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終わりへ

悪魔の国 ②

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 ーーーーーデュランーーーーー




 私が先生を抱くのはいつぶりだろうか。
 確か、仕事に追われてしばらく誰とも出来なかった時、受け止め切れる唯一として牢の部屋に訪問した時いらい。僅か数年前だ。
 何百年と抱いていながら、彼が感じたところは見た事が無い。本人も快感は感じないと明言していたし、その代わりにと積極的に動いていた。
 それが何故、唐突にあれ程快楽に弱くなったのか。


 なんとなく、分かっていた。




 先生は気付いていなかったのだろう。行為中に何度も他人の名を呼んでいた事を。確か『イオリ』と言っていたか。人間か悪魔かも分からないが、私が何百何と続けて駄目だった事を成し遂げた人物……。興味深い。
 以前から興味本位で先生の善がる姿を見てみたいと思っていた。あまりに静かで作業的なものはあまり興が乗らない。綺麗な顔を歪ませ、甘い声を出し、淫らに男を求める姿はどれだけ扇情的だろうと。
 実際に目の当たりにしてみると予想外で、その姿はあまりにも情け無く幼い。いつか想像した姿とは比べ物にならない程に興奮した。

 そこに恋愛感情は無いが、それでも興味と尊敬…そして罪悪感は持っている。昔は先生のせいで父が死んだと恨んでいた。しかし、本当に恨むべきは神と天使で、大天使ではない。大天使ともあろう人が悪魔のために怒り、神を殺した。もう先生を恨む事は出来ない。


 先生は厳しいが、それは全て自分たちのためだと分かるものだ。どれだけ膨大な知識を叩き込まれ、どれだけ酷な修行をさせられても、その本質を理解する者は自ら先生に教えを請おうとする。
 その上、その力を恐れた者たちから命を狙われ続けても私を守った。何度生死の境を彷徨おうとも、懲りずにわたしの命を優先した。あまりに出来過ぎた腹心だ。


 もちろん大天使と言うこともあり、仇の様に見る悪魔も多数いる。そんな悪魔たちを納得させるために何度も体を張っていた。私と交わした契約もその一部。力に制限をかけ、自身をサキュバスにし、奴隷の様に悪魔に尽くし続けた。
 私が年齢的に王になれなかった時期、大天使が魔王代理となり反感を買った。そんな時に先生は群衆の中心に現れ、跪いた。大きな翼を広げて、


「大天使が滞在すること、魔王代理になる事が気に食わないならこの場で翼を切り落とすといい。……だが、私がこの場に居るのは私と先王の意思だ。亡き魔王ディークの意思が、判断が間違いだと思うなら直接私を切りに来い!」


 そう言い放った。ほとんどの者は恐れ、一部の者は実際に害を与え始めた。切り付けられ、石を投げられ、撃たれ、串刺しにされても跪き、抵抗もせず弱みも見せなかった。
 城に戻るなり血だらけで倒れた先生を見つけた幼い私は、その姿と行動に恐れた。先生は倒れているところを私が発見したことを知らない。ただ、あの時から私は変わり、父や悪魔の為に身を削る先生の行動全てに釘付けになった。

 恨みなど、とうにない。あるのは過去に投げかけてしまった言葉の後悔だ。


「お前がいなければ…!とうさまじゃなくてお前が死ねばよかったのに……!」


 幼くして父を目の前で亡くし気が動転していたとは言え、私は恩人にそんな言葉を吐いてしまった。泣きじゃくる小さな私を抱きしめ、謝罪の言葉を呟き続けていたのに、私は愚かにも全て先生のせいだと思ってしまっていた。
 先生は自身の父たる神を殺したと言うのに、目の前で友人まで失ったと言うのに、私ばかりが失った気になっていた。





 行為の後、先生が入浴している時に部屋に誰か来た。今ここに来る権限があるのは母のみ。確認するまでも無く誰が来たか分かる。


「急にごめんなさい、貴方に急ぎの報告があるみたいで代わりに持ってきましたの。」
「あぁ、受け取ろう。」


 身内とは言えだらしの無い格好で出るわけにはいかないだろうと、さっと着替えてからドアを開けた。
 父親似の私とは似ない、銀髪と緑の瞳を持つ母。二股の尾を持つ猫の獣人だ。
 報告書を受け取ると、母は部屋を覗いた。


「………その、『あの方』は?帰ってきたと聞きましたが……。」
「先生なら入浴中だ。」
「そう………」


 父も母も先生を『彼』や『あの方』としか呼ばない。私も『先生』としか呼んでいない。
 両親は先生の名を知っているらしいが、知らない事にして欲しいと本人から言われてしまったそうだ。

 それにしても以前から母は先生の事になるとそわそわしている。まるで、私に何か隠してる様に。不貞とかなら聞きたくは無いが、先生に限ってそれは無いだろう。
 ………直接問い出すべきか。


「王太后、私に何か隠してはいないか?」
「……もう、教えても良いでしょうか。貴方がどう感じるかは分かりませんが。」


 そして語り出したことは、常軌を逸していた。
 先生の大天使としての力を使い、父の魂を強化し転生させる。それを母と先生は父の死後からずっと続けていた。二人が父の廟に通っていたのはそう言う事だったのか。


「……それで、先王の魂はどうなった?」
「先ほど確認しましたが………」


 それから訪れる沈黙が全てを物語っていた。やはり無理だったのだろう。そもそも転生したところでどこに生まれ変わるかなど分かりやしないのに。
 二人とも、私以上に父に囚われているように見える。共に過ごした年数が違うと言うのもあるだろう。だが、ここまで来ると心配だ。


「先生が廟に入るとこを見ている。恐らく既に知っているだろうな。」
「そうですか、分かりましたわ。」


 それだけ言って母は部屋を後にした。
 対して関わることのない母。父の死後は、父によく似た私を目に入れたくないと言う様に避けていた。成長した今なら余計に重なるだろう。先生も、友人に似た友人の子に抱かれるなど抵抗があってもおかしくない。


 千年前から、私の周りも全て変わり果ててしまった。
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