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 近づいてくる足音に、ソフィアは顔をあげた。
 
(いけないわ、こんなところを誰かに見られては)
 
 ひとりで、青ざめた顔をして、ぼんやりしているところなど。
 自分は常に完璧な淑女でなくてはいけないのだ。 
 だが、現れた人影を見て、ソフィアは思わずほっと息をついた。
 
「ルイス殿下」
「ソフィア嬢」
 
 穏やかな微笑みを浮かべて立っていたのはルイス・セントフォード。ギルバートの弟であり、第二王子である彼のことは、ギルバートと婚約したころからの知り合いだ。
 二つ年下の彼もまた、今年学園へ入学してきた。
 
 ルイスはソフィアの側に立つと、心配そうに顔を覗き込んだ。

「大丈夫かい? 顔色が悪い。また兄上が何か言ったのか」
「いいえ」
 
 首を振るソフィアに、ルイスは苦笑を浮かべる。
 
「兄上を庇わなくていいんだよ。……それに、そういうところが兄上を怒らせるんだと思うけどね」
「聞こえていたのですか?」
 
 驚くソフィアに、ルイスは肩をすくめた。
 
「いや、カマかけてみただけだよ。兄上の放蕩はまだ直らないのか」
 
 笑うルイスにソフィアは口をつぐんだ。ルイスの前では、ソフィアはいつもの完璧な態度を保つことが難しい。
 ほかの貴族たちが相手なら、はぐらかし、話題を変えることもできるのに。
 
 ルイスには不思議な空気があった。宮殿に通い妃教育を受けていたソフィアがつらかったとき。今日のように、ギルバートを止められず、心が落ち込んだとき。
 まるで見計らったかのようにルイスはソフィアの前に現れ、ソフィアを慰めてくれた。
 
 きっとルイスには、すべてがわかっているのだと思う。
 
 沈黙が柔らかな陽だまりに落ちた。
 春の陽光は窓から入り込み、ソフィアとルイスの足元を暖かく照らしている。
 
「……わたくしのなにが悪いのか、教えてくださいませ」
 
 呟いたソフィアの言葉に、ルイスは目を細めた。その琥珀色の瞳の奥によぎった色は、ソフィアには気づかれなかった。
 
「兄上のために、自分を変えようと思うの?」
「はい。未熟ならば、正さねばなりません」
「そう。放っておけばいいと思うけどね」
「そんなことはできません」
 
 ふたたび力強く意思を持ち始めたソフィアの瞳に、ルイスはほほえむ。
 
「兄上はね、自分自身を見てほしいんだよ」
 
 ゆっくりと、迷子になった子どもに話しかけるように優しく、ルイスはソフィアに言い聞かせた。
 
殿じゃなくてね。だけど、それがどういうことなのか、自分自身でもご存じじゃないんだ」
 
 ソフィアはルイスの言葉を聞き、自分の中で繰り返し、……それから肩を落として、首を振った。
 
「申し訳ありませんが……わたくしにも、理解しかねます」
 
 ルイスの言葉は謎かけのようだとソフィアは思う。
 ギルバートは王太子だ。ソフィアが公爵令嬢であるように。その立場をないがしろにすることはできない。
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