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殿下の乱心?
しおりを挟む大広間の生徒たちは、絶句していた。
いじめ、という言葉で済ませてしまうには、壮絶すぎる。
明らかに殺すつもりとしか考えられない。
暗殺者など、伝手もなしに雇えるはずもなく。
学院に通う生徒が、暗殺者に伝手を持つとすれば、それは……。
さらに言えば、学院の大階段は五十段近くある。
何年も前に転落事故が起きてから立ち入り禁止になっているのに、と考えずにはいられないとしても。
同時に、全てが真実なら、殿下、そして高位貴族の令息らが一人の令嬢を囲むのは、守るためなのか。
なぜ、令嬢が狙われるのか。
どうして殿下たちが令嬢を守らなくてはいけないのか。
男爵家の、庶子を。
さまざまな憶測が学院生たちの脳裏を駆け抜けて。
帰着した。
どうしてステルカリ嬢は、無傷でここにいるのか。
そこまでされて無傷で済むはずがない。
もしや、ステルカリ嬢の自作自演なのではないか。
この半年のベルジスト殿下の行動は、信用に足るものでは無かった。
だからこそ。
スジャルセレスカ嬢が、冤罪を着せられてしまうのではないか。
誰もがそう思ったその時。
「失礼致します」
先ほど殿下からの合図を受けて場を去っていた、編入生の一人、オグンベクザンティ侯爵家令息が、数人の学院護衛騎士を連れて戻ってきた。
オグンベクザンティ侯爵家の令息は、編入時に殿下の側近候補に登用された。
常に殿下と共にいるため、大多数の学院生は話したことすらない。
女生徒以外は。
オグンベクザンティ侯爵家のご令息は、女遊びが好き。
そういう噂だけは、声をかけられたという女生徒の数の増加と共に、まことしやかに広がっている。
わたし自身も、オグンベクザンティ侯爵家の令息は、ふわふわした見た目に相応しく、女性に甘く、自分にも甘い方だと印象づけられていた。
どこから来たのかも定かではない、高位貴族家の子息。
女好きで、何人もの女の間を渡り歩いている。
そんな噂ばかりが先行して、本当の令息がどんな人物なのか、真実が分からないことで、疑惑は深まっていた。
殿下が良くない影響を受けているのではないか、と。
辺境に縁持つ、古きオグンベクザンティ侯爵家には、殿下と年齢の近い子息令嬢はいない。
いたなら、半年よりもっと前から学院に通っていなくてはおかしい。
半年前から流れ始めた噂は、いまや学院中に広がりきっている。
悪意ない噂であるのに、殿下の評判は地の底に落ちている。
殿下は新しい側近候補にそそのかされて乱心した、と。
「陛下からは「本道を行け」とお言葉を賜りました」
「そうか…………そう、か」
令息は声を潜めることなく、端的に告げた。
殿下に仕える者としての正しい姿で。
その様子は、これまで四人で一人の令嬢を囲んでいる時の、甘やかなものではなかった。
女生徒に声を掛ける時の、ふわふわした優しげなものではなかった。
令息の普段とは違う雰囲気に、大広間の女生徒たちが目を見張る。
学院内で一人の令嬢を複数人で囲んでいるだけでなく、外での女遊びも激しいと噂される姿と、あまりにも違っていたので。
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