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第三章
9.事件と事故と秘密の粉1
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透き通った青い空は高く、絡みついた繊維のように細く薄く伸びた雲が、ゆっくりと風に流されていく。
小高い丘の上のひときわ高い木の横に立ったルイスは、木に沿って遥か上を見上げた。
彼の視線の先には、空に近い枝の上に危うげなく立つ少女と、その少し下の枝に座り、足をぶらぶらと揺らす黒髪の少年がいる。少年は平民のように生成りのシャツに黒いズボンを身に着け、その上には旅人のような、なめした革の茶色いマントを羽織っていた。
「ねえドール。なんか見えた~?」
黒髪の少年、ノルことディノルフィーノは、口に含んだ飴をころころと転がしながら、近くの枝の上に立つアリシティアに問いかける。
「まだ見えないよ。暇なら木から降りて下でヴェル様と遊んでたら?」
彼らの眼下には、広大なライ麦畑が広がり、その中心には、東西を結ぶ馬車道が伸びていた。東には王都が、はるか西にはメルクオリ侯爵領がある。
アリシティアのピンクに染めた長い髪が、強い風により八方に散らばる。
今日のアリシティアは、ピンク髪のメイド服ではない。身体のラインに沿った黒いシャツを着て、半ズボンというには短すぎる、股下5センチ程のズボンを履いていた。
その短すぎるズボンの上には、同じ丈の革製のスカートを重ね、スカートの裾から伸びた二本の細いベルトの先は、膝上まである乗馬用ブーツカバーに繋がっていた。
ズボンとブーツカバーの間に見える左足の太ももには、5本の短刀を収めたシースのついた革ベルトが巻かれ、肌色の領域が彼女の姿をどこか退廃的に見せている。
「やだよ。今下に降りたら、絶対意地悪されるもん」
「ノルとヴェル様って仲良しよね」
ディノルフィーノは地上に立つルイスに視線を落とした。
「ん~?ヴェル様って、あの顔の割には、仲良い人多いよ?まあ、貴族の令息には嫉妬や妬みの対象だけど、近衛とかの騎士には友達多いし。毎年何人かはヴェル様のせいで道を踏み外しそうになる騎士がいるのは困った話だけど。ていうかぁ、なんでヴェル様を連れてきちゃったのさ?」
「ん~、なんか勝手についてきちゃった」
「ついてきちゃったじゃないよ。王位継承権第二位の王子様と第四位のヴェル様が、揃ってこんな事件にかかわって良いと思ってるの? レティシア様が大好きすぎる王子様を置いてくるのは無理でもさあ、せめてヴェル様は置いてこなくちゃ。何かあったらどうするの」
ディノルフィーノが言うレティシア様とは、今回令嬢誘拐事件のターゲットとなっているレティシア・マクレガー公爵令嬢だ。彼女は、第二王子であるエリアスの長年の想い人でもある。
「そうは言っても、私の言う事とか全く聞いてくれないの。後で王太子殿下にでも叱られたらいいんだわ」
「まぁ、ヴェル様はあんなお綺麗な顔の割に、結構小狡い戦い方するし、剣も体術も得意だから、大丈夫だとは思うけどさぁ」
「顔は関係ないんじゃ無い?」
確かにルイスは、剣で戦いながらも、足を引っ掛けたり、土や砂で目潰しをしたりと、小狡いと言われる戦い方をする。
ディノルフィーノの言葉にアリシティアが小さく苦笑した時。
「あっ、来た」
ディノルフィーノの声が楽し気に弾んだ。
少年の眼下には、見通しの良い直線の街道が東西に広がり、その街道を一台の質素な馬車と、少し離れた後方を、十頭程の馬群が駆け抜けて行く。
「ノルの調べた通りだったね。先回りしておいて良かった」
「あいつらが下準備のために、何回もあの空き別荘に出入りしてて助かったね」
「そうね。いきなりあの道を走られたら、かなり距離を開けなきゃならなくて、見失しなう可能性もあったわね」
「よし、行こっか」
馬車の行き先をしっかりと確認した後、ディノルフィーノは座っている枝の上から立ち上がった。枝を渡るように降りていき、最後は三メートル程の高さの枝にぶら下がり、トンと地上に降り立つ。
