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歪な物語の始まり

5.ギルドタウン

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 長蛇ちょうだの列に並び、数分程度で順番が回って来た。関所の審査自体は簡単なものみたいだ。水晶に手の甲を翳すだけの簡単なもの。小さな子供も同じようだ。
 水晶の横にいる受付の女性に声をかけた。


「あの、新規で登録したいんですけど…」
「はい、新規登録の方は向かいドアの紐を軽く一度引いてもらってからお部屋にお入りください。」
「分かりました。」


 この紐はベルのようだ。
 軽く引いてからドアのノブを回した。
 中に入ると、水晶の置かれた白い机と一・三で並べられた四脚の椅子があった。


「お待たせしました。これから通行証の手続きを行います。まず、お名前と性別、年齢と職業をお願い致します。」


 テンプレの質問。
 意識を飛ばして見たことがあってよかった。分かっていたから、入る前にイオリと色々と確認しておいた。


「名前はイオリ、性別は男、年齢は二十歳、職業は王宮の騎士見習いです。」
「名前はミカ、性別は男、年齢は十六、職業は薬師です。」


 オレの年齢以外はあながち間違いでは無い。イオリは勇者として王宮の騎士達の元で訓練していたし、オレは薬の調合もできる。


「ありがとうございます。職業の確認だけさせて頂きますね?まずイオリ様ですが、騎士見習いということで騎士団の心得の暗唱をお願いします。」


 騎士団の心得は、見習いが入団する際に暗記させられるルールのようなものだ。心得の元、日々騎士達は動いている。


「分かりました。『騎士団の心得 その一・己に厳しく。鍛錬を怠らず、心身共に磨き続けること。そのニ・他に厳しく。弱者に救いを、甘えには粛正を与えること。その三・悪に厳しく。非道を行った者、魔の者を赦してはならない』」
「確かに確認致しました。」


 一番最後以外はいい心得なんだけどなー…。『魔の者』に偏見ありありで本当に胸糞悪い。赦すも何も赦されない事をしてねぇんだって。
 まぁ、なんの心配も無く暗唱出来たようだ。勇者にも教えてんだな、これ。


「お待たせしました、ミカ様も同様に薬師と言う事で調合をお願いします。道具はこれから用意致しますので、下級以上の回復薬の調合をお願いします。」
「道具は要りませんよ。すぐに終わります。」


 掌を上に向け、魔法陣を小さく展開した。聖樹の苗木を掌に発生させ、机の上に展開させた魔法陣に葉を浮かべる。他にも複数のものを生成し、机上きじょうの陣に浮かべた。それを上手く混ぜて固めれば……。


「出来ました。上級回復薬です、ご確認を。」
「な、上級!?しかもあの調合の仕方……。」


 驚いているようだが無理もない。
 初級、下級、中級、上級、超級の中でも中級までが一般的な回復薬だからな。
 でもオレは超級しか調合した事なかったから、上級は魔力を出来る限り抑えて作った。それ以下はたぶん作れない…と思う。やれば出来るかもだけど、少しでも魔力量を間違えればクラスは変わる。そんな微調整、魔力の多いオレには難しい。

 それから、調合の方法も。
 普通は葉を鉢ですったり、分量を計ったりしなければならない。が、非効率だしオレは魔法こっちの方が楽だ。だから神官や預言者…『聖職者』と呼ばれる人達のやり方を使った。このやり方は調合時間を何百分の一にも抑える事が出来る。
 まあクリア出来ればいいやって感じでやったし自分の力でやったことに変わりは無いから問題は無いだろう。



「あの、確認出来ました?」
「え、あ、はい!ただ…普通の薬師がこの方法で調合するというのはあまりにも不思議で……。」
「あれ、普通じゃ無いんですか?すみません。あまり外に出ないもので……。」
「そ、そうですか…。分かりました、確かに確認致しました。」


