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善意の触手魔王と異世界の勇者 ※

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 それからも、光生はイリカナロアスと共に過ごすことを選んだ。

 時々、森では手に入らない生活必需品を買い求めに村落へ行くが、それ以外は常にイリカナロアスの探知圏内で過ごしている。

 イリカナロアスの探知圏内は、意識すれば森全体にまで広げられる。
 さらに今は、常に光生の腰に帯として巻きついている分体と、本体が協力して光生を守っているので、森の中をいくら歩き回っても、迷子になることはない。
 動物も魔獣も、イリカナロアスの魔素を身に帯びている光生には近づかないので安全であり、迷子になっても簡単に迎えに行ける。

 光生は当初、好きこのんで森への定住を望んだわけではなかった。
 森を離れて再び召喚された城へ戻ったとしても、二度も魔王討伐を失敗した勇者として、どう扱われるのかが分からなくて戻れなかったのだ。

 勝手に呼んでおいて、光生が魔王討伐を受け入れるまで続いた、放置。

 過去の経験から、一方的に押し付けられた期待に応えられなかった場合、どんな扱いをされるかは考えたくなかった。
 最後に魔術師団の指揮官らしい人物に告げられた言葉を考えれば、殺される可能性もあると思ってしまい、元の世界に帰ることは諦めるしかなかった。

 もしもイリカナロアスが、本当に物語で魔王と呼ばれる存在のように残忍で残酷で、この世界の人間を支配して虐げていれば、帰るためになんでもしたかもしれないが、実際には全く違う。
 話を聞いてみれば、イリカナロアスにとっての人間は、森の外に集落を作り、森の恵みを必要以上に持って行こうとする厄介な害獣という扱いだった。

 光生以外の人間とは会話ができない、というのだから、人間とイリカナロアスがお互いに理解していないのも無理はないのだろう。
 歩み寄る手伝いをしようか、と一瞬だけ考えた光生だったが、光生を無視する相手にイリカナロアスは魔王じゃないと話したところで、元の世界に帰してくれるとは思えなかった。
 城にいる間に、せっかく呼び出してやったのに従わない穀潰し、と放置されていたことで、人間を信用できなくなっていた。

 呼んでくれなんて、誰も頼んでいない。
 帰りたいのに帰れない。
 どれだけ帰りたくても、優しいイリカナロアスを殺すことなど、考えられなかった。
 この世界でひとりぼっちの光生に、誰よりも優しくしてくれたのは、この触手爺さんだった。

 たびたび泣いて故郷に帰りたがる光生を、イリカナロアスは精一杯慰めた。
 光生は泣いてイリカナロアスに縋り、帰りたい、家に帰りたいと泣きすぎて疲れ果てて朦朧としたまま、尻の中を綺麗にされるとすごく幸せな気持ちになるから、いっぱいして欲しいと伝えた。
 何もかも忘れたいから、たくさん綺麗にして欲しいとねだった。

 触手として生まれ落ちて、親も兄弟もいないイリカナロアスには、本当の意味で光生の苦しみ、悲しみを理解することはできなかったが、それでも寄り添い続けた。
 光生の望むままに、毎晩、光生がイきすぎて寝てしまうまで、その体を綺麗にし続けた。

 視覚器官や口から体液をこぼし、甘えるように鳴く光生を綺麗にし続ける日々は、イリカナロアスにとっては幸福だった。

 異世界人である光生の体内には魔素を作る臓器が無いため、生活用の簡単な魔術でさえも使えない。
 身元が不確かだという問題もあったが、普及している水道やこんろを使うためには魔素放出が必要なので、光生が一人で森を出て暮らすのは難しかった。

 光生を一番に考えるイリカナロアスは、分体を人の形にして、一切の露出のない服装をした上からフード付きのマントを羽織ることで、人のように擬態することを練習した。
 光生が生活する上で必要な魔素の使用を補うから、分体と一緒にヒトの集落で暮らそう、と言われた光生は泣いて喜んだ。

 しかしどれだけ練習をして、ごく自然に動けるようになろうとも、フードを外した頭部にあるのは絡まった触手で、手袋、ブーツを脱ぐこともできない。

 そもそもイリカナロアスは森の一部であり、森から遠くには離れられない。
 分体と共に村落へ行くたびに、イリカナロアスの本体が黒ずんでしなびることに気がついた光生が問い詰めて、それが弱点だとようやく白状させた。