「ヴェル様、お待たせ~。予定通りだよ~」
にぱっと笑うディノルフィーノの隣に、アリシティアも同じように飛び降りてくる。そんな二人を見て、ルイスは眉根を寄せた。
「ねぇ、君達って実は猿なんじゃないの?」
ルイスはアリシティアの肩に膝下丈のローブをかけ、しっかりと全ての釦を閉じながら、拗ねたような声を出す。
「ヴェル様ってば、自分が木に登れないからって、僻むのは良くないよ~?」
「僻んだりしないし」
話しながらすぐ近くの木に繋いであった鹿毛の馬の所まで行き、ルイスはその首筋を撫で、手綱を枝から外す。
「ごめんね、銜つけたまま待たせちゃって。じゃあ、行こうか」
ルイスは馬に話しかけながら、鐙に足をかける。軽々と馬に飛び乗ると、ディノルフィーノとアリシティアも同じように馬に跨り鐙を履く。
ルイスは馬の腹を蹴りながら片手で手網を軽くひき、馬首を左にめぐらせた。
「エリアスが暴走する前に、片付けてしまおう」
「イエッサー!!」
「はーい」
ディノルフィーノとアリシティアが返事をし、馬の腹を蹴る。
「ねぇ、前から思ってたんだけど、その、イエッサーって何?!」
馬を勢いよく走らせ、丘を掛けおりながら、ルイスが声をあげる。
「じーちゃんが上官にはそう言えって言ったの!!じーちゃんアメリカ軍の軍人だったんだって!!」
軽々と馬をあやつり、あえて小さな木を飛び越えながら、ディノルフィーノが楽しげに笑った。
そんな軍あったっけ…と呟くルイスに並走しながら、アリシティアは思わず笑いだした。
────────────────
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ようやく、強欲令嬢と黒幕な王子様に、時系列が追いつきました。強欲令嬢から来てくださった皆様、本当にお待たせ致しました。そして、わざわざ長い広告を見てまで、エールを下さった方、感想をくださる方、本当にありがとうございます。
※銜
馬の口に噛ませる。手網と繋がっていて、馬に指示を伝える。
※鐙人が座る鞍の両端にある、足をかける所。
小高い丘の上のひときわ高い木の横に立ったルイスは、木に沿って遥か上を見上げた。
彼の視線の先には、空に近い枝の上に危うげなく立つ少女と、その少し下の枝に座り、足をぶらぶらと揺らす黒髪の少年がいる。少年は平民のように生成りのシャツに黒いズボンを身に着け、その上には旅人のような、なめした革の茶色いマントを羽織っていた。
「ねえドール。なんか見えた~?」
黒髪の少年、ノルことディノルフィーノは、口に含んだ飴をころころと転がしながら、近くの枝の上に立つアリシティアに問いかける。
「まだ見えないよ。暇なら木から降りて下でヴェル様と遊んでたら?」
彼らの眼下には、広大なライ麦畑が広がり、その中心には、東西を結ぶ馬車道が伸びていた。東には王都が、はるか西にはメルクオリ侯爵領がある。
アリシティアのピンクに染めた長い髪が、強い風により八方に散らばる。
今日のアリシティアは、ピンク髪のメイド服ではない。身体のラインに沿った黒いシャツを着て、半ズボンというには短すぎる、股下5センチ程のズボンを履いていた。
その短すぎるズボンの上には、同じ丈の革製のスカートを重ね、スカートの裾から伸びた二本の細いベルトの先は、膝上まである乗馬用ブーツカバーに繋がっていた。
ズボンとブーツカバーの間に見える左足の太ももには、5本の短刀を収めたシースのついた革ベルトが巻かれ、肌色の領域が彼女の姿をどこか退廃的に見せている。
「やだよ。今下に降りたら、絶対意地悪されるもん」
「ノルとヴェル様って仲良しよね」
ディノルフィーノは地上に立つルイスに視線を落とした。
「ん~?ヴェル様って、あの顔の割には、仲良い人多いよ?まあ、貴族の令息には嫉妬や妬みの対象だけど、近衛とかの騎士には友達多いし。毎年何人かはヴェル様のせいで道を踏み外しそうになる騎士がいるのは困った話だけど。ていうかぁ、なんでヴェル様を連れてきちゃったのさ?」
