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06 召喚ってこんなだった? 注:ヒト視点
しおりを挟む「それでは二十番チェルヴェナー・プルシェク、前へ出て、これを」
「必要ありません」
「なんだって?」
召喚獣契約学の担当教官が差し出してきた召喚術式の魔術陣を、首を振って断る。
召喚者の魔素放出量に見合った、敵意のない存在を呼ぶことのできる汎用性が高い魔術陣は、知識も技術も中途半端な学院の生徒にとって必需品だ。
でも、今の僕には必要ない。
だって、僕にはアオという名前を与えた、召喚したい相手がいる。
アオがどんな存在かは知らないけれど、汎用性の高い魔術陣で呼べるとは思えない。
なんていっても魔獣……たぶん魔獣だから。
「アダーメク教官の指導のもと、作成して用意しました」
「……分かった」
魔術陣学のアダーメク教官に目を向けた教官は、少しだけ顔をしかめたまま許可を出してくれた。
自作魔術陣の使用許可申請も出してあるのに、話が伝わっていなかったらしい。
この日のために、三年間をかけて魔術陣を構築してきた。
魔素量が少なすぎる僕には難しかったけど、全てを話した魔術陣学のアダーメク教官には珍しがられると同時に、獣の側から請われることは稀有なことだから頑張りなさい、と笑顔で応援された。
僕が思っていたよりも、周りは僕に冷たいわけではないのかもしれない。
一人で勝手に卑屈になっていたのかな、と思うと、今までの教官に対する態度が恥ずかしくなった。
そして僕は努力した。
教官に教えを乞い、図書館に通い詰めたけれど、僕の少ない魔素量では、一つの陣に術式を三つ書き込むだけで精一杯だった。
出来上がったのは、初年度の授業で習うような、スカスカの魔術陣。
それでもこれはアオを喚ぶ、アオだけを喚べる魔術陣だ。
一、喚ぶ対象は魔獣
二、召喚対象の名前はアオ
三、僕に好意を持っている存在であること
三つめの条件を付け加えるのが、才能のない僕にとってはものすごく難しかった。
それでもアダーメク教官が三つ目の条件を削ってしまうと、何が喚ばれるか分からないと言うので、必死で勉強した。
僕の魔素量では多くの単語を刻めない。
最低限の単語数で、条件をつける要素を特定するのがすごく大変だったけれど、とりあえず魔獣が相手なら魔素で良いだろうと言うことで、僕の魔素に親和性がある、を条件にした。
三日前に完成させたばかりの魔術陣を書き込んだ麻布を、教官たちが張っている結界の中央に置いて、その側に膝をつく。
普通ならどんな姿勢でも魔術の発動はできるけれど、体内魔素量も魔素放出量も少ない僕が陣を発動させるためには、直に触れなくてはいけない。
「召喚術式書き込み型魔術陣発動……アオ、聞こえるなら応えて、アオ、僕の所に来ておくれ、っう?、ぁああっ!!」
「な!?プルシェク!今すぐ陣の発動を止めなさい!何を喚ぶつもりだ!?」
教官たちの声が結界の向こうから聞こえているけれど、体内の魔素がどんどん陣に吸い出されていく痛みで全身が硬直して動けない。
こんなのおかしい、どれだけ強い存在を喚んでるんだ。
止めたくても止められない、このままだと死ぬ?
嘘だ、なんで、こんな、アオ?
体内魔素の欠乏で目の前が暗くなったその時、頬に暖かくて濡れる感触を感じた。
「会いたかった、この時をどれほど待ちわびたか」
獣が唸るような雑音が混ざった、聞いたことのない低い声なのに、なぜかアオの声だと分かって、クラクラする目を向ける。
深刻な魔素欠乏の症状でめまいがしているせいか、目の前のぼやけた青灰色がやけに大きく見える。
「プルシェク!プルシェクっ!一体、な、何を喚んだのだっ!?」
教官たちが口々に叫んでいる声がして、ぼんやりとそちらを見ると、じりじりと後ずさっているような姿が見えた。
まだ視界がぼやけているからよく見えないけれど、なんで倒れている教官がいるんだろう。
なにが起きてるの?と思っていると、ペロリと再び頬が暖かく濡れて、ペロリペロリと繰り返されるたびに体が楽になっていった。
「大丈夫か、具合は悪くないか?」
唸り声の混ざった低くて男らしい声は、普通に聞けば怖いはずなのにとても優しくて、思わず全身を包む温もりに頬を擦り寄せてしまった。
頬に触れた毛皮はすごくふわっふわだった。
気持ちいい。
すっごくふわっふわだ。
「うん、アオ、アオなんだよね?」
「そうだ、お前だけにその名で喚ぶことを許そう」
良かった、無事に喚べたと思いながら瞬きをしているうちに、ゆっくりと焦点があって、初めて僕は気がついた。
聞き覚えのない低い声、やけに大きな青灰色、座り込んでいる僕の頬を舐められる、さらに同じ高さにあるふわふわの毛皮、それらが示していたのは、見たことがないほど大きな獣だった。
「……アオ?」
「そうだが?」
「本当の本当にアオ?」
「そうだ」
「どうしよう、僕、どうしようっ」
「何をどうするのだ?何をしたいのだ?」
「……嘘、だって大きすぎる、こんなのキイテナイヨ!?」
僕が喚んだのは可愛い両手の平サイズのアオのはずなのに、目の前にいるのは、大人が二人は寝転べる大きさの結界の中が埋め尽くされる巨体の持ち主だった。
毛の色は記憶と同じ青灰色で、魔素を帯びて光る瞳も白に近い青だけど、なにこれ、魔獣って三年でこんなに成長するの!?