 光生はイリカナロアスが弱点を隠していたことを、弱みを握られたくないから?と思ったが、しおたれたイリカナロアスは散々言い淀んだ挙句に、……我は光生の側を離れたくないのだ、と泣きだしそうな声音で伝えてきた。
 弱点だから言わなかったのではなく、弱点を知られたら光生が一人で森を出て行ってしまい、置いていかれることを怖がっていたのか、と知ってしまうと、何も言えなくなってしまった。

 イリカナロアスが、無理をしてまで側にいたいと思ってくれていると知って、嬉しかった。
 そう感じてしまう自分を最低だと思ったが、それでも嬉しかったのだ。

 イリカナロアスの最大の弱点と、向けられている想いを知ってしまった光生は、あまり森から出たいと言わなくなった。
 そして森の外に住みたいという話は、光生が口にしなくなったら、ゆっくりと自然消滅していった。


  ◆


 数年の月日が過ぎ。
 毎日のようにイリカナロアスの濃すぎる魔素を腹の内に受けている内に、光生は人間の枠から外れ、容姿が変わらなくなっていった。
 光生の体には、この世界の生物なら必ず体内に持っている、魔素を生成する臓器と、魔素を感知する受容体がない。

 体のつくりが違うだけでなく、魔素を感じることすらできないので、この世界の生物のように濃すぎる魔素を浴びて、急性魔素中毒で死ぬことはなく、魔素を魔術として利用することもできない。
 とはいえ魔素を感知できないことは、影響を受けないということではなかったらしい。

 イリカナロアスは光生の変化がどういう意味を持つかは理解していなかったが、魔獣でなくヒトでもない存在になりつつある光生を、殊更に慈しんだ。

 顔立ちに関してはイリカナロアスの感覚では分からないが、以前よりも肌ツヤが良くなり、シワやシミ、黒子もなくなり、傷跡が消えて、毛穴すら目立たなくなってきている。
 光生自身は薄暗い中での生活なので気がついていないが、肌は透き通るように白くなり、つやつやとした長い髪とイリカナロアスの高濃度の魔素を帯びてきらめく瞳は、伝説上の森の民のようにも見えた。

 光生の滑らかな肌を失いたくないイリカナロアスが、髪の毛と生殖器周辺以外の体毛を、寝ている間に全て毛根から除去してしまったことは、知らせていない。
 光生本人は、ヒゲとスネ毛が生えなくなった!異世界すげー!!と騒いでいた。

 同様の理由から、イリカナロアスは光生に全裸で生活してほしいと頼んでいるが、未だにその一線だけは、恥ずかしいと受け入れてもらえていない。
 それでも光生は、何百回にも及ぶ嘆願の結果、パンツに分体ベルトの格好を受け入れていた。
 服を着ていてもすぐに剥がされてしまう、いたちごっこの結果とも言える。



 深すぎる森の中では季節程度しかわからないため、光生にはどれだけの年月が経っているのか知りようがなかった。
 イリカナロアスによる、腸内洗浄という名目の性行為で意識を飛ばしてしまい、目覚めても暗い森の中では、時間の感覚を失っても仕方ない。

 たびたび森の外縁にやってくるようになった金属棒を持ったヒトらや、武器を持ったヒトらは、光生に知られる前にイリカナロアスの分体が追い払っている。
 相変わらずヒトらのさえずりは理解できないので、森に入ろうとする目的は不明のままだ。

 ヒトらが生きていようが死んでいようが、イリカナロアスにはどうでも良かったが、光生が生き物を殺すことを嫌っているので、殺さずに追い払っているだけだった。

 光生の生まれ育った世界は、話を聞くだけでも、この世界とは違う発展をしている。
 だからこそ、この世界での生活を不便だと思って欲しくない。
 そう考えたイリカナロアスは、いつでも光生を甘やかすことを最優先にしていた。

 森での生活が始まってすぐに、肉を食べたいという光生のために、ヒトが食べることを知っていた動物を捕らえたが、光生はお礼は言ったものの、困って立ち尽くしているだけだった。
 今では、光生はこの世界のヒトらのように、自分で生き物を肉の状態に加工できないと分かっている。

 今ではイリカナロアスが捕らえた動物を肉にできるようになり、光生が食べられる植物の見分けもつくようになった。
 かつて雨よけにしていた木のうろは、今では分体で全面コーティングして、光生が言う所のツリーハウスになっている。

 光生がここで眠ることを好んだことで、イリカナロアスは小さいヒト型の分体を用意して、そちらに主な意識を移している。

 触手のまま共に休むのも悪くないが、光生とほぼ同じサイズの分体で寄り添うのも悪くないと感じている。
 ヒトの形を維持したままで、光生の排泄口を洗浄することも練習した。

