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プロローグ

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 暗雲あんうんと赤い空が広がる不気味な場所。太陽も月も星の一つも見えないこの場所は、時計以外に時を知る方法が無い。
 ここは悪魔の国ディークリードの最奥さいおうにある魔王城。
 陽の光の当たらない場所にある魔王城は、いつも不気味に揺れるランタンの真紅のともしびが薄暗い通路を照らしていた。冷たい空気の漂うこの城の一番奥に魔王は鎮座ちんざしている。



 人間の国は昔から、魔王を倒し悪魔を滅ぼさんとする者が絶えない。


 その所以ゆえんは簡単だ。

 今から千年前の遥か遠い昔にあった戦争。
 人間が崇拝すうはいする神の使いとされる『天使』
 闇とけがれの具現化とされる『悪魔』
 その二種族の大規模な戦争、『天魔てんま大戦』により沢山の命の灯が消えてしまう。当時の大天使が己の命と引き換えに魔王の首を取り、天使と悪魔の戦争は天使の勝ちとして終結した。しかし、数多の天使を導いてきた大天使が自らを犠牲にしたにも関わらず、新たな魔王は生まれ、悪魔達は力を持ち始めてしまっている。

 と、伝えられている。

 つまりは伝承を信じて亡き大天使の為に、人間を守る為に戦うのだ。そんな意志を持った人間は絶えず悪魔の国に入ろうとしていた。魔王を打ち、悪魔を滅ぼし、悪魔の国を消し去る為に。


 しかし、魔の国に入るにも関所を通らなければならない。関所以外のとこから入ろうとすると、結界に弾かれてしまうのだ。人間も悪魔ですら通る事は不可能な強力な結界。人間の間では『魔王と他の悪魔が、対天使用の強力な結界を張っている』と言われている。だからこそ人間達は結界を避け、関所を強行突破しようと考える。
 そして、その関所をくぐり生還した者はいない。


 何故なら『彼』がいるから……。






 関所の仕組みはこうだ。


 人間が一歩でも、爪先だけでも足を踏み入れると意識を失ってしまう。どんな防護魔法を付けていようと、どんな耐性を持っていようと、全て無意味に眠ってしまうのだ。

 そして、目覚めた時には真っ白な何も無い……扉どころか光や影も無い空間にいる。誰かと来ていても、その空間にその人はいない。


 いるのは『彼』ただ一人だけだ。


 腰まで長い襟足のふわふわの白髪はくはつに、神秘的な黄金の瞳。影を落とすほど長い純白のまつ毛に、若干小さめな潤んだ薄紅の唇。背中を隠すくらいの白い翼と二重円になっている光輪。背中部分が大きく空いた短い袖の白い服には、金糸の刺繍が控えめに施されている。中指と手の甲を隠す絹のグローブ。ベリーショートの白いパンツはスラリとした太ももを強調している。露出された背中や脚だけで無く、柔らかなその素足からも肌のきめ細かさと透明感が分かる。
 十四・五歳程に見える美しい天使のような少年。

 そんな美少年にとあるお願いをされる。


「ボクを、ここから出してくれませんか…?」


 震えた声と涙を浮かべすがり付く少年。
 魔王に捕まり1人では脱出不可と説明を受けた冒険者や騎士達は、そのあわれで可愛そうなか弱い姿に魅了……同情し協力する。そして脱出方法の説明を受けながら動くと、あっという間に動きを封じられてしまうのだ。
 警戒心を解いていた人間はあっさりと操作されてしまう。



 そして、体を自由に動かせなくなったその瞬間。全ての男性は『彼』に喰われてしまう。そのとき目の前にいる少年には、愛らしさもか弱さもない。豹変した『彼』の美しさと妖艶さに逆らえる者はいない。まるで夢でも見ているかのように惑わされてしまうのだ。

『彼』の『食事』は、獲物が死ぬまで



 なお、女性はワープした瞬間意識のないまま殺されてしまう。真っ白な空間を見る事すら無く。







 天使のような姿をした『彼』の正体は淫魔。しかし、男性の淫魔でありながら『彼』はサキュバスだ。

 そう、男性のみ喰われていたのは『彼』が女性に子種を植え付けるインキュバスでは無く、男性から精子を摂取するサキュバスだったから。男性の精液を主に食糧として生きているため、女性は何も無く殺されてしまう。