 知らないフリって便利……。まぁ、普通なんて実際分からないし外にも数年出てなかったからあながち嘘では無い。


「では最後にこちらの水晶にお好きな方の手を翳し魔力を入れてください。翳した方の手の甲に通行証が浮かびます。また、普段は通行証は目に見えませんのでご安心下さい。」


 そして二人とも無事に通行証を手に入れた。
 オレもイオリも既に右手に印が入っていた為、左手に入っている。右手にはイオリは勇者の紋章が、オレは魔王との契約印が。
 通行証を浮かべてみると何の変哲もないただの円だった。この円の中にギルドの紋章が入るのだ。


「ギルドタウンの大まかな説明をさせて頂きます。まず、街の中では殺人、窃盗、闇市に関することの全てが禁止されています。発覚した場合、街からの永久追放となります。また、ギルドタウン外の犯罪歴や違反行為については一切関与しません。街中での戦闘は周囲に迷惑をかけたりルール違反をしない限り制限はありません。その他の賭け事や宣伝も同様です。」


 随分と緩い規制だ。要するに、犯罪や迷惑を考えてさえいれば何してもいいと言うこと。だからこその安全を保証しないことの同意つうこうしょうなのだろうか。不思議な街だ。



 関所を通り、当たりを見渡すことも寄り道することもなく一直線にギルドに向かった。
 扉の無い開けた入り口から入り、長い石造りのカウンターに並んでいる受付の男性に声を掛けた。ここからはまた手続きが始まる。とはいえ、通行証に情報が入っているからかなり省略される。

 最も得意な戦術ジョブを選択し、戦力を色で見るだけだ。水晶で適正ジョブの割り出しと戦力のカラー化をする。



 ジョブは『接近武器』『遠距離武器』『攻撃魔術』『援護魔術』から分岐される。

『接近武器』は防・斬・打・刺から更に分岐。

『遠距離武器』は刺・打・爆・斬から更に分岐。

『攻撃魔術』は打・獣・爆・操から更に分岐。

『援護魔術』は治・浄・呪・付から更に分岐。

 オレは『攻撃魔術』の操から、操術士そうじゅつし(物を操る事に特化した魔法士)に。
 イオリは『接近武器』の斬から、魔剣士(魔法で戦力を上げる剣士)になった。



 戦力のカラー化は、水晶に魔力を流し込み力量を色で測るというものだ。

 弱い方から、
 黒(絶)、橙、黄、緑、青、紫、赤、白(測量不能)

 現在、分かっている白色は三名のみ。多重ガンナー(様々な武器の射撃を得意とするガンナー)のギルドマスター、聖剣士(聖力で戦力を上げる剣士)の騎士団長、操術士の国王だけだ。
 ……まあ、オレ達の結果は予想通りだったけど。このカラー化は水晶に入れる魔力の量は関係無い。魔力の質で振り分けられる。つまりは……


「二人とも白…?すいません、不具合が出たようなので少々お待ちください。」


 何も知らない人間にとっては結果に信憑性のかけらも無かった。
 異世界から呼ばれた勇者と一国の番人。弱い訳もなく。新しく持ってきた水晶に魔力を入れても、変わらずに結果は白。まぁ、オレから見れば妥当な色だが。


「な、え?どうなって……」
「水晶は正常ですよ。自分で使って見たらどうです?」
「あ、そ、そうですね。すみませんが少々お待ちください。」


 受け付けの人のカラーは緑色。どうやら正常のようだ。


 多少の厄介ごとは覚悟の上だった。とりあえず予想以上にすんなりと終わったようだ。左手の甲には円の中に白い四菱よつびしが描かれた。



 無事ギルドにも登録でき、収入源の確保は出来た。
 一瞬で終わるような依頼を完了し、手に入れた金でギルド内の酒場で食事をする事にした。適当な席に着き、テーブルの中央にあるメニュー表を開く。オレは食事の必要が無いからイオリにどれを頼むか選んで貰おうとしたところ、どうやらイオリはこの世界の文字が分からないらしい。


「ミカが適当に決めてくれないか?」
「いや、食べれない物とか好きじゃないものがあったらアレだし…。そうだ、オレがメニューを読むから食べたいのがあったら言ってくれ。」


