57 / 101
極道恋浪漫 第一章
56
しおりを挟む
「皇帝様や遼の親父さんと会った時も……羨ましいって思ったよ。あんたたちは親子でしっかり信頼し合ってて、すげえあったけえ家族に見えたからさ」
「紫月……」
「親父はここの頭目が住んでる邸の離れに暮らしててな。俺がこの椿楼を任されるようになってからは殆ど顔を合わせることもなくてさ。頭目の下で用心棒とかやって……何かやべえことに手を染めてるんじゃねえかって、そんな心配もあったんだけど、それを確かめることすらできねえまんまだった」
紫月が思う後ろ暗いこととは、用心棒とは名ばかりで何かもっと恐ろしい悪事に加担しているのではないかと薄々そんなふうにも感じていたそうだ。それが病に陥った遊女男娼を始末する役目とは夢にも思わなかったそうだが、例えば頭目と一緒になって阿片などといった麻薬の類を動かす仕事を請け負っていたりしなければいい――そう思っていたそうだ。飛燕の感情を表に出さない接し方が、紫月にはイコール悪事に手を染めていると映っていたわけだ。
だが、面と向かってそれを訊くこともできずに、一人で悶々と不安を抱えてきたのだろう。華やかに見えるこの男遊郭街で高級男娼としての仮面を纏いながら、胸の内には常にそれとは真逆の仄暗い不安を抱えていたということだ。
「紫月、親父さんは――本当はすげえあったっけえお人なんだと思うぜ」
「あったけえ?」
「ああ。この前、朱雀館で会った時な。親父さん、俺のことを見てこう言ったんだ。立派になりやがった――って。俺の頭をクシャクシャって撫でてくれてな」
遼二は飛燕と僚一が親しくしていた頃はまだ三歳になるかならないかの時分だった。
「俺はガキだったし、おめえの親父さんのことは全くと言っていいほど覚えてなかったんだがな。けど、すげえ懐かしそうに話し掛けてくれたんだ。あったかくてやさしい目をしてた」
「やさしい……? あの親父が……?」
「もちろんお前さんにとっては冷たくて何を考えてるか分からねえ部分も確かにあったんだろう。だが、それは遊女や男娼たちを密かに守っていく上で必要なことだったんだろう。と同時にお前さんの安全にも繋がる、そう思ってこられたんじゃねえかとな」
「遼……」
「うちの親父が言ってた。お前さんを男遊郭の頭にして事務方をやらせることで、実際には客を取ったり色を売ったりしなくていいようにと、飛燕さんと頭目の間でそうした条件のようなものを交わしていたんじゃねえかって。でなけりゃお前さんほどの抜きん出た容姿の男を男娼として本格的に売らずにいるわけがねえ。金に強欲な者なら例えどんなに逆らおうが抵抗しようが有無を言わさずそうしたはずだ。だが、飛燕さんは自分が病に罹った遊女や男娼たちの始末という――いわば黒い部分の仕事を引き受けることで頭目を黙らせ、ひいてはお前さんの安全を守ってきたのかも知れねえと」
自分たち父子が日本人であることも、二十四年前に拉致に遭ったことも、苗字すら持たないことにし、何もかもを伏せ続けることで息子の安泰を守っていこうとしていたのだと――。
「なら……そうならそうと言ってくれりゃいいのによ。俺だけナンも知らねえで……のうのうとしてたなんて。そんなに俺、信用ねえのかってさ」
スンと小さく鼻をすする。潤み出した涙を懸命に堪える紫月の肩に、そっと手を掛けた。
「紫月……」
「親父はここの頭目が住んでる邸の離れに暮らしててな。俺がこの椿楼を任されるようになってからは殆ど顔を合わせることもなくてさ。頭目の下で用心棒とかやって……何かやべえことに手を染めてるんじゃねえかって、そんな心配もあったんだけど、それを確かめることすらできねえまんまだった」
紫月が思う後ろ暗いこととは、用心棒とは名ばかりで何かもっと恐ろしい悪事に加担しているのではないかと薄々そんなふうにも感じていたそうだ。それが病に陥った遊女男娼を始末する役目とは夢にも思わなかったそうだが、例えば頭目と一緒になって阿片などといった麻薬の類を動かす仕事を請け負っていたりしなければいい――そう思っていたそうだ。飛燕の感情を表に出さない接し方が、紫月にはイコール悪事に手を染めていると映っていたわけだ。
だが、面と向かってそれを訊くこともできずに、一人で悶々と不安を抱えてきたのだろう。華やかに見えるこの男遊郭街で高級男娼としての仮面を纏いながら、胸の内には常にそれとは真逆の仄暗い不安を抱えていたということだ。
「紫月、親父さんは――本当はすげえあったっけえお人なんだと思うぜ」
「あったけえ?」
「ああ。この前、朱雀館で会った時な。親父さん、俺のことを見てこう言ったんだ。立派になりやがった――って。俺の頭をクシャクシャって撫でてくれてな」
遼二は飛燕と僚一が親しくしていた頃はまだ三歳になるかならないかの時分だった。
「俺はガキだったし、おめえの親父さんのことは全くと言っていいほど覚えてなかったんだがな。けど、すげえ懐かしそうに話し掛けてくれたんだ。あったかくてやさしい目をしてた」
「やさしい……? あの親父が……?」
「もちろんお前さんにとっては冷たくて何を考えてるか分からねえ部分も確かにあったんだろう。だが、それは遊女や男娼たちを密かに守っていく上で必要なことだったんだろう。と同時にお前さんの安全にも繋がる、そう思ってこられたんじゃねえかとな」
「遼……」
「うちの親父が言ってた。お前さんを男遊郭の頭にして事務方をやらせることで、実際には客を取ったり色を売ったりしなくていいようにと、飛燕さんと頭目の間でそうした条件のようなものを交わしていたんじゃねえかって。でなけりゃお前さんほどの抜きん出た容姿の男を男娼として本格的に売らずにいるわけがねえ。金に強欲な者なら例えどんなに逆らおうが抵抗しようが有無を言わさずそうしたはずだ。だが、飛燕さんは自分が病に罹った遊女や男娼たちの始末という――いわば黒い部分の仕事を引き受けることで頭目を黙らせ、ひいてはお前さんの安全を守ってきたのかも知れねえと」
自分たち父子が日本人であることも、二十四年前に拉致に遭ったことも、苗字すら持たないことにし、何もかもを伏せ続けることで息子の安泰を守っていこうとしていたのだと――。
「なら……そうならそうと言ってくれりゃいいのによ。俺だけナンも知らねえで……のうのうとしてたなんて。そんなに俺、信用ねえのかってさ」
スンと小さく鼻をすする。潤み出した涙を懸命に堪える紫月の肩に、そっと手を掛けた。
37
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
お兄ちゃんだって甘えたい!!
