上 下
63 / 73
終わりへ

57.天魔大戦 ⑧

しおりを挟む
 魔王が死に、絶望する悪魔達の前に大天使は姿を現した。魔王の血で汚れている大天使とデュラン。悪魔達は一斉に声を荒げ始めた。


「来るな!」
「悪魔を滅ぼす気か!?」
「お前がいなければ……!」


 どんな言葉も大天使には届かない。同胞を殺し、親である神を殺し、唯一の友を目の前で亡くした。それらに比べれば罵倒など無いのと同じだった。
 それでも一つ、どうしても否定したいことがあった。


「お前達の目には、オレが天使に見えるのか?」


 堕天し、深い闇の色に染まった大天使。大きな翼も頭上に輝く光輪も神秘的な不気味さを漂わせている。それはどの悪魔よりも暗く深い、正真正銘の『悪』だった。
 大天使の一言で周りが静まり返ると、二股の尾を揺らす猫の獣人の悪魔が前に出てきた。美しい銀の髪と鮮緑の瞳。大天使はそれがディークが語っていた特徴と一致することにすぐ気付いた。そう、それは悪魔の国の当時の王妃でありデュランの母である女性だ。


「貴方のことは夫から聞いていますわ。我々を助けて頂き、本当になんと言えばいいのか……。」
「そう言うのはいい。それよりも今は優先すべきことがあるだろう。……女王になる気はあるか?」


 お礼の言葉すら払いのけて話を進める大天使。この時は既に、大天使の心は死にかけていた。
 大天使の問いかけに戸惑う王妃。それが答えだった。


「そうか、ならばオレがしばらく務めよう。デュランが即位できるほど成長するまではな。」


 その言葉に周囲はざわついた。悪魔達もどんな扱いをされるのかと気が気では無いのだ。
 驚きながらも了承した王妃。現状で一番権力のある彼女の決定には誰も逆らえない。そして一時的な魔王となった大天使は、未だ眠り続けるデュランを部屋に運んだ。



 血を拭い着替えさせたデュランをベッドに寝かせ、よく眠ってることを確認すると、大天使は堰が切れたように泣き出した。過呼吸になりながらもデュランを起こさないよう声を押し殺して。

 自分を大天使として敬う者、尊敬する者、憧れる者。そして千年以上も師として、親として側に居続けた者を殺した。
 自身に心を自覚させてくれた、時間をいくつも共有した、何年も待ち続けてくれていた唯一の友を自分のせいで死なせてしまった。
 その全てを自覚するだけで自身に対する怒りが爆発している。


(気持ち悪い、頭が割れそう、なんだこれ………)


 大天使はそのまま膝から崩れ落ち、意識を失った。









 暗闇の中で声が響く。


「だから言ったのだ。地獄を見ると……」


 それは死んだ神の声。世界に留まる残りカスのような意識。
 大天使はその声に応えた。


「地獄を作ったのは貴様じゃないか………」
「……どうだったか。」
「なぁ、答えてくれ。貴様は…オレが子供を庇うと分かっていたんじゃ無いか?」


 神は黙り込んだ。


「貴様は魔王以外の悪魔を殺していない。傷一つ付けていない。神の力にオレが屈するよう、避けられない状況を作ったんじゃ……」
「黙れ。我はもう消える。」


 その声色が全てを物語っていた。冷たい声の中に動揺と哀愁が垣間見えた。しかし、大天使はその声の意味を知らない。ただ、神は自分を縛り付けたいと思う事しか出来なかった。微かな意識の最後まで、神は理解される事は無かった。









 しばらくして大天使が目覚めると、マイヤが顔を覗き込んでいた。


「兄様!」
「マイヤ……?っオレはどれくらい眠ってた!?」


 飛び起き頭を抱える大天使。気を失う直前の酷い頭痛は依然おさまらず、五感は鈍っている。
 胸の中のぐちゃぐちゃしたものを無理矢理飲み込み体を起こすも、正常に力が入らなかった。


「丸一日くらいだけど……まだ動いちゃダメだよ。堕天の後遺症がまだ残ってるんだから……」
「そんなものはどうでもいい。それよりオレはやるべきことがある。」


 今の大天使の動力源はディークの最期の望みだけであり、またその望みに強く縛られている。
 デュランの元へ行こうとした大天使。ベッドから降りてドアに向かう途中の姿見で初めて今の己の姿を見ると、なんと恐ろしく醜いのだろうと思いながら自分に嘲笑した。



