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第三章

【小休憩SS】孤独な王子様と雪の妖精

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※このお話は、【小休憩SS】王子様とアリス。皆の者、控えおろう!!…みたいな?話の続編です。

Twitterに載せていた話を、一部修正して、掲載します。



※これまでのお話。
アリスはベアトリーチェに薬を盛られて、ちっちゃくなってしまった。
けれどアリスには、アルフレードとお茶会の約束があった。アリスは、ちっちゃいままで、兄を尋ねて(気分的には)三千里の先を目指す。
様々な苦難の末、アリスはアルフレードと再会する。
そして、アルフレードはちっちゃいアリスを満喫して、とても満足…みたいな?話。
かもしれない。



※この先シリアス注意

────────────





トントンと、優しい振動が心地よかった。

「お疲れ様、あるにーさま」

 幼い姿のアリシティアを抱き抱えたまま、アルフレードは、連日の睡眠不足と、腕の中の子供特有の高い体温に、つい微睡んでしまった。





***


「兄上、父上の話を聞いてしまいました」

エリアスが深刻な顔で、そう告げてきたのは、アルフレードが何歳の頃だっただろうか。

エリアスの幼なじみであり、親友である雪の妖精のような少女。その少女が己の妹であるかもしれないと、その日アルフレードは知った。

その時、アルフレードが最初に感じたのは、安渡だった。



◇◇◇



ある雪の日、王弟の庭の庭園を白く染めた新雪の上を、幼いアリシティアがさくりさくりと足跡をつけて遊んでいた。

うっすらと積もった真っ白な雪の庭は、とても幻想的だった。
だが、幼いアリシティアの足跡がついた部分だけが、雪が荒らされ泥が剥き出しになっていく。

その光景に、アルフレードは自分の中の狂気を見せつけられた気がした。


アリシティアがアルフレードを振り返り、嬉しそうに、無邪気に、「あにうえ」と呼んだ。この頃アリシティアは、エリアスが兄上と呼ぶように、何の疑問も持たずアルフレードを兄上と呼んでいた。




 雪の中をサクサクとかけ戻ってきて、アルフレードに両手を差し出した幼いアリシティアを、アルフレードは困ったように微笑みながら、抱き上げた。


「ねぇ、アリス。アリスはね雪の妖精みたいにとても綺麗で可愛いから、男の子みたいに僕の事を『兄上』って呼ぶのは少し変な気がするんだ」

抱き抱えたアリシティアの額に、己の額を合わせたアルフレードは、少し遠回しに要望を伝えてみた。

「そうなの?」

この世界の穢れを知らない、新雪のような少女は、少し驚いたように数度瞬きした。

「うん」

「…じゃあ、えっと、でんか?」

その頃のアルフレードは、まだ王太子ではなかった。だからアリシティアは幼いなりに考えた結果だった。だが、アルフレードは僅かに小首を傾げた。

「うーん。殿下はね、僕だけではなく、エリアスや叔父上だって、……ああ、あと会ったことはないけど、王女も殿下なんだよね。だからどうせならアリスには他の呼び方をして欲しいかな」

「他? あるふれーどさま?」

そのまんまだなとアルフレードは苦笑した。アリシティアと仲の良いエリアスの事はリアスと呼ぶ。それが、内心ほんの少し苛立たしかった。
多分アリシティアが、母親の次に甘えてくるのは、アルフレードであるのに。