「身体操作の習得は練習中で、まだ体の大きさは変えられない。
自分の生来は大気中の水を操ることだ、それ以外の法は習得に時間がかかる」
「……意味がわかんないよ」
大気中の水って何?雨のこと?
それに今の言い方を聞いていると、そのうちに体の大きさが変えられるようになるってこと?
三年でこんなに大きくなったってこと!?
「プルシェクッ、説明っ、しなさい、結界がもう保たないぃっ!」
教官たちの切羽詰まった声に振り向いてみれば、結界の維持で過剰な量の魔素を体から引きずりだされているのか、真っ青になって倒れている教官たちがいた。
「この、ええと、魔獣?は僕の召喚した召喚獣です」
「ふ、ふざけたことを言うなっ、そのような強大な存在が、実技点最下位の君と契約するはずないだろう!」
倒れている魔術実技担当教官の言葉が胸に痛いけれど、僕は結界の中で立ち上がって胸をはる。
アオのふわふわの毛に触れていたら、かなり体が楽になった。
「アオは間違いなく僕の召喚獣です!」
「その通りだ、自分はアオだ、良い名であろう、ただし他のヒトがそう呼ぶことは許さん!!」
ヒィ、といくつもの悲鳴があがり、教官たちだけでなく、見えている校舎の窓からも教官や学院生がのぞいていることに気がついた。
なんだかアオの機嫌が悪い?
それに周りの人たちはどうして真っ青になってるんだろう?
そこまで考えて初めて、アオがとんでもない量の魔素を周辺に垂れ流していることに気がついた。
こんなに近くにいるのに、どうして僕は急性魔素中毒になっていないのか、気分が悪くなっていないのだろう?と思いつつもアオを振り返った。
「アオ、魔素の放出を抑えてくれないかな、みんなが倒れてしまうから」
「分かった、魔素の放出を抑える……抑える、どこまで抑れば良いのだ?」
「え、っと、できる限り?」
「うむ、わかった、やってみる」
なんだか不安になることを言いながらも、アオはほとんどすべての魔素の放出を止めてくれた。
僕にとってアオの魔素は空気と同じだったのに、教官たちには違っていたらしく、直後に数人が倒れ込んでしまった。
これ、どうしたら良いんだろう?
「会いたかった、ずっと待っていた、名前を教えてくれ、契約をしよう。
契約の手順なら心配いらないぞ、チナンに詳しく聞いてきた」
興奮しているのか、アオの大きすぎる体に見合った長くてふさふさの尻尾が、ぶわさっぶわさっと揺れて地面をこすって、周囲に砂埃が舞い上がっている。
あれ、アオってイヌ?
本で読んだ知識だけど、キツネやオオカミって尻尾をこんなに振らないよね。
キツネ系かオオカミ系の魔獣だと思ってたけど、動物とは違うのかな?
契約はするつもりだけど、僕はアオのことを何も知らない。
何も知らないままなし崩しで契約して良いわけがない、召喚獣契約では、お互いが対等になるように契約を結ばないといけないのだ。
どちらかに比重が傾くと、契約が破綻しやすくなるのは基礎知識だからね。
「待ってアオ、契約の前に聞かせて欲しいんだけど」
「うん?なんだ?」
「アオは魔獣なの?」
「ヒトはそう呼ぶ、だが自分の兄弟は帝国という所で聖獣と呼ばれている、なんとでも呼べば良い、さあ契約をしよう!」
「待って、今ものすごいことをサラッと言わなかった?」
「ん?」
四本の足で立っているのに、立った僕の首元にアオの頭があることに気がついたけれど、不思議と怖くない。
なんでだろう?
僕を一口で食べてしまえそうな口元には、青灰色の毛皮の下に濃い灰色の皮膚が見えている。
思わず手を持ち上げて触れた体には、しっかりとコシがあるのにふわふわした毛が、手が簡単に埋まる長さではえそろっていた。
こんなにしっかりしているのに三歳なのか、魔獣ってすごいな。
「さあ名前を教えてくれ、伴侶よ」
「……え?」
今、なんだかすっごく不穏な単語が聞こえたような?
「プルシェク!早く契約を締結しなさい!結界が!!」
「え、え、ええ?」
「さあ、名前を教えてくれ、契約を!」
「え、待って、待って!!」
……結局、僕は結界の維持で気絶者まで出た教官たちに急かされて、アオの言葉の意味を確認する前に、召喚獣契約を結んでしまった。
ちゃんとアオと話し合う時間が欲しかった、と痛感するのは、契約を結んだすぐ後。
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