 初めは不器用だったヒト型の分体を、光生は今では待ち望んでくれる。
 触手で全身をやわらかく絡め取られても喜んでくれるが、やはり自分と似た形が良いのだろう、と少しだけ複雑な気持ちになる。
 それでも光生が唯一求めるのはイリカナロアスだ。

 この世界の他の生き物に、ましてやヒトに、二度と光生を渡す気はない。

 本気になったイリカナロアスの意を受けた森は、光生が住むようになってから広がり始め、周辺にあった幾つかの集落を飲み込んでいる。
 これまでは積極的に森を広げようとしてこなかったイリカナロアスだが、光生を守るためには、ヒトを森の奥まで入れないことが一番だと考えるようになった。
 森が広ければ奥までは入ってこられない、これが一番簡単な解決法だった。

 ゆっくりと広がっていく森に、ヒトはなす術がない。
 それを知りながらも、イリカナロアスは森の拡大を止めようとしない。

 森が広がればイリカナロアスも強くなる。
 全ては光生にとって居心地の良い環境を保つために必要なことであり、光生だけが幸せならば、それで良い。

 この世界の覇権を望むヒトらが『魔素の森の王に変化弱体化をもたらすことのできる者を』と望んで召喚された七五三シメ光生コウキは、自覚のなかった魔王に変化をもたらした。
 ただそれは、ヒトらが望んだ変化ではなかった。

 イリカナロアスという名を得た触手は、己の存在を認めてくれる伴侶を得た。
 そして伴侶を守るために、己の存在を強化したいと願ってしまった。

 ヒトらの愚かな行為により、これまで強大な力は持っていても不安定な存在だった触手が、ヒトに対しての魔王になっただけのこと。
 真に森の王たる存在になっても、イリカナロアス自身はヒトらになんの興味もなく、ただ光生を守るためだけに森は広がり続ける。
 数百年のうちに、大陸全土が森に飲まれる!と嘆く賢しいヒトもいるという。





 細い触手を絡めて作った二本の『手』できつく抱きしめられている光生は、随喜の涙を流していた。
 光生の下肢を真似て作った『足』の付け根に、触手を絡めてヒトの生殖器を真似たそれを作り、いつものように光生の腹の中を丁寧に綺麗に掃除する。

「ひぁ、イリュしゅき、だいしゅきぃっ」
(我も好きだ、光生、我の大切な光生)
「いい"、イリュっそこきもぢい"いっ、あ、あ、もっとズコズコしてぇっ」

 ひんひんと泣きながら、光生はいつもイリカナロアスへの好意を口にする。
 自身の白い下肢をイリカナロアスの分体へ絡めて、離したくない、離さないでと懇願するように愛らしくさえずる。

 光生の甘い嘆願を聞いたイリカナロアスは、愛おしい光生を決して手放すものか、と腹の中に収めている触手を解いて歓喜に乱れ狂う部位を徹底的に丁寧に洗浄した後に、高濃度の魔素を柔らかく蠢く腹の中にたっぷりと塗り込んでいく。

「イリュう"ぅらいすきぃっ」

 分泌される体液に含ませている成分で、光生の腹の中はきつく締まり、イリカナロアスが敏感な部分を丁寧に撫でるたびに歓喜に鳴いて、カクカクと腹を震わせる。
 理性なくひんひんと鳴くときだけイリカナロアスをイル、うまく言葉が出なくなってからはイリュと呼ぶ、そんな光生の鳴き声の愛らしさに煽られて、ついつい気合を入れて光生を洗ってしまう。

 『イく』というのが、光生が最も望んでいる良い状態だと学んだイリカナロアスは、常に光生がイっている状態にするべく、丁寧に丁寧に腹の中の洗浄を行う。
 あまりにも丁寧に洗浄しすぎてしまうと、目覚めたのちに「やりすぎ!」と威嚇されるのだが、喜んでいると思うたが嫌だったのか?と聞くと、光生は頭の色を変えて「そんなこと言えないっ!」と逃げてしまう。

 初めは拒絶されたのかと衝撃を受けたが、その後も洗浄自体をやめてくれと鳴かれたことはない。
 イリカナロアスは、その辺りを話し合いたいと思っているのだが、光生は頭の色を変えて逃げてしまう。

 人を逸脱した光生は、イリカナロアスが生きている限り、光生自身が望まない限り老いで死ぬことはない。
 この幸せな生活がいつまで続けられるのか。
 光生にもイリカナロアスにも未来は分からないが、今は確かにお互いを求め合い、幸せなのだ。










 了
 
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