Anniversary

一園木蓮

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7話

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 あれからヤツは特には何も口にせずに、前を見て運転に集中している。
 ただでさえ視界が悪いこんなどしゃ降りの夜だ。それで当然だろう。
 当たり前のように車を走らせてヤツが向かっているのはヤツ自身の部屋――

 このままヤツの部屋へ行って俺たちはどうするのだろう。
 この男の出で立ちやこの車からしても、何となく住んでいる部屋の雰囲気までもが想像できるようだ。
 きっと仄暗いライトに彩られたリビングで酒を交わし、スマートな会話を楽しみ、街の灯りを見下ろして――その先は――?
 想像を巡らせる程に胸が速くなるのを抑えられない。
 雨に滲んだ路面を走るタイヤの音をも掻き消すような自らの心臓音が、信じ難いを通り越して驚愕なくらいだ。
 俺は何でこんなにドキドキしているんだろう。
 俺は何を期待している……?
 まさかさっき脳裏に浮かんだ妄想のように、逞しそうなこの腕に抱き包まれることを期待しているとでもいうのだろうか。否、そんなワケはないと懸命に否定すれども、止やまない心臓音は正直だった。
 つい今しがたのキスの予兆を思い出せば、ゾワリと浮かび上がる感覚がすぐにも背筋を這いずり揺らす。
 もっともっと濃厚に――舌と舌とを絡め合い、肌と肌とを重ね合って溺れてみたい。とてつもなく淫らに、激しく、乱されたい、堕とされたい、侵されたい――。
 どっちがどうだとか――そんなこと、もうどうでもいい。
 タチだとか、抱くとか抱かれるとか、そんなことはどうでもいい。ただただ欲しい、それだけだった。

「そろそろ着くぜ」
 低く色香を伴った声で再び我に返る。ふと覗き見たヤツの瞳も、僅かに余裕を失ったかのように艶めかしく思えるのは、都合のいい妄想だろうか。漆黒の瞳の中に点るほむらが揺れているように感じられた。
 一夜限りの火遊びかも知れない。それでも構わない。
 この男の”焔”によって、本当に溶かされて気化して消えてしまう情事だとしても――構わない。後々、寂しくて虚しくてめちゃくちゃに傷付くことになろうと抗えない――。
 今はただ、欲しかった。
 欲しくて欲しくてたまらない。抑えられない。



 十二月の雨の夜。
 この日がヤツと俺にとって忘れられない記念日になるということを、この時の俺はまだ知らずにいた。



◇    ◇    ◇


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