余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

4【R18】

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「痛くない?」

「ん、大丈夫。…お願い、もっと…」

 蕩ける程に甘い声音にねだられ、快楽の熱にうかされるように脳が痺れる。それでもルイスは気づいていた。
 これは彼女の逃避だと。夢からも残酷な現実からも、彼女は本当は逃げ出したいのだ。何も考えずに済むように、身体からもたらされる快楽だけに、全てを投げ出そうとしている。

 わかっていても、いや、わかっているからこそ、彼女を抱きたいと思う。全てに打ちひしがれ、絶望している彼女が口に出す願いは、何があっても叶えたい。彼女を拒絶する選択肢は、今のルイスには無い。何よりも、己自身が彼女を欲しているのだから。


 二人の体が重なり、体温が溶け合う。ただとてつもなく深い快楽を共有する。
 互いの呼吸は酷く荒い。ただ貪るだけの獣のような行為に、思考をとかす程の甘い声に、全てを放棄してただ溺れていく。

「アリス、アリス……」

 睦言のような言葉は出てこない。ただ、己の全てが欲してやまない、愛しい存在の名前を呼ぶ。

 ゆっくりと突き上げるたびに、組み敷いた身体から甘い嬌声が零れる。それは鼓膜を揺らし、己の本能を剥き出しにする。

 美しい白磁のような肌に、真珠の汗が浮かび、彼女の身体をしっとりと濡らす。
 形の良い大きな胸に、コルセットなど必要としない細い腰、そしてなだらかな臀部の曲線。彼女の身体だけ見れば、男の理想を具現化したように艶かしく、とてつもなく官能的だ。なのに、まぶたから覗く夜明け色の瞳は、女神の視点で世界を見ているのでは無いかと錯覚する程に、清澄で美しい。

 ルイスの最愛は、普段は少女のような言動で人を翻弄し、時には完璧な淑女のように指の先まで擬態する。けれど、本来の彼女は、手に掴めば淡く消えてしまう程に、儚い幻のような少女だった。

 そんな彼女に闇を植えつけ、狂った世界に堕としたのは、ルイス自身だと自覚している。ルイスが彼女を望んだから、彼女はこの残酷な世界に閉じ込められ、決して逃げる事は叶わないのだ。わかってはいる。それでも、彼女を手放す選択肢が、ルイスには無いのだ。



 二人だけしか存在しない、夢うつつの世界で、互いの熱が溶け合い、やがてはじけた。


「あああっ、…ル、エル…」


 アリシティアの身体がびくりと震え、大きく腰をのけぞらせる。まるで絞りとるようにルイスの熱の塊をきつく締め付け、その衝撃に、彼は白い身体の奥深くに、自身の欲望の塊を吐き出す。

「ぐっっ……」

 狂ったように押し寄せる快楽に、全ての感覚が焼けつく。

「はっ、はっ…」

 荒い呼吸を繰り返しながら、ルイスは彼女の唇を貪り、壊れそうな心ごと、その身体をきつく抱きしめた。
 そして願うのだ。彼女が目覚め、その夜明け色の瞳の中に、ルイスを映す事を。全ての悪夢を忘れて、いつものように、

 何故、閣下がここにいらっしゃるのですか?

…と、拗ねたような言葉を口にするのを。












 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




「ねぇ、せっかくの君の大好きなパンケーキが、冷めてしまうけどいいの?」

 蕩けるような声が、アリシティアの鼓膜を擽る。同時に優しい風が甘い香りを運んで来て、彼女の鼻腔を刺激した。

「お嬢様、蜂蜜とメープル、どちらに致しますか?」

 アリシティアに問いかけて来たのは、よく知るバトラーの声だ。アリシティアは寝返りを打とうとして、自分の頬に当たる物が、柔らかい枕とは違う事を自覚する。安心できる温かさ。けれど妙に窮屈で、何故かかたい。

「……メープル。バターとクリームたっぷり、あと……ブルー……」

 それでも、現状把握するより先に、アリシティアは自身の望みを口にする。

「ブルーベリーでございますか?」

「……うん」

「申し訳ございません。ブルーベリーは時期が終わってしまいましたが、アリヴェイル領から、初物のストロベリーが届いております」

「…いちご…。いちご食べたい…」

 返事を返してすぐにまた、アリシティアは寝息を立て始めた。

 美しい庭園を前にしたテーブルには、朝食というよりは、様々なスイーツが並べられている。

 すぐそばに置かれた長椅子ジェーズロングの上に足を投げだしたルイスは、繊細な細工が施された背置きに、ゆったりと上半身を預けていた。そして自身の体の上で眠るアリシティアを、愛し気に見下ろす。


「アリヴェイル領の果物は、相変わらず季節を無視しているね」

「かの領の温室には、アリシティアお嬢様の好みの果物が植えられているようです。当館でもその恩恵に預からせて頂いておりますので、お嬢様方もお喜びです」

「それは良かった」

 ルイスは、自身の身体の上で眠るアリシティアを抱き込みながら、もう片手で今しがた届けられた書類に目を通す。

 そんなルイスの隣に立つ、ディノルフィーノ三兄弟の末っ子、レナート・ディノルフィーノが不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、何でアリアリは寝てるの?」

「アリシティアお嬢様は、いつも朝はこの様な感じでございます」

 ディノルフィーノの問いに、お茶の準備をしながらバトラーが答えた。

「変なの。だってアリアリって、普段めちゃくちゃ寝起き良いし、そもそも寝ない子だよ?」

「ああ、アリスは眠れる場所が限られているからね」

「そうなの?」

「多分、彼女は自宅ではあまり眠れていないのではないかな。そのせいか、僕の腕の中にいる限りはとにかくよく眠るし、寝起きなんてすこぶる悪いよ」

 ルイスが書類の文字を目で追いながら答えると、バトラーが苦笑した。

「ご主人様わかっておられるなら、いい加減お嬢様をお離しくださいませ」

「もう少しアリスを堪能したかったけど、仕方がないね。ノル、アリスを起こして」

「侯爵さま嬉しそう。本当、侯爵さまってアリアリ大好きだよね。まあいいや」

 ディノルフィーノはけらけらと笑い、そして息を吸い込んだ。

「ドール!!敵襲!!」

 瞬間、目を見開いたアリシティアはルイスの体の上から、文字通り飛び起きた。

「おっと…」

 手に持った書類を落としそうになったルイスが、のんびりとした声をあげる。アリシティアは、ルイスの身体の上から滑り降り、背中に右手を回す。だが普段ならそこに挿している武器が無い事に驚き、目を見開く。

 そんなアリシティアを見て、バトラーはうやうやしく頭を下げた。

「おはようございますお嬢様。朝食の用意が出来ております」



 美しい庭園を背景に、優雅な笑みを浮かべるロマンスグレーの執事を見て、アリシティアは数度瞬きした。同時に、隣の長椅子に寝そべったルイスの声が甘く響いた。

「おはよう、僕の可愛い婚約者殿」

 書類を片手に嫣然と微笑むルイスを目にし、アリシティアは眉根を寄せた。

「おはよう…ございます。……何故、閣下がここにいらっしゃるのですか?」


 いつも通りのアリシティアの答えに、ルイスは安堵しつつ、甘く笑み崩れた。






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