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5.体罰

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 あれから2人は奴隷と主人の関係に戻った。表向きの関係だけは。奴隷と王子が恋人同士になってしまうなど露見すれば一大事。勘当されてもおかしく無い。それに2人は、恋人と言えど主従のままだ。マルスは自発的にアスラに尽くすため、今までと変わりない立場のようにも見える。変わった事と言えば夜だけだろう。



 とある日、アスラは朝から盛っていた。目が覚めてすぐマルスを襲ったアスラ。疑問は持ちながらもマルスは受け入れ、まだ一桁の時刻から体を重ねていた。


「んっ…♡あっ、あぁ……♡」
「朝は弱いくせに今日はどうしたんです?」
「あ~…♡マルス、あったかい……♡」
「全く聞いてませんね……。」


 ベッドに座るマルスに跨り、肩にしがみついて喘ぐアスラ。自らゆっくり…モタモタと腰を振り、ぼやけた頭で前立腺を何度も擦った。なんど尋ねても答えないアスラに、マルスは諦めのため息を吐いて動き始めた。


「あぁっ♡なかっ、ひぅっ…♡かきまぜ、っないでぇ…♡」
「揺らしてるだけですよ。」


 ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てて擦る度にアスラは体を震わせた。ただ小さく揺れているだけで絶頂できずにいるアスラ。


「マルス、もっとぉ…♡もっと、酷くして……♡」
「駄目ですよ。昨夜も散々しておいて、今乱暴にしたら本当に壊れますよ?」
「こわして…♡」


 むしろ頼むとマルスを煽るアスラ。自身に跨るアスラの脚を持ち、重力で更に深くまで沈ませるマルス。そのまま若干アスラを浮かせて下から突き上げると、アスラは一瞬で達した。


「あっ………!」
「っ………!?はぁ、また失態を………」
「へへっ、お前ナカが一気に締まるとすぐにイくよな。あー…、いっぱい注がれてるのが丸分かり♡」


 両手でマルスの肩を掴み、息を切らせながらも煽りに煽るアスラ。しかし、マルスはやけに冷静なままだった。



 マルスはある事に気付いていた。二人が付き合い始めた日、マルスはアスラの体の青アザをハッキリと見た。そして今日はあの日と同じ曜日。


(忘れようと必死になってません?)


 近頃、毎週この曜日の午前は部屋にいるアスラ。
 マルスは分かった上で何も聞かずに求めるまま応じていた。



 しかし、この日に変わった。



 急に扉が開かれ、人が入って来た。アスラの兄で第三王子のアレンだ。鬼の形相で部屋に乗り込んで来た。


「どう言う事だ、アスラ!」
「アレン…兄様……?」


 マルスと交わったままのアスラに怒鳴りつけるアレン。アスラは怯え、無意識にマルスにしがみついた。ただでさえ滅多に関わることの無い年の離れた兄。それが怒りながら部屋まで来たのだ。怯えるなと言う方が無理だろう。


「何日も授業に出ていないそうだな。何をしているのかと思い来てみれば……どう言うことだ!」
「それは…だって………」


 アスラは完全に萎え、涙を浮かべて震え始めた。それに気付いたマルスは背中をさすり、なだめる。しかしまるで意味など無い。アスラの中でアレンは畏怖すべき対象だと擦り込まれていた。擦り込んだのはアレン自身だ。


「受けるべき教育より己の欲望の方が重要か?まったくだらしのない…。いつから自分の立場を忘れ恥に成り下がったのやら。」


 抵抗出来ないアスラにきつい言葉を浴びせ続けるアレン。アスラは啜り泣くことしか出来なかった。
 マルスは小さくため息を吐くと、アスラから一時的に離れて簡単に後始末をした。泣き止まないアスラの涙を拭い、こそっと囁く。


