余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第三章

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 もしも、リーベンデイルの生きた人形に、王族が絡んでいるのだとしたら……。

 考えられる人物を幾人か思い浮かべ、アリシティアは身震いした。

「アリシティア、この件はもう忘れなさい」

 表情を消したアルフレードは、アリシティアに命じた。アルフレードの意図は理解できる。

 ルイスの父である、前ラローヴェル侯爵の人身売買と惨殺事件をもみ消す為、関わった人間は法に裁かれる事なく、姿を消した。

 それは無知だったアリシティア自身が、ルイスに何一つ傷をつけない為に、王弟に望んだ事だ。けれど今にして思えば、アリシティアが望まずとも、王家の総意で同じ結果になっていた事だろう。

 だからこそ、もしこれ以上アリシティアが深くこの件に関わろうとすれば、今度はアリシティア自身が消される立場になる。 
 それでも、アリシティアは震える喉から、必死に言葉を紡いだ。

「………嫌、です」

 縋るようにアルフレードを見上げる。そんなアリシティアを前に、アルフレードはゆっくりと首を横に振った。

「アリシティア。この件に王族や神殿が関わっているのであれば、君はもう何も知るべきではない。前侯爵の時は、君自身が叔父上の影になるという形で、叔父上に守られた。けれど……これ以上踏み込めば、私や叔父上ですら君を守りきれない」

「でも、私は簡単に殺されたりはしません」

「それは物理的に戦えば…だよね? だけどもし、君が邸にいる時に、使用人ごと火をつけられたら? 邸に押し入ってきて、目の前で使用人を見せしめに殺されたら? アリヴェイル伯爵領の流通を押さえ、領民の暴動を煽られたら?」

「そ…れは…」

「君の敵は、とてつもない権力の持ち主かもしれない。そういう輩はどんな手段でもとる。君個人がどれ程強くとも、全てを守る力は君にはない」


 アリシティアはもう何も反論しなかった。

「……申し訳ございません。考えが足りませんでした。少し頭を冷やします。今日はこれで失礼致します」

アリシティアは深く礼をとり、王太子の執務室を出て行った。



 アリシティアが立ち去った後、一人になったアルフレードはソファーから立ち上がった。執務室の奥の扉を開き、仮眠用の部屋へ足を踏み入れる。
 部屋の一角にある本棚から本を数冊取り出して、背板を取り外すと、その奥にはもう一枚の背板があり、小さなフックに鍵がかかっていた。

 鍵を手に取ったアルフレードは、壁に掛かっている絵を外し、その奥の隠し扉に手に持った鍵を差し込む。


「リーベンデイル。もうすぐ君の望みが叶えられるよ」

 カチリと音がして開いた扉の奥には、青紫がかった銀糸の髪に、夜明け色の瞳の、とてつもなく美しい少女の人形が、ひつぎのようにも見える、硝子の箱の中に横たわっていた。







 王宮を出たアリシティアは、得体の知れない恐怖を感じ、リッテンドール邸に帰る事は出来なかった。
 かと言って、ガーフィールド公爵邸にも行く事は出来ず、普段は決して自分から足を踏み入れる事などない、荘厳なゴシック建築の館に来ていた。

 そこはガーフィールド公爵からルイスが引き継いだ、忘却の館と呼ばれる高級娼館だ。館の娼婦達は、夜は皆客とパーティーや観劇などに出かけている。
 アリシティアは何も言わずとも、バトラーに迎えられ、普段ルイスが使っている部屋に通された。




 シャワーを浴びたアリシティアは、使用人の少女に用意して貰ったナイトドレスを着て、脱衣室を出た。扉にはしっかりと鍵をかけて、寝台に滑り込む。


 冷たいシーツは肌触りは良いけれど、体温を奪われるように感じた。彼女は毛布にくるまり、ぎゅっと体を丸めて目を閉じる。

 できれば眠るときくらいは何も考えたくはない。けれど彼女の脳裏には、過ぎし日の双子の笑顔がよぎる。それは次々と海の泡のように幾重にも浮かびあがり、はじけるように消えていく。

 だがしばらくすると、思考は鈍り、体の感覚が徐々に失われていく。眠りにつくというよりも、闇に引きずり込まれていくように思えた。







✥••┈┈┈┈••✥••┈┈┈┈••✥




もう殺して……と言う言葉は、喉を締められ声にはならなかった。



闇の中に青い上弦の月が浮かんでいる。

苦しくて、痛くて、おぞましくて…。泣き叫びたいけれど、声は出ない。幾人もの男達の、卑猥な笑い声が聞こえる。笑い声が増えるたびに、与えられる痛みが増していく。

喉を絞められ体が痙攣する。けれど、体の痛みよりも、心の痛みの方が遥かにまさった。まるで剣で心臓を串刺しにされたかのような鋭い痛み。心臓からどす黒い血が流れ出している気がする。
彼と最後に会った時、私を殺してと何度も彼に懇願した。けれど望みは叶えられる事はなく、私は彼に見捨てられた。


偽物の取り換え姫。
可愛げの欠片もない女。
王女の地位を簒奪した稀代の悪女。


貴方が可憐で純粋で、何よりも本物である彼女を選んでも仕方がない。
けれど最後くらいは希望を持たせる言葉などでは無く、一息で命を絶つための短剣を与えて欲しかった。
何故私は、まだ正気でいるのだろう。いっそ狂ってしまえれば楽なのに。

仕方がない。わかっている。
それでも、私はここまで酷い目に遭わされるほどの事を、貴方にしたのだろうか。
だって貴方が本当は私との婚姻を嫌がっていたなんて知らなかった。悪名高い私の機嫌をとるために、いつも優しいふりをしていたなんて知らなかった。本物の王女と恋仲になっていたなんて知らなかった。

そんなのは全部嘘だと思いたい。けれど私がこんな目にあっていても貴方は来ない。
きっとそれが貴方の答えなのだろう。

「………ろ、して…」



──── いっそ、貴方が本当に愛する人も、私と同じ目にあえばいいのに……。そうすれば、貴方はきっと私以上に苦しむでしょう?



私の最後の意識が深い闇に呑まれる瞬間、私から流れ出た穢れた血が、燐光を放った。


その光景に、私は何故か理解していた。
それは太古の呪いの発動であると……。


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