こじらせた処女
BL
大江家は、大家族で兄弟が多い。次男である彩葉(いろは)は、県外の大学に進学していて居ない兄に変わって、小さい弟達の世話に追われていた。
そんな日々を送って居た、とある夏休み。彩葉は下宿している兄の家にオープンキャンパスも兼ねて遊びに行くこととなった。
もちろん、出発の朝。彩葉は弟達から自分も連れて行け、とごねられる。お土産を買ってくるから、また旅行行こう、と宥め、落ち着いた時には出発時間をゆうに超えていた。
急いで兄が迎えにきてくれている場所に行くと、乗るバスが出発ギリギリで、流れのまま乗り込む。クーラーの効いた車内に座って思い出す、家を出る前にトイレに行こうとして居たこと。ずっと焦っていて忘れていた尿意は、無視できないくらいにひっ迫していて…?
商店街のお茶屋さん~運命の番にスルーされたので、心機一転都会の下町で店を経営する!~
柚ノ木 碧/柚木 彗
BL
タイトル変えました。(旧題:とある商店街のお茶屋さん)
あの時、地元の神社にて俺が初めてヒートを起こした『運命』の相手。
その『運命』の相手は、左手に輝く指輪を嵌めていて。幸せそうに、大事そうに、可愛らしい人の肩を抱いて歩いていた。
『運命の番』は俺だったのに。
俺の番相手は別の人の手を取って、幸せそうに微笑んでいたんだ
◇◆◇◆◇
のんびりと日々人物鑑賞をする主人公の物語です。
BL設定をしていますが、中々BLにはなりにくいです。そんなぼんやりした主人公の日常の物語。
なお、世界観はオメガバース設定を使用しております。
本作は『ある日突然Ωになってしまったけど、僕の人生はハッピーエンドになれるでしょうか』の登場人物が多数登場しておりますが、ifでも何でも無く、同じ世界の別のお話です。
※
誤字脱字は普段から在籍しております。スルースキルを脳内に配置して読んで頂けると幸いです。
一応R15設定にしましたが、後程R18へ変更するかも知れません。
・タグ一部変更しました
・主人公の実家編始まりました。実家編では嵯峨憲真主体になります。
カーマン・ライン
マン太
BL
辺境の惑星にある整備工場で働くソル。
ある日、その整備工場に所属不明の戦闘機が不時着する。乗っていたのは美しい容姿の青年、アレク。彼の戦闘機の修理が終わるまで共に過ごすことに。
そこから、二人の運命が動き出す。
※余り濃い絡みはありません(多分)。
※宇宙を舞台にしていますが、スター○レック、スター・○ォーズ等は大好きでも、正直、詳しくありません。
雰囲気だけでも伝われば…と思っております。その辺の突っ込みはご容赦を。
※エブリスタ、小説家になろうにも掲載しております。
全力でBのLしたい攻め達 と ノンケすぎる受け
せりもも
BL
エメドラード王国第2王子サハルは、インゲレ王女ヴィットーリアに婚約を破棄されてしまう。王女の傍らには、可憐な男爵令嬢ポメリアが。晴れて悪役令息となったサハルが祖国に帰ると、兄のダレイオが即位していた。ダレイオは、愛する弟サハルを隣国のインゲレ王女と結婚させようとした父王が許せなかったから殺害し、王座を奪ったのだ。
久しぶりで祖国へ帰ったサハルだが、元婚約者のエルナが出産していた。しかも、彼の子だという。そういえばインゲレ王女との婚約が調った際に、エルナとはお別れしたのだった。しかしインゲレ王女との婚約は破棄された。再び自由の身となったサハルは、責任を取ってエルナと結婚する決意を固める。ところが、結婚式場で待ったが入り、インゲレからやってきた王子が乱入してきた。彼は姉の婚約者だったサハルに、密かに恋していたらしい。
そうこうしているうちに、兄ダレイオの子ホライヨン(サハルの甥)と、実の息子であるルーワン、二人の幼児まで、サハルに異様に懐き……。
BLですが、腐っていらっしゃらない方でも全然オッケーです!
遅くなりました! 恒例の、「歴史時代小説大賞、応援して下さってありがとうございます」企画です!
もちろん、せりももが歴史小説書いてるなんて知らなかったよ~、つか、せりももって誰? という方も、どうか是非、おいで下さいませ。
どちらさまもお楽しみ頂ければ幸いです。
表紙画像(敬称略)
[背景]イラストACふわぷか「夕日の砂漠_ラクダ」
[キャラクター]同上イラレア 「緑の剣士」
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる