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42.勇者のデビュー

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 とうとう始まった勇者のお披露目会。
 城の庭園を一日だけ開放し、一般市民も参加できる様になっている。悪魔との殺傷を禁じられてから勇者を紹介するという告知をされ、反感を買うのではなんて心配をしていたけど大丈夫そうだ。そこは流石と言うべきだろう。リルジの手腕が見れる。

 紹介自体は授与式のようなもので、勇者を一人ずつ紹介しながらリルジがブローチを与えるものだった。ブローチは国の紋章である鷹がデザインされたもの。それを渡されてようやく『勇者』として始まることになる。



 ………で、それからそこそこ時間が経ったけど、人が多い!
 もちろん民衆は勇者に興味津々で、一目会おうと必至だ。中には親しい関係になろうとする奴もいる。まだ子供の勇者達は目を回しながらも対処しているけど……イオリはガチで混乱してる。うん、知ってた。なんとか助け船を出そうとしたが、本当に人の波で押し返される。

 しかも、困ってる中で声をかけられた。オレ、勇者じゃねぇよ?


「あの…勇者様よりかっこいいですね。少しお話でも……」
「は?」


 イオリの方がかっこいいけどぉ!?
 なんて反論は胸の中にしまって、適当に冷たくあしらってイオリの方へと向かう。それでも付き纏ってくる奴らも何人かいて、いっそ暴力で解決させようかなんて考えてやめた。



 結局近付くことも出来ず、少し離れたところで一息ついた。イオリには悪いけど、あれはオレにもどうにも出来ない。すまん。人間を傷つけるわけにもいかないし…。


「あ、ミカさん!」
「ヒルメル、どうした…って、お前もか。」


 数人の男女に追われるヒルメル。そうだ、こいつ一応ハイスペックだった。未婚で眉目秀麗な騎士団長。国王の腹心でもあり誠実な男。妻の座を狙う女も弟子入りを志願する男もいるだろう。


「あぁ、やっと知人と合流できた……。」
「リルジは?」
「国賓の接待をしてますよ。私も誰かと話していれば周りを相手にしなくても良いかと思い……」


 ナルホド…、オレがちょうど良かったって訳か。でもまぁ付き纏われてるのはオレも同じだし、その策に乗らせてもらってもいいかな。イオリもここに逃げられれば良いんだけど…、って思ってたら来た。少しずつ、ジリジリと。まぁ人の波には簡単に逆らえないもんな。


「や、やっと来れた……。」


 数分掛かってようやく合流した。人の波に揉まれてせっかくの衣装が乱れている。それに凄く疲れた様な顔。人気者は大変だな。
 ……でも、勇者という身分と顔だけでイオリと親しくなろうだなんて腹が立つ。


「大丈夫か?ほら、襟とベルトがズレてる。」
「あぁ、悪い。」


 ……何だろう、余計に注目を浴びてる気がする。やっぱ顔がいい人が固まっていれば目立つか。

 あんまり下手な会話も出来ないし、人目を気にしないといけないなんて面倒だ。そう思ってると、周囲がざわつき始めた。
 ピアノの音?凄い綺麗な音色だけど一体誰が…。


「おや、アンナさんのピアノが聞けるなんてラッキーですね。」
「アンナ…、あぁ、女勇者の一人か。」
「えぇ、彼女はピアノとヴァイオリンを嗜むそうで、城に滞在している音楽家とよくセッションをしています。」


 なるほど、確かにサマになっているな。それに、大勢が演奏に夢中になってるおかげでこっちの注目も少しは減った。注目を一身に受けて尚且つ接待をしないようにしてるのか?もしそこまで考えての行動なら策略家としての才まで伺える。