「アスラ様、授業を受けに行きましょう。」
「え……、や、やだ………」
「分かってます。でも兄君がいる今しかチャンスはありませんよ。」


 アスラが授業を嫌がる理由。それを教えるにはアレンに直接見せるしか無いだろう。そう思ったマルスは、自分も同伴するからとアスラを説得した。


「…アレン兄様、兄様が来るなら授業に行く。」
「何そんな我儘を言ってるんだ。」
「来ないなら行かない…!」


 マルスの腕をしっかりと掴んだまま、なんとかアレンにものを言うアスラ。震えはまだ全然止まっていない。


「おい奴隷、アスラを無理にでも連れて行け。」
「……アスラ様は兄君が来るならと言っておられますが。」
「貴様…奴隷の分際で王族に逆ら………っ!」


 アレンは何故か言葉を止めた。たった一瞬、ひと睨みでアレンは萎縮したのだ。マルスはいつもと変わらず無表情だが、アスラでなければその圧に耐えることは出来ない。


「……………わ、分かった。ただし今回だけだ。」
「だ、そうです。良かったですね、アスラ様。」
「うん…、ありがとう、マルス……。」




 3人は移動した。
 アスラだけが教室に入り、マルスとアレンは教室の扉の前で待機している。アレンだけが現状を把握出来ていない。何故ついて来いと言われ外に待機させられるのか、微塵も見当つかないでいた。


「遅い!今まで何をしていたのです!?」


 アスラに怒鳴りつける教師は、いかにもベテランな女性だ。アレンと同じような事をアスラに言っている。

 今日の授業は音楽。アスラはピアノの椅子に座り、課題曲を弾き始める。おぼつかないが、ミスは少ない。アスラはこの時間、常に怯えながら過ごしている。絶対にミスをしてはいけない。完璧でいないといけない。そんなプレッシャーで押しつぶされそうなのを我慢している。



 一方、教室前では。


「……難易度が高い曲だが、十分に弾けているな。まさか演奏を自慢するために私を呼んだのか?」
「アレン様、王族はプロの演奏家にでもならなければいけないのですか?」
「は?貴様、王族をなんだと思っている。」


 そう、十分なクオリティでありながら何故ここまでしなければいけないのか。決して本業では無いのに。
 音楽は貴族の最低限の嗜みとして習わせる。音楽、剣、絵、そのどれかを習わせなければならない。だがそれは最低限でいい。


「ん……?確かに腕はいい方だが、それだと報告とは違ってくるな。」


 そう、アレンは教師からの報告では『まだまだ』だと聞いていた。しかし明らかにレベルが違う。その違和感に気づいた時、教室からはアスラの小さな悲鳴が聞こえて来た。


「そこ!違うと何回言えば理解するのです!?」
「ご、ごめっ……!」
「サボっていたのだから取り戻す以上でやりなさい!」
「ひっ、いた、痛い……!」


 その声を聞いたマルスはすぐに教室に入りアスラの元まで向かった。アスラは何度も鞭で打たれていたようだ。
 アスラは声を押し殺して泣きながらも手を止めずにいた。しかし、集中力が切れ震えた手で弾けるわけもなく、一度ミスをすればそこからドミノ倒しで叱られてしまう。


「ちょっと貴方!その首輪は奴隷ね!王子の教育の邪魔をするなんて極刑よ……」
「そこまでだ。」


 アスラを庇うマルスと、教師を止めるアレン。アレンはここでようやく現状を理解した。教師に何の真似だと問い詰めるアレンを横目に、マルスは震え怯えるアスラの側にいた。


「ひっ…!やっ…いやだ……!」
「アスラ様、私です。…マルスはここにいます。」
「マルス……?」
「はい。側にいながら守れず、申し訳ありません。」


 声を押し殺し泣いていたアスラは、ようやくマルスを認識するとしがみついてわんわんと泣き出した。鞭で打たれたところに触れないよう、そっと抱き寄せ頭を撫でるマルス。
 テキパキと教師の処理を終わらせたアレンは、アスラに問い詰めた。