 周囲からの冷たく鋭い視線を気にもせずにデュランの部屋に入る大天使が見た光景は、酷く悲しく悲惨だった。
 割れた陶器やガラスの破片はあちらこちらに飛び散り、シーツやカーテンからクローゼットの中身までもが破かれていた。それらの破壊をしたのは他の誰でもないデュランで、当の本人は手を切り血が至る所に付着している。


「な…にしてるんだ馬鹿!」
「来るな!」


 デュランは大天使を見るなり酷く怯え、座り込んだまま後ずさった。


「お前がいなければ…!とうさまじゃなくてお前が死ねば良かったのに……!とうさまを返してよ!」


 必死のその叫びは大天使の心を抉った。
 しかしそれを悟られまいと、座り込みデュランを強く抱きしめた。引き剥がそうと抵抗するデュランの手のひらの血が大天使につき、真っ白な肌までもが赤く血に染まる。


「ごめん、その通りだ。それでもディークが残したお前が傷つくのは駄目だ。オレのことは恨んで憎んで嫌っていい。でも、自分が傷つくようなことはするな……」


 大天使が掛けられる最大で唯一の言葉。いくら堕天し黒に染まっても、大天使であることも天使のような姿も変わらない。大天使は自分が『大天使』でしか無いことを強く嫌悪した。



 無理矢理デュランの傷を治した大天使は、一時的にデュランの部屋を割れものがない部屋に変えた。
 そしてデュランが落ち着くのを待っていると、未だ悪魔の国に滞在するマイヤが呼びに来た。連れられるまま何も知らずに移動すると、そこには白い棺桶とたくさんの花があった。今は王妃しかいないが、つい先程までは他にもたくさん居たようだ。


「ディークの遺体を回収して綺麗にして、ここに眠らせたんだ。ボクの力じゃあと少しで魂の保護が消えちゃうけど………」
「……!オレがやる。」


 大天使は跪き祈るポーズをした。瞬く間に辺りは優しい光に包まれ、温もりが漂う。
 それと同時、大天使が祈ると姿が白く戻った。一度堕天すれば戻ることはないはずだったのが、聖なる子らによって浄化されたのだ。しかし、しばらくするとまた堕天した姿に戻る。大天使は聖力を使うと元の姿に戻るようになったのだ。


「……そう、オレはまだ『次代の神』なんだな。それなら少しだけ私欲のために使わせてもらおうか。」


 大天使はディークの魂を保護しながら強化した。魂の干渉はあまりにも複雑で難しく時間も掛かる。それでもせめて、その魂に次があるように。
 このことは大天使とマイヤと王妃の三人だけの秘密となった。


「そうだ王妃…いや、王太后。オレは一応は魔王代理だから、現王はデュランということにする。」
「ええ。もちろん異論はありませんわ、大天使様。」
「……その呼び方はやめろ。代理とでも呼んでおけ。」
「……はい。」


 そして悪魔の国は少しずつ落ち着き始めた。



 そして、大天使が本格的に代理の魔王として務める直前のこと。
 天使を裏切り帰る場所を失ったもう一人、マイヤは大天使に別れを告げに訪れた。


「お前もここにいればいいだろう。」
「ううん。ボクは堕天もしてなければ手伝えることもない。だから誰も知らないところでしばらく眠るよ。もしボクの力が必要な時は、ボクの絵を探してね。約束だよ。」


 そしてマイヤは自身のキャンバスで眠った。かつて湖のアトリエで感情を吐き出すため塗りたくった黒いキャンバスの中で。


 そして各々が落ち着き、きたる日を待ち続けた。
 これが天魔大戦。天使と神、大天使と魔王による壮絶な戦いはたった数日だけのことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺のまったり生活はどこへ?

グランラババー
BL
   異世界に転生したリューイは、前世での死因を鑑みて、今世は若いうちだけ頑張って仕事をして、不労所得獲得を目指し、20代後半からはのんびり、まったり生活することにする。  しかし、次代の王となる第一王子に気に入られたり、伝説のドラゴンを倒したりと、今世も仕事からは逃れられそうにない。    さて、リューイは無事に不労所得獲得と、のんびり、まったり生活を実現できるのか? 「俺と第一王子との婚約なんて聞いてない!!」   BLではありますが、軽い恋愛要素があるぐらいで、R18には至りません。  以前は別の名前で投稿してたのですが、小説の内容がどうしても題名に沿わなくなってしまったため、題名を変更しました。    題名変更に伴い、小説の内容を少しずつ変更していきます。  小説の修正が終わりましたら、新章を投稿していきたいと思っています。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

処理中です...