14 / 102
極道恋浪漫 第一章
13
しおりを挟む
椿楼とはこの店の名だ。焔の言うように、椿は主に日本での呼び名であって香港で椿といえば茶花と記すはずだからだ。
「おっしゃる通りだけどな。茶花より椿の方が妖艶な印象だろう?」
字体が気に入っているんだよね――と、男はまたもニヤっと意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
源氏名の方は紫月とある。
紫の月とはこれまた艶めかしい。茶花よりも椿の字を好むというくらいだから、おそらくこの紫月という源氏名にもこだわりがあってのことなのだろう。焔も遼二もそんなふうに思っていた。
「紫月――というのか?」
「そう、紫月。あんたらの言うところの御職男娼よ。と言ってもこの店だけってわけじゃねえんだけどさ」
「……この店だけじゃねえというと?」
「俺は男娼でもあるけど、ここ遊郭街を治めてる頭目の下で細々とな。雑用なんかもやってる」
「頭目の雑用だと?」
「つまり、秘書というわけか?」
焔と遼二が交互に訊く。
「秘書? ああ、まあそんなニュアンスと受け取ってもらって構わねえけどな」
紫月という男は可笑しそうに笑ってみせた。
「俺は主に男遊郭の方の雑務に携わってるんだが、女遊郭の方はまた別でね」
「――なるほど。じゃあ、あんたが男遊郭の代表ってわけか」
「まあそういうこと。見ての通りこの遊郭街は案内所を起点に二手に分かれる造りになってるだろ? 門を入って右側に進めば男遊郭、左に進めば女遊郭となってるってわけ」
そういうことか。だから先程の案内所で遊女か男娼の希望を訊かれたというわけだ。
「ってことは――女遊郭にもあんたと同様に仕切っている頭がいるってわけだな?」
「そ! 名は酔芙蓉。美人だけどめちゃくちゃおっかねえ姉ちゃんさ」
ひょうきんな素ぶりで肩をすくめながらニヤっと笑う。
つまり女遊郭と男遊郭には頭目の下で雑務を担う遊女の頭と男娼の頭が存在し、彼がその頭というわけか。とすれば、この紫月という男娼は頭目に非常に近い人物ということになる。
偶然ながらもこのような男と真っ先に出会えたことは幸先がいい。やはり遼二の言う通りだった。今更ながらあそこで銭を惜しまなくて良かったと焔は苦笑させられる羽目となった。
「ところで――砦の皇帝様がわざわざ出向いて来るなんてさ。単なる遊興とは思えねえよね? 目的は遊郭街の偵察ってところか?」
煙管に火を灯しながら紫月が訊く。綺麗な顔に似合わず、切り出し方はえげつなくも直球だ。そんな男を相手にごまかしはかえって逆効果かも知れない。焔も遼二も腹の探り合いを飛び越して、真っ向本題をぶつけてみることにしたのだった。
「ふむ――。偵察というわけじゃねえ。ここであんたのような男に会えたのも何かの縁だ。駆け引きは必要なかろう」
焔はそう言うと、懐に持っていた雪吹冰の写真を差し出してみせた。
「実はな、人捜しの為にやって来たのだ」
紫月という男は「ふぅん?」と言いながら写真を手に取った。
「そいつは知り合いの男の息子なんだが、ひと月前から行方知れずでな。この遊郭街で見掛けたという情報を小耳に挟んだんだ」
「行方知れず――ね。つまりあんたらはこの子が誰かに誘拐でもされて、この街に売り飛ばされたとでも思ってるわけか?」
「……まあ、早い話がそういうことだ。その息子がここに居ねえと分かりゃそれまでだ。他を当たるしかねえが、とにかくは確かめてみねえことにはと思ってな」
「ふぅん、話は分かった」
と、酒の支度が整ったのか、先程の下男が膳を携えてやって来た。
「おっしゃる通りだけどな。茶花より椿の方が妖艶な印象だろう?」
字体が気に入っているんだよね――と、男はまたもニヤっと意味ありげな笑みを浮かべてみせた。
源氏名の方は紫月とある。
紫の月とはこれまた艶めかしい。茶花よりも椿の字を好むというくらいだから、おそらくこの紫月という源氏名にもこだわりがあってのことなのだろう。焔も遼二もそんなふうに思っていた。