 メニューを読み上げたら、異世界にもある料理があったみたいなのでそれを頼む事にした。

 こういう場で何も食べないと言うわけには行かないような気がして、オレも何か注文しようとメニュー表を眺めていた。
 特に惹かれるものも無いなと思っていたら、デザート欄に『蜂蜜』と書かれた物があるのに気が付いた。まさか、本当にオレが好きなやつの名前が『蜂蜜』で合ってるのか確認する機会がこんな所で訪れるとは。

 料理を注文し、来るまでイオリと雑談をしている。
 メニュー表に書かれている食べ物の名前をいくつか聞いてみた。例えば『パウンドケーキ』、『プリン』や『パフェ』とか。悪魔の国の甘味はクッキーやビスケットの焼き菓子か、フルーツだけ。人間の国にこんなにたくさんのスイーツがあるとは驚きだ。


「お待たせしました。『ラムのシチュー』と『蜂蜜パンケーキ』になります。ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい。」


 目の前に置かれた『パンケーキ』というスイーツ。三センチほどの厚さの見た目からふわふわだと分かるパンケーキに、端に置かれた蜂蜜をたっぷりと…全部かけた。フォークの先端に蜂蜜をつけ、恐る恐る口に入れてみる。


「ん!これだ!」
「そうか、良かった。ちゃんと見つかったみたいだな。」


 蜜の染みたパンケーキにナイフを入れる。少し触れただけで僅かに沈んだ…。かなりふわふわだ。そのまま一口食べてみた。


「美味しい…!」


 温かいふわふわパンケーキも、蜂蜜が無いとこまで甘くなってる。甘味しか美味しいと感じないオレの舌は蜂蜜パンケーキにご満悦だ。


「ほら、イオリにも一口あげる。」
「んっ……。」


 一口分に切ったパンケーキをイオリの口元に差し出した。イオリはオレの手からパンケーキを食べると、美味しそうに食べていた。表情はあんま変わってない様に見えるけど。


 それにしてもワインが欲しくなる。まぁ、十六って言ってる以上は飲めないけど。


「……ワインは頼むなよ?」
「分かってるって、十八って言っておけばよかったな……。」


 楽しい食事の最中、何やら周りがざわめきだした。楽しげな雰囲気は一転して、誰もが何かを気にし出したようだ。少し怯えているようにも見える。
 人々の視線はだんだんとこちら側に流れているように感じた。……いや、事実その通りのようだ。

 ふと大きな影がオレのところに出来た。何の影かは確認するまでもなく、厄介ごとに巻き込まれたと嫌でも分かる。


「おい、新入り…そこは俺たちの席だ。何勝手に使ってやがるんだ?」
「…………ちっ。空いてる席は自由に使っていいはずだけど?ここがお前らの席だと誰が決めた。」


 二人組の大男。自分達を絶対的な存在だとでも思っているかのような態度だ。面倒でいきなり舌打ちしてしまったが、まぁ別にいっか。楽しい食事の邪魔しやがって……。



「おいおい、赤色に逆らう気か?どうやら死なねぇ程度に痛みつけてやらねぇと分かんねぇみたいだな。」


 赤色は上から二番目の実力。なんだ、一番上じゃ無いじゃん。まぁこいつらが白色でもどうでもいいんだけどさ。

 オレの方が強いのは分かりきっている事だし。

 それにしても参ったな……。
 イオリに殺傷は禁止されてる以上追い払う事も難しい。こいつらがどの程度の威嚇で精神崩壊するかも分からない以上、加減の仕様もない。こういうところでは人間相手はかなり厄介だ。いっそこいつらがモンスターだったら良かったのに。


 料理もほとんど食べ終わっている中、会計の邪魔が入ったらとても困る。さて、この馬鹿どもをどうすればいいやら……。


 傷を付けずに邪魔な奴らを追い払う方法をずっと考えていた。
 なんかめっちゃ目の前で喚いているが、そんな事はオレの知った事ではない。威嚇も危険、痛みを与える事は出来ない。弱みを握って揺さぶるのが一番安全だろうけど、一瞬でできる事ではない。



