペラレ」
話をしたい、とゼンさまに向けた瞳を一度閉じてから開き、彼は言った。
「我が子、武闘祭司のディスプレを、共に連れて行ってほしい」
なぜ、貴方がそれを言うのか、とボクは問いを返した。
サイシの中には、力の強すぎる子供が生まれることがある。
かみさまを夢に見ることのできる巫や、シンシ候補などがそれにあたる。
力の強い子供は、誰に教えられずとも成長と共に世界に漂う悪意を己の中に取り込み始める。
それがかみさまの望む世界を作ると、本能的に察しているために。
けれど、取り込んだ悪意を消す方法がない。
感情に乗せて、肉体を強化し、攻撃に使用して昇華させられるのは僅か。
歳をとるごとに汚染されて、最後にはバケモノになってしまう。
かみさまが地にいてくださった時には、何もせずとも浄化されていたという伝承があるが、今は違う、とボクの知らない話を老爺は語った。
「我が子が狂う姿を見たくない、そう願うのは親の傲慢だろうか」
ディスプレが子供の姿をしているのは、もやもやの消費量を増やすためにそうするしかなかったから。
本当はボクの親と変わらない年だと言う。
かみさまに触れて真っ白になった姿に救いを感じた。
神の無上の愛を知った。
ギテンサイシと違い、ブトウサイシは戦い方を習熟している。
かみさまの歩んだ道の偽装もできる。
道連れとして、悪くないだろう?
そう諭されながら、ボクは眠るゼンさまの手を握った。
腹の中で湧きあがった憎しみが消えた。
ボクはディスプレが憎い。
親に守られて愛されているくせに、かみさまの愛まで求められる資質を持っていることが。
「かみさまが決めることだ」
ゼンさまが目覚めたら、その時は思い切りディスプレの悪い話ばかりふきこんでやる、と決めながら。
それでもきっとゼンさまは受け入れるんだろうな、と予感がした。
◆
偽装を終えたディスプレが戻ってきた日。
彼の帰還を見計らっていたように、ゼンさまが目を覚ました。
まず一番に当事者に報告をしに来たと言うディスプレに、茶ぐらい出してやろうと離席していた短い時間で起きた事は、ボクを絶望させるには十分すぎた。
「……スペラ?」
「お初にお目にかかります、ぼくの名はディスプレと申します」
目を覚ましてすぐ、砂埃に塗れたディスプレを見て、かみさまは口籠った後で小さく聞いた。
ボクとディスプレを間違えたのだ。
髪と瞳の色が似ている。
ただそれだけなのに、身長も年齢も体格も違うのに、間違えられた。
まさか、嘘だろう。
かみさまは、ボクを選んでくれたはずなのに、もしかしてボクとディスプレが見分けられていない?
……ボクよりもディスプレを、シンシとして側に置きたいと思っている?
「あれ、スペラじゃない?」
「申し訳ございませんが、違います」
「そうなんだ」
納得していないように呟くゼンさまの姿に、ボクは、目の前が崩れていくような気がした。
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