「紫月――というのか?」
「そう、紫月。あんたらの言うところの御職男娼よ。と言ってもこの店だけってわけじゃねえんだけどさ」
「……この店だけじゃねえというと?」
「俺は男娼でもあるけど、ここ遊郭街を治めてる頭目の下で細々とな。雑用なんかもやってる」
「頭目の雑用だと?」
「つまり、秘書というわけか?」
焔と遼二が交互に訊く。
「秘書? ああ、まあそんなニュアンスと受け取ってもらって構わねえけどな」
紫月という男は可笑しそうに笑ってみせた。
「俺は主に男遊郭の方の雑務に携わってるんだが、女遊郭の方はまた別でね」
「――なるほど。じゃあ、あんたが男遊郭の代表ってわけか」
「まあそういうこと。見ての通りこの遊郭街は案内所を起点に二手に分かれる造りになってるだろ? 門を入って右側に進めば男遊郭、左に進めば女遊郭となってるってわけ」
そういうことか。だから先程の案内所で遊女か男娼の希望を訊かれたというわけだ。
「ってことは――女遊郭にもあんたと同様に仕切っている頭がいるってわけだな?」
「そ! 名は酔芙蓉。美人だけどめちゃくちゃおっかねえ姉ちゃんさ」
ひょうきんな素ぶりで肩をすくめながらニヤっと笑う。
つまり女遊郭と男遊郭には頭目の下で雑務を担う遊女の頭と男娼の頭が存在し、彼がその頭というわけか。とすれば、この紫月という男娼は頭目に非常に近い人物ということになる。
偶然ながらもこのような男と真っ先に出会えたことは幸先がいい。やはり遼二の言う通りだった。今更ながらあそこで銭を惜しまなくて良かったと焔は苦笑させられる羽目となった。
「ところで――砦の皇帝様がわざわざ出向いて来るなんてさ。単なる遊興とは思えねえよね? 目的は遊郭街の偵察ってところか?」
煙管に火を灯しながら紫月が訊く。綺麗な顔に似合わず、切り出し方はえげつなくも直球だ。そんな男を相手にごまかしはかえって逆効果かも知れない。焔も遼二も腹の探り合いを飛び越して、真っ向本題をぶつけてみることにしたのだった。
「ふむ――。偵察というわけじゃねえ。ここであんたのような男に会えたのも何かの縁だ。駆け引きは必要なかろう」
焔はそう言うと、懐に持っていた雪吹冰の写真を差し出してみせた。
「実はな、人捜しの為にやって来たのだ」
紫月という男は「ふぅん?」と言いながら写真を手に取った。
「そいつは知り合いの男の息子なんだが、ひと月前から行方知れずでな。この遊郭街で見掛けたという情報を小耳に挟んだんだ」
「行方知れず――ね。つまりあんたらはこの子が誰かに誘拐でもされて、この街に売り飛ばされたとでも思ってるわけか?」
「……まあ、早い話がそういうことだ。その息子がここに居ねえと分かりゃそれまでだ。他を当たるしかねえが、とにかくは確かめてみねえことにはと思ってな」
「ふぅん、話は分かった」
と、酒の支度が整ったのか、先程の下男が膳を携えてやって来た。
24
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
普通の学生だった〜番外編。「吸血鬼」
かーにゅ
BL
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて(合ってるかわかんない…作者ですらうろ覚えの長いタイトルを付けてしまった…)
に載せていた番外編「吸血鬼」
なんとなーく作者が気に入ったので単独で番外編出すことにしましたー
多分更新頻度はすごいことになりマース
怒涛の更新からの沈黙の時間…見たいな?
とりあえず作者の学校も休校してて暇なのでその間にガーッと書こうと思います。
よろしくお願いしマース
作者の趣味・趣向爆発してます。お気をつけて
なーぜかちっこいものに惹かれる作者です
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる