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めでたきこと

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※エピソード「紅椿白椿」に関する番外読み切りです。



 それは紫月に白椿の彫り物を入れることが決まった頃のことだ。鐘崎組・長の僚一がふとこんなことを口走った。
「――そういやウチの組紋ってのはまだ無かったな」
「組紋――?」
 若頭であり息子でもある鐘崎が不思議顔で父親を見つめる。
「ああ。組を象徴する印のことだ」
 事務所には鐘崎家の家紋が飾ってあったものの、組としての紋というのはこれまで特に決めてはいなかったのだ。
「これを機に組紋をこさえるのも悪くねえ。どうだ、お前たちの紅白椿を模って何か作るか」
「親父――」
 鐘崎にとっては光栄も光栄、身に有り余る申し出だ。
「けど――いいのか? 俺ァまだ組を背負うだけの魂も備わっちゃいねえ……。親父の気持ちは有り難えが」
「なに、形から入るってのも時にゃ大事だぞ」
 目に見える形にすることでより一層覚悟も備わるものだと言って不敵に笑う。結局、僚一の独断で紅白椿を模った組の紋章が作られることに決まったのである。

 紋様自体は二人の刺青と同じに図柄を元に僚一と源次郎で決めてくれることとなり、馴染みの職人に頼んで組事務所へと掲げる看板も彫ってもらうことになった。

(組紋か――。こいつぁ……親父の気持ちに恥じねえように、俺もより一層覚悟をもって歩いていかにゃならんな)

 鐘崎は早速に紫月の実家を訪れると、そのことを打ち明けた。
 当の紫月は彫り物の下彫が始まったところで、その肩には一見痛々しい痕がついていたが、これも亭主と対の覚悟を背負っていく為に避けては通れない貴重な道筋だと言って、清々しい表情を見せてくれる。鐘崎は誠、自分がいかに素晴らしい人々の中で生かされているのかということに感動し、ますます気持ちと覚悟を新たにするのだった。

「なあ紫月――おめえの彫り物が完成したら組員たちにも披露目をせにゃならんだろう? その席で皆に俺たち二人の感謝の気持ちとして何か記念になる物を贈りたいと思うんだが――」
 せっかく父の僚一が組紋などという有り余る光栄を授けてくれるということだし、その記念の品にも組紋の入った何かを贈りたいと思うのだと言った。
「そっか――。そうだな、実は俺も披露目の宴の引き出物として皆に配る物を何にすべーと思っててさ。お前に相談しようとしてたトコだったんだ」
 紫月もまた記念の品について考えてくれていたようである。
「やっぱさ、飾っておく物もいいけど、普段使いできるモンもいいんじゃねえかって思ってさ」
「普段使いか――。そういや氷川と冰が付けているスマフォのストラップは粋だったな。あれは組紐だろう? うちの組は邸の作りからして純和風だし、俺たちも組紐を使った何かがいいんじゃねえか?」
「お! いいね! 何がいいべ?」
 普段使いできるものといったら、やはり持ち歩ける小物類だろうか。しばし夫婦で頭を捻らせていたところへ、彫りを担当してくれている綾乃木が小さな盆を手にやって来た。
「おや、遼二坊。いらしてたんですね。これは失礼」
 夫婦水入らずのところをお邪魔するよと言って、綾乃木は手にしていた盆を紫月へと差し出した。
「寝る前にこれを飲んでおいてもらおうと思ってな。化膿止めだ」
「綾さん。うん、さんきゅー!」
 盆を受け取って処方された薬を飲み込む。綾乃木が出て行った後で、紫月はふと思い立ったようにして瞳を見開いた。
「遼! これだよ、コレ! 薬入れ――なんて良くね? ほら、時代劇とかに出てくるアレ! 何つったっけ? この紋所がーってヤツ」
「薬入れか。――するってーと、印籠か!」
 それならば粋だし紅白椿の組紋も見事に映えるだろう。
「いいな! 素晴らしい案だ! それにしよう」
 別段、薬を入れずとも鍵などでもいいし、ただの飾りとして持ち歩いてもらうでもいい。記念品としてもこれ以上ない嫁さんのアイディアに、鐘崎は大喜びしたのだった。
「房の部分は組紐で作ってもらおう。早速デザインのサンプルをもらってくるぜ」
 紫月は彫り物の最中だから、鐘崎が馴染みの店に行ってサンプルのカタログをもらってくることになった。

「こいつぁ――ますます精進しねえとな」

 二人の父親たちや綾乃木、それに源次郎以下組員たちに友の周と冰。その他、普段世話になっている皆の顔を思い浮かべながら、幸せな想像と共にこれからの覚悟を新たにする――そんな鐘崎と紫月の二人であった。

めでたきこと - FIN -
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