 なんて感心していると、イオリが隣で何とも言えない表情をしていた。


「聞き覚えしかない…。」
「ん?この曲を知ってるのか?」


 なかなかに斬新で綺麗な曲だと思うけど…、もしかして勇者達の世界の曲なのだろうか。


「知ってるも何も、俺が携わったゲームの音楽だ。」


 ゲームの音楽?この世界だと馴染みは無いけど、異世界だとゲームの際に『びーじーえむ』とか言う音楽が流れるらしい。箱の中の映像を操作するゲームでさえ理解しきれていないのに、更には音楽付きとまできた。
 魔法の無い世界だと聞いているが、どう考えても「それは魔法では?」と言いたくなる様なものばかりだ。しかも相当複雑な。


「イオリさん達の世界の音楽って事ですよね。異世界には未知の技術と素晴らしい芸術があるなんて、ぜひ一度行ってみたいものです。……まぁ、方法はありませんが。」


 分かる、オレも行ってみたい。
 けど、その異世界に行く方法があるならイオリ達は元の世界に戻れる事になる。一方通行である以上は方法が無い。


「そうだ、ちょうど人も離れましたし、いくつかミカさんに聞きたいことがあるんです。」


 聞きたい事?人に聞かれたらまずいことって、やっぱりこの姿の事だろうか。あんまり外でこんな話をするのもと思ったが、どの道オレは天使を騙る。ここで誰かが盗み聞いて、オレが天使であると噂を流してくれれば尚良い。


「……何が聞きたいんだ?」
「その、今のミカさんの姿が凄く見覚えがあって……。もしかして、天使マイヤ様の絵画に描かれていますか?」


 まぁ、気付くだろうよ。当時と完全一致の姿をしてるんだから。特に隠してた事でも無いし、簡単に「そうだ。」と答えた。
 第四種を説明した時に見せたあの姿で、既に疑ってはいたらしい。やっぱり天使に関する情報は結構持ってるのかもな。


「やはりそうですか…。なら何故、悪魔と共に描かれているのか…聞いてもよろしいでしょうか。」
「……昔、天魔大戦が起こる前は敵対していなかったんだ。お互いに関わりは無かった。オレはよく天使の天空宮から出てたから、悪魔の友人を持っていた。それだけだ。意外だったか?」


 ヒルメルは天使と悪魔の関係性を知って驚いている。
 オレを天使だと信じ込んでいるヒルメルにとっては信憑性の高い話だろうが、オレを悪魔だと未だに思っているイオリは作り話だと思ってるだろう。
 でも、これは嘘じゃ無い。オレは天魔大戦が起こる二千年前から天空宮でずっと過ごしていた。

 天使が住む天空宮はいくつかの浮遊島からなっている。
 天使達の居住区や神殿、または他の施設。建物数や島数こそ多くは無いものの、とても大きな場所だ。この大陸から少し離れた海上に浮かんでいる。
 その中でもオレは離れでほとんどを過ごした。本殿に行く事は滅多に無く、時折マイヤだけをオレが住む離れの宮に招いて。オレは隔離されていた。それもその筈だろうけど。オレは天使じゃ無いのだから。


「……最後に、教えてください。ミカさんの名前は本当の名前ではありませんよね。天使様は全て、神殿に記録されていますから。貴方様の天使の名前は何ですか?」
「………!」


 神殿に天使の名前が記録されている?それは初めて知った。
 まさか、ヒルメルはオレを疑っているのだろうか。迂闊だった、天使はかなり少なくなっている。こいつがその名前を全て把握していてもおかしくは無いのだろう。


「オレ、は…………」


 言葉に詰まった時、突然背筋が凍った。

 忘れもしない、この気配。なんで、このタイミングで………



「見つけた。」



 上空から冷たく響く声。その声の主は白い長髪を靡かせ、薄緑の瞳でこちらを見下している。
 白い大きな翼を広げるその男、風の天使ヴィントは一番避けたかった状況を作り出してしまった。



「………使・リヒト。」



 誰にも呼ばれたことの無い、かつてのオレの名前を呼んでしまった。
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