 快楽に呑まれて死ぬか、眠ったまま苦痛も無く死ぬか。
 それだけの違い。


 魔王討伐に来る人間のほとんどが男性。
『彼』にとっては自分の主に楯突こうとする食糧だ。





 そんな『彼』にも悩みがあった。
 それは、これ以上の殺傷は行いたく無いという事。『彼』には人間も悪魔も守らなければいけない意思と思いがあった。

 何度か人間と少しでもコミュニケーションを取ろうとしてみたが、全て失敗に終わっている。美しい天使の姿に下心がある人、生真面目過ぎて仕事の話しかしない人、天使を褒め称え信仰心を見せつけてくる人、自分の自慢話しかしない人ばかり。

『彼』は天使の姿をしていても悪魔。天使と敵対している『彼』にとって天使や神に対する信仰は雑音ノイズにしかならない。所詮人間は、なんて落胆らくたんするばかりだ。それでも時折ときおり、人間との意思疎通をこころみている。







 ーーーーーーーーーー





 ある日、人間の国の一つであるセリフィアが勇者を召喚した。
 百年に一度の勇者召喚。

 勇者は国の誰よりも強い人間だという。異世界から呼び出し、人間の国の考えを押し付け戦わせる。他力本願と言う言葉の浮かんでしまう戦法。その実、異世界人が強いのでは無く異世界にいる基礎ステータスが高い人が呼ばれているだけだ。


 今回召喚された勇者は若い男女二人ずつの計四人。

 男子一人と女子二人の三人は同じブラウンの制服の高校生、もともと仲が良いようで三人で話している。
 一人は癖っ毛で明るめの茶髪の優しい雰囲気を纏った『優等生』のような少年。制服を着崩すことなく、姿勢も綺麗だ。
 一人はふんわりとした短めな黒髪の、気の強そうな小柄な少女。小学生くらいにも見えなくない身長と童顔だ。
 一人は、天パの金髪を編んで横から流している大人びた少女。金髪碧眼で、外国人かハーフと思われる。

 そして残されたもう一人の勇者は青年。
 汚れのない白いシャツに黒の薄手のアウター、黒いジーンズとモノクロで統一された服装は落ち着いた大人らしさがある。そして、あでやかな黒髪とスラリとした体。立ち振る舞いひとつひとつが洗礼されていて美しい。

 が、長い前髪と眼鏡で顔が良く見えない上に、無愛想だ。

 勇者の説明の時も綺麗な姿勢のまま「はあ…」とか「そうですか」と言った、単調な相槌しか打たなかった。驚きも期待も浮かべず、仕事をする様に指示に従うだけ。他三人のような活気は皆無だ。


 そして暗く重い雰囲気と学生にとってわずかに威圧感がある背丈から、他の勇者は彼にあまり関わろうとしない。


 しかし、彼は人一倍冷静で他の誰よりも戦えた。

 戦闘センスが抜群にあり、一ヶ月ほどで戦力のトップクラスである騎士団長と対等に戦えるようにまでなった。対応魔法は、初級元素魔法・元素武器魔法・上級身体能力向上魔法。

 初級元素魔法は、炎・水・土・風などを生み出し操る魔法の一番弱いランク。
 元素武器魔法は、自然生成されているものや元素魔法で出した元素を実体化させ、武器に変える能力。
 上級身体能力向上は、筋肉や神経、骨などの体を造っているものを自在に強化出来る魔法の上位ランク。

 他三人とは違い遠距離魔法や直接的な魔法は使えない。だが、どんな熟練でも振り回されてしまいそうな身体能力のバフを全て使いこなして見せた。そして僅か半年足らずで数々の武器をも使いこなす才能。
 あっという間に騎士団長を凌ぐ力を得たばかりで無く、勇者として動き始めるまで正式な騎士にならないかと勧誘される程だ。
 他の勇者達は自分の魔法に驚愕きょうがくするばかりで、黒い勇者の才能と能力を知らないどころか名前すら知っていない。


 勇者を国民にお披露目するのは召喚から一年後。それまでは国が訓練させて力を付けさせる。それがこの国のルールだ。しかし黒い勇者はルールを破り、何故か約半年で悪魔の国に向かった。

 無断で、たった一人で。







 そして、ついに出会った淫魔と勇者は…………
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