余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

文字の大きさ
上 下
147 / 204
第三章

3

しおりを挟む
 アリシティアはベアトリーチェから好かれてはいる。それがどういった種類の好意かはこの際置いておくとして。

 けれど、向けられる好意がベアトリーチェの感情の全てではない。それくらいは理解していた。
彼女は必要であれば、アリシティアを売り払う位平気でやるだろうし、罪悪感も抱きはしないだろう。


──── まあ、魔女ってそういうものだしね。


 もちろん完全に売り払う気が無かったのは、ルイスに解毒剤を渡した事で想像できる。彼女の計画では、アリシティアがオークション会場で『宵闇の少女』として目立ちまくって帰ってくる所までだったはずだ。アリシティアを囮どころか、生き餌扱いして、一体何がしたいのかは皆目見当がつかないけれど。



「ん───」

 突然眉間に皺を寄せて唸ったアリシティアに、周囲の視線が集まった。

「アリス?」

 アルフレードの声に、はっとしたように、アリシティアは瞬いた。

「あ、解毒剤は私がベアトリーチェに頼んでおきます」

「アリアリはさぁ、魔女さんに対価を要求されないの~?」

「え? 普通に支払うわよ?」

 ディノルフィーノの言葉に、アリシティアは首を傾げた。
 友人だからといって、タダ働きさせる気はない。まぁ、タダ働きしてくれるかどうかは別問題となるが。
 特別な薬を作るのには時間も手間もかかる。なによりベアトリーチェの専門的な知識が必要だ。知識は無料ではない。

「でもぉ、魔女さんの対価って、お金とは限らないんだよねぇ? こういうお仕事で、アリアリが一人でそれを負担するのはどうなのかなって思うんだけどぉ、大丈夫なのぉ?」

 間延びした話し方でディノルフィーノが問いかけてくる。

「大丈夫か大丈夫ではないかで答えると、大丈夫ではあるかな? 多分?」

「多分って何~?」

 ディノルフィーノは両手にカップを持ち、中の紅茶をコクコクと一気に飲み干した。
 ルイスに無理矢理クッキーを大量に食べさせられたせいで、喉が渇いたらしい。

「まあ、私が支払う対価は、基本的に労働?だから」

 アリシティアの何気ない答えに、後ろから普段のテノールより一段と低いルイスの声が短く響いた。

「はぁ?」

アリシティアを抱きしめてきた腕に力が篭る。


「あ、あの…。労働とは言っても、掃除とか片付け程度ですけど」


 言い訳のようなアリシティアの言葉に、室内にいる全員の驚いたような視線が彼女に集中した。
なんとなくいたたまれなくなったアリシティアが、視線を彷徨わせたそのとき。「ぷっ」とディノルフィーノが吹き出した。


「いつも思うけどさぁ、アリアリって~、伯爵令嬢の自覚ないよね~。普通の貴族のご令嬢はさぁ、掃除なんてさせられたら怒っちゃうよぉ?」

「え? いや、ノルには言われたくないし。ノルだって伯爵令息らしくないじゃない?」

「ん~? でも俺、誰よりも、『ディノルフィーノらしい』って言われるよ~?」

「まあ、確かに?」

 ディノルフィーノ三兄弟の中で、『ノル』という少年は、代々の王家の影の一族の中で、最も影としての適正があると、ガーフィールド公爵も言っていた。

 命令に自らの意志を介入させる事もなく、効率良く命令を実行する事に罪悪感も持たない。なによりも、表裏二つの顔を持つ影としての人生を楽しんでいる。



「まあ、相手は魔女だからね。労働には労働をと言われると、それ以外に選択肢は無いのよ。魔女の薬を諦めるか、対価を支払うか。どちらかね」

「ふーん。まぁ、どうでもいいや」

「自分で聞いておいて、どうでもいいって」

 あまりにも適当すぎるディノルフィーノを、アリシティアが思わず睨んだ。

 そんなアリシティアに、にっこりと微笑んだディノルフィーノは、手に持ったクッキーを、アリシティアの顔の前に差し出す。アリシティアが無意識のまま口を開けると、そのままクッキーが押し込まれた。


「あっ!!」

 ルイスが後ろで声を上げ、急いでディノルフィーノの腕を掴んだ。けれど、すでにクッキーはアリシティアの口の中だった。

 アリシティアはこの先の事を考えながら、無言でクッキーを咀嚼していた。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。