「うーん、それはそれで良いけど…。僕の妃の座を狙ってる女の子達に聞かれると、いじめられてしまうかなぁ」

アルフレードの言葉にアリシティアは眉尻を下げた。

「難しい…」

「そう? 僕の為に頑張って考えて? アリスだけが使う特別な呼び方」

「よくわかんない…。あ、兄上が男の子みたいなら、おにいさまなら良い?」

「おにいさま?」

「うん、あるふれーどおにいさま」

「……ふふっ、いいね、でもほんの少し呼びつらくない?」

「えっと、えっと、それじゃ、ある……にーさま?」

 舌足らずにアルフレードの名を呼び、上目遣いで心配そうに見つめてくるアリシティアを、アルフレードはぎゅっと抱きしめた。

「うん、すごくいいと思う。アリスだけの僕の、僕自身の呼び方」

王子ではなく、アルフレード個人の、アリシティアとの関係性。それは、何より甘美で、強固な戒めともなるだろう。

アリシティアは何度も練習するように、小さく「あるにーさま、あるにーさま」と繰り返した。

そんなアリシティアを、アルフレードは腕の力を緩めて雪の上に下ろした。

その時風が吹き抜けた。木の枝に積もった粉雪が舞い上がり、一瞬アリシティアの姿が燐光に包まれたように見えた。

「あ……」

 不意におろされ、離れていく体温をほんの少し寂しく思ったのか、アリシティアが拗ねたようにアルフレードを見上げる。
アルフレードは軽くアリシティアの額にキスをした。

「あんまりぎゅっとしてると、僕の大切な雪の妖精さんが解けてしまうと大変だからね」

「アリス、雪だるまじゃないから、解けないよ」

「ふふっ、そうだね。でもほら、アリスの髪は、空から降ってくるキラキラした真っ白な雪の結晶のように綺麗だしね」

「おばあちゃんみたいに白いのよ?」

「違うよ、雪の結晶に空の青色が反射したみたいに綺麗だ。汚れのない雪の妖精。でも僕の腕の中に捕まえてしまうと、きっとアリスは汚れて解けてしまうね」

「汚れるの?」

「うん。僕は王になるからね。だから綺麗なものには触っちゃダメなんだ。穢して、壊してしまう」

「そうなの? じゃあ、今度からはアリスがあるにーさまをぎゅってしてあげるね。抱っこも出来る様に騎士様みたいに大きくなるね」

アリシティアはアルフレードにぎゅっと抱きついて、そのお腹に顔を埋めた。

「アリス、騎士様みたいになりたいの?」

「うん。リーノみたいに筋肉とかむきむきして、お腹とかパキパキに割れてて、腕とかカチカチの石みたいにするの」

リーノはエリアスの護衛騎士だ。熊のように大きな体躯で、エリアスとアリシティアを同時に片腕に軽々と抱き上げる。

アリシティアがその体系に成長した姿を想像しそうになり、アルフレードは急いで思考を振り払った。そして、この妖精の将来の願望を、今のうちに方向転換させねばと、心に誓う。

「あのね、僕はね、男だから女の子のアリスに抱っこして貰うのは、少し恥ずかしいかな。でも、時々でいいから、僕が疲れた時にぎゅってして。ちっちゃくて、柔らかいアリスにぎゅっとして貰えたら、僕はすごく嬉しくなれるから」

「じゃあ、アリスおっきくなるのはやめて、あるにーさまにいっぱいぎゅっとしてあげる。あと、よしよしも、トントンも」

「トントン?」

「お月様が追いかけてきて、アリスが恐くて眠れない時にね、かーさまがトントンしてくれるの。そしたら恐く無くなって、気持ちよく眠れるのよ。あるにーさま、トントン知らない?」

「知らないかな。僕は誰かに寝かしつけられた記憶はないから。アリスはお月様が怖いの?」

アルフレードは生まれた時から、王になる者として育てられてきた。恐れも弱さも許され無い。
そして、本当に欲しい物を「欲しい」という事も…。

「そうなの。でもかーさまがトントンしてくれると平気。だからアリスも、あるにーさまにトントンしてあげるね。あとお膝枕もね。怖いのもぜーんぶ忘れちゃうよ」

 無邪気に笑うアリシティアに、アルフレードは泣きそうな顔で微笑んだ。

「うん、約束だよ。僕の大切な雪の妖精さん」




***


アルフレードがゆっくりと目をあけると、そこは見慣れた執務室で、よりにもよってこんな大切な時間に眠ってしまっていたのだと気づいた。

「あ、目が覚めた?」

アリシティアは相変わらず小さなままで、アルフレードの膝の上でにっこりと微笑んだ。

「どれくらい、私は眠っていたんだ?」

「んー、20分位かな」

「そうか、すまない。なんだかすごく気持ちよくなって…」

「ここ数日、忙しすぎて殆ど眠れていなかったんでしょ? もっと眠っていてよかったのに」

アリシティアの言葉に、アルフレードは苦笑した。

「そんなもったいない事はしたくないな。せっかくちっちゃくて可愛いアリスと一緒にいられるのに」

「そう?なら、昔みたいに一緒に、あるにーさまのお庭に、お散歩に行く?」

アリシティアは敢えて、幼い頃のように話す。
幼いアリシティアといる時だけは、アルフレードは王太子の仮面を捨て、ただの少年としてアリシティアと一緒にいられた。
その事を、アリシティアは覚えているのだろう。

「そうだな。行こうか」

アルフレードはアリシティアを抱いたまま立ち上がった。

「あるにーさま、因幡くん」

アリシティアはソファーの上に置き去りにされそうな、うさぎのぬいぐるみを指差した。

「ああ、大変だ」

アルフレードはうさぎのぬいぐるみに手を伸ばし、アリシティアに抱かせる。アリシティアは嬉しそうに抱きしめた。

このぬいぐるみは、アルフレードがアリスに贈っているもので、今は四代目になる。
首にかけている懐中時計は、アルフレードがいつも身につけている物と同じ物だ。
彼女が王太子の庇護下にいる証でもある。



「ねぇ、あるにーさま。アリス、ちっちゃくても自分で歩けるよ?」

「でも、せっかくアリスがちっちゃいんだから、抱っこさせて欲しいな。それに靴のサイズ、ちょっと大きいだろう?」

アルフレードの発言に、一瞬アリシティアは驚いたように目を見開いた後、うれしそうに目を細めた。

「ふふっ。にーさまがしたいならいいよ。でも、誰かに聞かれたらアリスの事、なんて言うの?」

「……そうだな、叔父上の隠し子とかどう?」

その言葉に、アリシティアはパッと顔を輝かせた。そして、悪戯っぽく笑う。

「それ、すっごく良いと思う!!」

「アリスならそういうと思った」

アルフレードは、そんな雪の妖精のような少女を見て、心の底から微笑みを浮かべた。


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