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05 三年後 注:視点変更あり 魔獣→ヒト チナンの喋りが他作品と違うのは、家族だから

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 その日も、チナンとその伴侶のために狩りをして、ようやく形になってきていた身体操作の法を練習していた所、パチン、と何かが耳元で弾けるような気配を感じた。
 ぶわりと全身の毛が逆立ち、背筋をチナンに凍らされた時のような感覚が走る。

(アオ、聞こえるなら応えて、アオ、僕の所に来ておくれ)

 一瞬で飛んでいきたかったが、聞こえてくるヒトの声はひどく弱かった。
 ここで応えずに逃したら、二度と会えないかもしれないと思い、焦った自分は体内の魔素のありったけをぶち込んで、返事をした。

「『自分はここにいるぞ!ヒトの子よ!!』」
「何やってるんだサナン、って召喚!?ダメだよそんなに魔素ぶち込んだら、貧弱なヒトの魔術は暴走しちゃうって!!」
「なんだと!」
「もしかして、サナンってこれが初めての召喚応答だったりする?」
「その通りだ!」
「しまった、やばい、興奮状態で話聞こえてないかも、童貞の執念を舐めてた、いいかいサナン!ヒトには優しくするんだよ!魔素は垂れ流したら駄目だからね!ヒトはすごくか弱……」

 珍しく焦っているチナンの声を聞きながら、真っ白に染まる景色の向こうに、愛らしい若葉の赤が見えて心が躍った。



  ◆  ◆



 僕の人生が変わったのは、あの日、空から落ちてきた小さな命を救ってから。

 三年前、十二歳のときに僕はあの子を、アオを助けた。
 それが僕の運命を丸ごと全部ひっくり返したことを、三年後の今まで気がつきもしなかった。

 僕の名前はチェルヴェナー・プルシェク
 魔術の名家と呼ばれるプルシェク家に、戦功をもたらす長男として生まれたにもかかわらず、僕には才能がない。
 八歳の時の適性検査でそれが判明して以来、僕の落ちこぼれとしての人生が始まった。

 魔術において統計化され、区分されている戦闘向きの十二属性のうち、僕は十一属性の適性を所持している。
 現代で戦闘職種に求められる所持適性は三つか四つ、その中で一つか二つくらい突出した適性があれば十分だ。

 十一属性を所持しているとだけ聞けば、物語の英雄の再来!と思うかもしれないけど、僕には適性以外の所で問題が見つかった。
 体内の魔素保有量が少なすぎて、どんな魔術も扱いきれなかった。
 つまり、手広く扱えるけれど最下位位階の魔術しか使えない、練習しても使えるようにならない、ということだ。

 戦闘に使用される最下位魔術しか使えない上に、欄外の治癒魔術の中でも最低位階の〝痛覚緩和〟のみがやっとの魔素量。
 最低位階の魔術を二、三回使うだけで魔素切れしてしまう。
 器用貧乏どころじゃない、これは適性がないよりも酷い。

 わずかに中位程度の才能があったのが、戦闘技能になんの関係もない異種間言語
 戦えないのに、戦場に出られないというのに、魔獣や亜人と会話をする能力を持っていても意味がない。
 これが異種間言語なら、亜人文明の古代書翻訳や古代魔道書翻訳補助などの、技術系の仕事に就くことができるのに。

 せめて長男でなければ、と何度も思った。
 僕が無能扱いされるのは、長子として生まれてしまったことも原因だ。

 有事には戦に駆りだされる長子ではなく、家を継ぐ末子だったら違っていたのかもしれない。
 殺されたくない、戦いたくない、なんて女々しい言葉を口にすることが許されないなら、せめて華々しく活躍して死にたいのに。

 落ちこぼれなのに家格が高いせいで、十歳で入れられた学院でもずっと孤立している。
 親も教官も、誰一人として僕に期待なんてしていないのに、学院は卒業しなくてはいけない。

 せめて勉強だけでもと思って、座学を地道に学んでいるから、筆記試験の成績だけは上位に食い込んでいるけれど、そんなものはなんの役にも立たない。
 どれだけ知識を詰め込んでも、学院の外に出てしまえば、役立たずの案山子にしかなれない。

 長子だから家には居場所がない。
 戦場に行けば簡単に死ぬ。
 それなのに、僕には戦場に駆り出される未来しかない。





 どうして僕は役立たずなんだろう。
 ずっとそう思って生きてきた、あの子に会うまでは。

 ひとりぼっちの昼休憩を少しでも快適に過ごすために、食堂で食事を終えたら速やかに秘密の庭へ向かうことにしていた。
 秘密といっても、日当たりが悪くてあまり手入れがされていない裏庭、なのだけれど、少なくとも人がいたことがないという理由で快適さは寮の自室の次点だ。

 昼食時にいつも持ってくるシートを草の上に敷いて、いい天気だな、と仰向けで空を見上げていたら、ぽたん、と顔に何かが落ちてきた。
 いつもなら本を広げていたのに、その日の僕は本を持ってくるのを忘れていた。