「おい、聞いてんのか!?」
「あーもーうるさ……」


 大男は二人いるうちの一人だけがギャーギャーと喚いている。もう一人の方は興味も無い様に辺りを見渡していた。ガチで何なんこいつら。


「てめぇ…さっきから随分と生意気な態度だなぁ!」


 とうとう手を出してきた。ガチガチの筋肉質の太い腕と硬い拳。辺りで僅かに風が起こった。
 が、殴って来た男の拳はオレの左手だけで容易たやすく止める事が出来る。それも、ほとんど力を入れずに。
 赤色がここまで弱いとは思わなかった。上から二番目ではある以上そこそこ強い方だとは思ったのだが、どうやら過剰視していたようだ。


「あーもー…殺傷を禁止されてる以上反撃出来ねーんだけど、面倒だな。」
「……ミカ、今は良しとしよう。状況が状況だからな。ただし殺さず、後遺症が残らない様にする事。」
「まじで?なら大丈夫だな。」


 あー良かった。今だけだけどなんとか許可は貰えた。力技で解決できる事を遠回りしたくない。
 とりあえず、拳を止められたままピクリとも動かせないことに戸惑っている男の指を左手でそのまま折った。


「っ!?い゛っっーーー!?」
「痛いか?治してやろうか?まぁ、直ぐには治してやらないけどな。言う事聞いたら治療してやる。」


 指の骨が折れただけで大きくよろけた男は、痛みに相当弱いようだ。恐らく今まで傷付く前に倒して来たのだろう。だが、オレが相手じゃそうも行かない。生かすも殺すも生き地獄さえオレ次第。それなりに強い自負は無いわけない。


「オレの言葉を復唱しろ。そうしたら治してやるよ。」
「あ゛!?ふっざけんな誰が……」
「そう言えば、もう片方の手の指はまだ無事だったよな?」
「なっ!分かった!言う通りにしてやる…いやするから!」
「よし。」


 言って分からないなら痛みで躾けるのが基本だろう。男はあまりにも簡単に心が折れたようだ。


「じゃ、痛いのもやだろうしさっさと終わらせるか。『赤色と言う理由だけで威張ってすみませんでした。』はい。」
「あ、赤色と言う理由だけで威張ってすみませんでした……。」


 先程までの高圧的な態度は見違える程に大人しくなっている。


「『また同じ様な事を行なった場合、片腕を切り落とし反省します。』はい。」
「なっ!?っ……また、同じ様な事を行なった場合、片腕を切り落とし反省します……。」

「ん、よく言えました。手を出せ、治してやるよ。」


 回復魔法で折った指を元通りに治療した。これなら後遺症は残らない。骨はしっかりとくっつき、腫れも引いていった。痛みもちゃんと消えた様だ。


「あ、あの…貴方は一体何者、なんでしょうか……」


 大男の口調が変わっている。躾は上手くいったようだ。それにしても怯えすぎじゃないか?こんな(見た目は)子供に。


「オレはただの薬師だ。いや、ジョブで言ったら躁術士だな。」
「なっ、躁術士!?魔法特化のジョブで何であんな力が……?」
「さあね。」
「さあねって……って言うか、貴方は何色ですか?」


 口頭より見せた方が速いか。どうせ言えば見せる事になる。
「ん」とだけ言って左手の甲を見せた。男はしばらく放心状態になっていたが、まぁそうなるよな……。まさか白色に高圧的な態度を取るなんて想像も出来ないだろう。


「ま、とりあえずオレ達はこれで失礼するよ。言っておくが、この場にいた全員が立会人だ。有言実行してもらうからな?」
「は、はい…分かってます。」


 まさか食後にこんなことが起きるだなんて微塵みじんも思わなかった。釘は刺したし、また何かあれば自ずと分かるだろう。

 とりあえず席を立ち、カウンターへ向かった。会計は食事代と騒いだ分の迷惑料を払い、また新たな依頼を受ける事にした。
 ゆっくり食事も出来無いとは、やはりこの街は不思議だ。
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