「ん~、なんか勝手についてきちゃった」
「ついてきちゃったじゃないよ。王位継承権第二位の王子様と第四位のヴェル様が、揃ってこんな事件にかかわって良いと思ってるの? レティシア様が大好きすぎる王子様を置いてくるのは無理でもさあ、せめてヴェル様は置いてこなくちゃ。何かあったらどうするの」
ディノルフィーノが言うレティシア様とは、今回令嬢誘拐事件のターゲットとなっているレティシア・マクレガー公爵令嬢だ。彼女は、第二王子であるエリアスの長年の想い人でもある。
「そうは言っても、私の言う事とか全く聞いてくれないの。後で王太子殿下にでも叱られたらいいんだわ」
「まぁ、ヴェル様はあんなお綺麗な顔の割に、結構小狡い戦い方するし、剣も体術も得意だから、大丈夫だとは思うけどさぁ」
「顔は関係ないんじゃ無い?」
確かにルイスは、剣で戦いながらも、足を引っ掛けたり、土や砂で目潰しをしたりと、小狡いと言われる戦い方をする。
ディノルフィーノの言葉にアリシティアが小さく苦笑した時。
「あっ、来た」
ディノルフィーノの声が楽し気に弾んだ。
少年の眼下には、見通しの良い直線の街道が東西に広がり、その街道を一台の質素な馬車と、少し離れた後方を、十頭程の馬群が駆け抜けて行く。
「ノルの調べた通りだったね。先回りしておいて良かった」
「あいつらが下準備のために、何回もあの空き別荘に出入りしてて助かったね」
「そうね。いきなりあの道を走られたら、かなり距離を開けなきゃならなくて、見失しなう可能性もあったわね」
「よし、行こっか」
馬車の行き先をしっかりと確認した後、ディノルフィーノは座っている枝の上から立ち上がった。枝を渡るように降りていき、最後は三メートル程の高さの枝にぶら下がり、トンと地上に降り立つ。
「ヴェル様、お待たせ~。予定通りだよ~」
にぱっと笑うディノルフィーノの隣に、アリシティアも同じように飛び降りてくる。そんな二人を見て、ルイスは眉根を寄せた。
「ねぇ、君達って実は猿なんじゃないの?」
ルイスはアリシティアの肩に膝下丈のローブをかけ、しっかりと全ての釦を閉じながら、拗ねたような声を出す。
「ヴェル様ってば、自分が木に登れないからって、僻むのは良くないよ~?」
「僻んだりしないし」
話しながらすぐ近くの木に繋いであった鹿毛の馬の所まで行き、ルイスはその首筋を撫で、手綱を枝から外す。
「ごめんね、銜つけたまま待たせちゃって。じゃあ、行こうか」
ルイスは馬に話しかけながら、鐙に足をかける。軽々と馬に飛び乗ると、ディノルフィーノとアリシティアも同じように馬に跨り鐙を履く。
ルイスは馬の腹を蹴りながら片手で手網を軽くひき、馬首を左にめぐらせた。
「エリアスが暴走する前に、片付けてしまおう」
「イエッサー!!」
「はーい」
ディノルフィーノとアリシティアが返事をし、馬の腹を蹴る。
「ねぇ、前から思ってたんだけど、その、イエッサーって何?!」
馬を勢いよく走らせ、丘を掛けおりながら、ルイスが声をあげる。
「じーちゃんが上官にはそう言えって言ったの!!じーちゃんアメリカ軍の軍人だったんだって!!」
軽々と馬をあやつり、あえて小さな木を飛び越えながら、ディノルフィーノが楽しげに笑った。
そんな軍あったっけ…と呟くルイスに並走しながら、アリシティアは思わず笑いだした。
────────────────
ここまで読んでくださりありがとうございます。
ようやく、強欲令嬢と黒幕な王子様に、時系列が追いつきました。強欲令嬢から来てくださった皆様、本当にお待たせ致しました。そして、わざわざ長い広告を見てまで、エールを下さった方、感想をくださる方、本当にありがとうございます。
※銜
馬の口に噛ませる。手網と繋がっていて、馬に指示を伝える。
※鐙人が座る鞍の両端にある、足をかける所。
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