 なんだろう?と顔に触れた指についたのは、鮮やかすぎる赤。
 え、何これ、と再び顔を空へ向けたその時、小さな何かが寝転がっていた僕のお腹の上に落ちてきた。

「っええ!?」

 驚いて払いのけようとしたけれど、寸前で手を止めることができた。
 血まみれの瀕死で空から落ちてきたのは、とても小さな……キツネ?オオカミ?の赤ん坊だった。

 召喚獣契約学の担当教官に、空から動物の赤ん坊が降ってきた!と見せたけれど、鳥がさらって落としたんだろう、野生の獣など助けてなんになる、放っておけ、と言われて、その冷たい態度がとても頭にきた。
 なんの役にも立てなくても、必死で生きているのに。
 誰にも迷惑なんてかけていないのに!と。

 頭に血がのぼった僕は、両手ですっぽりと覆える小さな命を自室に連れ帰った。
 本当は寮に生き物を連れこんではいけないけれど、誰も助けてくれないなら、僕が助けないと、と変な使命感に燃えていた。

 傷の周りの血を拭いて傷薬を塗って包帯を巻いて、見た目は血まみれで今にも死んでしまいそうな様子だったけれど、赤ん坊は思った以上に頑張ってくれた。
 傷が痛いのか意識がないままきゅうきゅう鳴くことがあり、その度に、大丈夫だよ側にいるからね、と声をかけながら、乾いた血で汚れた毛を優しく撫でた。

 元気になったら体を綺麗にしてやらないと、と心に決めて、普段なら図書館に入り浸る時間も全て使って、赤ん坊の世話をし続けた。



 昼は学院、朝と夜はうとうとしながら赤ん坊を見続けて三日目、学院から戻ってきたら、赤ん坊が細い四本の足を震わせて寝床にしていた木箱の中で立っていた。

「あぁ、良かった、まだ生きてる」

 赤ん坊があまりに震えているので、寒いのかなと思って、敷き詰めていた布をかぶせようとしたら、赤ん坊が吠えた。

「やめりょ!くしゃい!」
「……え、え!?し、しし喋ったぁっ!!」

 そして、僕は可愛い赤ん坊に夢中になった。
 少し元気になってきてから体を拭いてあげたら、空みたいに綺麗な青灰色の毛並みが出てきて、守ってあげなきゃと強く思った。

 そして、僕は赤ん坊に『アオ』の名前を与えた。
 数日しか一緒にいなかったし、あっけなく別れてしまったけれど、僕はアオの「喚べ」という言葉にこの三年の間、ずっと縋っている。

 数日後に控えている、卒業試験の一環で行われる召喚の儀式。
 現代では魔術の才能を鑑定することができるようになったので、形式だけのものになってはいるけれど、学院に通う者なら誰でも必ず何かを呼び出して契約できる、とまことしやかに言われている。

 アオに出会えていなかったら、きっと死にたいほど惨めな気持ちを抱えて、その日を待っただろう。
 僕の魔素放出量は平民と変わらないから、まっとうなやり方では何も召喚できないはずだ。
 でも、僕にはアオがいる。
 そう思えることだけが、僕にとっての救いだった。

 もうすぐ、三年ぶりにアオに会える。
 傷が治っていなかったのに、外に出ていってしまい、無事に過ごしているだろうか。
 あれから三年も経ったのだから、少しは大きくなっただろうか。

 あの頃は、アオがあんなに小さいのに話せることに驚いたけれど、図書館で調べたら魔獣の赤ん坊らしいことが分かった。
 種族までは判明しなかったけれど、そもそも魔獣は人に近づかないので、調べようがないらしい。

 魔獣というのは、動物とは違い、人のような知能を持った厄介な生き物らしい。
 中には魔術のようなものを使う魔獣までいるという。
 人と共存することはなく、敵対することも少ないが、生活圏が重なれば確実に殺し合いに発展する、そんな生物らしい。

 本を読めば読むほど恐ろしい生き物に思えたけれど、僕が会話をしたアオはそんな怖い生き物には見えなかった。
 アオが魔獣なら、召喚獣として人と契約することを知っていても、おかしくないのかもしれない。

 早く、アオに会いたい。
 三年前に数日一緒にいただけなのに、僕の中のアオは色褪せない。

 ミルク粥を長い尻尾をフリフリしながら食べる姿とか、触らないように我慢するのが大変だった。
 食事中に触られて喜ぶはずがないから。
 クチュンって小さなくしゃみをする姿が可愛くて、でも寒がってる姿を見たくなくて、葛藤しながら布をかけたのに「くしゃい」って布を蹴飛ばしたり。
 膝の上に乗せて撫でてあげれば、きゅんきゅん鳴きながらお腹に鼻先を擦り付けてくる。
 小さな舌で指を舐められて、くすぐったいのに可愛すぎて、やめてほしいと言えなくて困った。 

 アオ、君に会いたい。
 僕はそう思いながら、召喚へ挑んだ。
 
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