「アスラ…何故このことを早く言わなかった!?王子に体罰をするなど一大事だぞ!」
「……ったもん。僕は、何回も言いに行った!5年も前から!何度も!」


 アスラはアレンに恐怖を残しつつも、怒りに任せ反撃した。それはきっと以前のアスラなら出来なかった事。マルスが側にいてようやくできる事。


「僕は何度も言った!泣いて、助けてって!でもそれを突き返したのは兄様だ!」
「っ!……まさか、この前のも、か?」


 数週間前の今日、マルスと付き合い始めた日に行った事だ。アレンは理解出来ないでいた。仕事の邪魔をしてまで言う事かと言った時、アスラは口を継ぐんでいた。王子への体罰となればそれなりに大事だ。


「なら私の邪魔をしてでも告げなければいけない事だと、何故言わない!?」

「……僕に、兄様の邪魔をする程の価値も無いでしょ?」


 その言葉にアレンは絶句した。アスラは自身の体罰のことより、兄であるアレンの事を優先していた。それも、自分に価値が無いからと。


「何を、言って……」
「兄様が言った事だ。『余分な王子なんだから、余計な事はしないで大人しくしてろ』って。僕みたいな、そもそも必要無い存在が第三王子の邪魔を出来るわけが無い。」


 それは、まだ一桁の幼いアスラに放った言葉。唯一、直接「要らない」と言われた時の言葉だ。幼いアスラにとって、それは一生の傷になった。


「僕はそれでも、ずっと兄様のとこに行って、助けてって言ったのに。体罰だけじゃ無い。5年前に僕が強姦された時だって、兄様は話しを聞いてすらくれなかった!」


 5年前、まだアスラが10歳の時だ。アスラは使用人に手を出され、その日の夜にアレンに助けを求めに向かった。しかし、アレンは泣いて自室にくるアスラが『悪夢を見た』と勘違いして追い返してしまったのだ。
 それからだ。アスラは何度も沢山の人に犯されるたびに、『それが愛なのだ』と擦り込まれてしまった。アスラが成長してからは無くなり、再び愛されていないと感じたアスラは奴隷で埋める事にした。それがマルスを買うに至った経緯だ。


「そんな…馬鹿な………」
「なんだっけ、『教育より己の欲望』?そうなったのは他の誰でも無い、アレン兄様のせいだ。体罰と愛を比べるバカがどこにいる……!」


 助けてくれなかったくせに。余分だと言ったくせに。
 マルスが居ればいい。マルスは助けてくれる、優しくしてくれる、愛してくれる。マルスだけでいい。

 アスラはそう思うと直ぐに涙が止んだ。


「兄様なんて、大っ嫌い!」


 そう言い放つと、アスラはマルスを引っ張り教室を出ようとした。


「ま、待て…!」


 まだ聞きたいことがあると、アレンは引き止めようと手を伸ばした。しかし、その手は無慈悲にもマルスが叩き払う。マルスは背後からアスラを守るように抱きしめる。


「アスラに触れるな。傷が付く。」


 敬語が外れ、絶対零度の眼で睨み付けるマルス。アレンは一瞬、本当に殺されるような錯覚をした。


「アスラが望むなら、私は王子であろうと兄であろうと殺します。」


「マルス、今僕のこと呼び捨てにした?」
「あ…、申し訳ありません。つい……」
「ううん、呼び捨てでいいよ。マルスなら……」
「ありがとうございます。」


 そうして教室を後にした2人。1人残ったアレンは、大きくよろけて地に座り込んだ。マルスの威圧感と殺気だけでは無い。アスラの告げた事実も大きなダメージとなった。


「アスラ、違うんだ。私は………」


 娼婦の子で政治的価値も無い弟。アレンはアスラを守ろうとはした。周りから良い目を向けられる事は無いであろう弟へのアドバイスは『大人しくする』ことだけ。アレンが自身の立場を守れば、アスラに害は行かないだろうと思っていた。しかし、それが周りから無関心と取られ、アスラは大きな傷を付けられ続けた。


「嫌われて、恨まれて当然か……。」


 たった1人の、歳の離れた可愛く不憫な弟。きっとあの子を守れるのはあの奴隷だけなのだろう。
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