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第三章
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アリシティアはベアトリーチェから好かれてはいる。それがどういった種類の好意かはこの際置いておくとして。
けれど、向けられる好意がベアトリーチェの感情の全てではない。それくらいは理解していた。
彼女は必要であれば、アリシティアを売り払う位平気でやるだろうし、罪悪感も抱きはしないだろう。
──── まあ、魔女ってそういうものだしね。
もちろん完全に売り払う気が無かったのは、ルイスに解毒剤を渡した事で想像できる。彼女の計画では、アリシティアがオークション会場で『宵闇の少女』として目立ちまくって帰ってくる所までだったはずだ。アリシティアを囮どころか、生き餌扱いして、一体何がしたいのかは皆目見当がつかないけれど。
「ん───」
突然眉間に皺を寄せて唸ったアリシティアに、周囲の視線が集まった。
「アリス?」
アルフレードの声に、はっとしたように、アリシティアは瞬いた。
「あ、解毒剤は私がベアトリーチェに頼んでおきます」
「アリアリはさぁ、魔女さんに対価を要求されないの~?」
「え? 普通に支払うわよ?」
ディノルフィーノの言葉に、アリシティアは首を傾げた。
友人だからといって、タダ働きさせる気はない。まぁ、タダ働きしてくれるかどうかは別問題となるが。
特別な薬を作るのには時間も手間もかかる。なによりベアトリーチェの専門的な知識が必要だ。知識は無料ではない。
「でもぉ、魔女さんの対価って、お金とは限らないんだよねぇ? こういうお仕事で、アリアリが一人でそれを負担するのはどうなのかなって思うんだけどぉ、大丈夫なのぉ?」
間延びした話し方でディノルフィーノが問いかけてくる。
「大丈夫か大丈夫ではないかで答えると、大丈夫ではあるかな? 多分?」
「多分って何~?」
ディノルフィーノは両手にカップを持ち、中の紅茶をコクコクと一気に飲み干した。
ルイスに無理矢理クッキーを大量に食べさせられたせいで、喉が渇いたらしい。
「まあ、私が支払う対価は、基本的に労働?だから」
アリシティアの何気ない答えに、後ろから普段のテノールより一段と低いルイスの声が短く響いた。
「はぁ?」
アリシティアを抱きしめてきた腕に力が篭る。
「あ、あの…。労働とは言っても、掃除とか片付け程度ですけど」
言い訳のようなアリシティアの言葉に、室内にいる全員の驚いたような視線が彼女に集中した。
なんとなくいたたまれなくなったアリシティアが、視線を彷徨わせたそのとき。「ぷっ」とディノルフィーノが吹き出した。
「いつも思うけどさぁ、アリアリって~、伯爵令嬢の自覚ないよね~。普通の貴族のご令嬢はさぁ、掃除なんてさせられたら怒っちゃうよぉ?」
「え? いや、ノルには言われたくないし。ノルだって伯爵令息らしくないじゃない?」
「ん~? でも俺、誰よりも、『ディノルフィーノらしい』って言われるよ~?」
「まあ、確かに?」
ディノルフィーノ三兄弟の中で、『ノル』という少年は、代々の王家の影の一族の中で、最も影としての適正があると、ガーフィールド公爵も言っていた。
命令に自らの意志を介入させる事もなく、効率良く命令を実行する事に罪悪感も持たない。なによりも、表裏二つの顔を持つ影としての人生を楽しんでいる。
「まあ、相手は魔女だからね。労働には労働をと言われると、それ以外に選択肢は無いのよ。魔女の薬を諦めるか、対価を支払うか。どちらかね」
「ふーん。まぁ、どうでもいいや」
「自分で聞いておいて、どうでもいいって」
あまりにも適当すぎるディノルフィーノを、アリシティアが思わず睨んだ。
そんなアリシティアに、にっこりと微笑んだディノルフィーノは、手に持ったクッキーを、アリシティアの顔の前に差し出す。アリシティアが無意識のまま口を開けると、そのままクッキーが押し込まれた。
「あっ!!」
ルイスが後ろで声を上げ、急いでディノルフィーノの腕を掴んだ。けれど、すでにクッキーはアリシティアの口の中だった。
アリシティアはこの先の事を考えながら、無言でクッキーを咀嚼していた。
けれど、向けられる好意がベアトリーチェの感情の全てではない。それくらいは理解していた。
彼女は必要であれば、アリシティアを売り払う位平気でやるだろうし、罪悪感も抱きはしないだろう。
──── まあ、魔女ってそういうものだしね。
もちろん完全に売り払う気が無かったのは、ルイスに解毒剤を渡した事で想像できる。彼女の計画では、アリシティアがオークション会場で『宵闇の少女』として目立ちまくって帰ってくる所までだったはずだ。アリシティアを囮どころか、生き餌扱いして、一体何がしたいのかは皆目見当がつかないけれど。
「ん───」
突然眉間に皺を寄せて唸ったアリシティアに、周囲の視線が集まった。
「アリス?」
アルフレードの声に、はっとしたように、アリシティアは瞬いた。
「あ、解毒剤は私がベアトリーチェに頼んでおきます」
「アリアリはさぁ、魔女さんに対価を要求されないの~?」
「え? 普通に支払うわよ?」
ディノルフィーノの言葉に、アリシティアは首を傾げた。
友人だからといって、タダ働きさせる気はない。まぁ、タダ働きしてくれるかどうかは別問題となるが。
特別な薬を作るのには時間も手間もかかる。なによりベアトリーチェの専門的な知識が必要だ。知識は無料ではない。
「でもぉ、魔女さんの対価って、お金とは限らないんだよねぇ? こういうお仕事で、アリアリが一人でそれを負担するのはどうなのかなって思うんだけどぉ、大丈夫なのぉ?」
間延びした話し方でディノルフィーノが問いかけてくる。
「大丈夫か大丈夫ではないかで答えると、大丈夫ではあるかな? 多分?」
「多分って何~?」
ディノルフィーノは両手にカップを持ち、中の紅茶をコクコクと一気に飲み干した。
ルイスに無理矢理クッキーを大量に食べさせられたせいで、喉が渇いたらしい。
「まあ、私が支払う対価は、基本的に労働?だから」
アリシティアの何気ない答えに、後ろから普段のテノールより一段と低いルイスの声が短く響いた。
「はぁ?」
アリシティアを抱きしめてきた腕に力が篭る。
「あ、あの…。労働とは言っても、掃除とか片付け程度ですけど」
言い訳のようなアリシティアの言葉に、室内にいる全員の驚いたような視線が彼女に集中した。
なんとなくいたたまれなくなったアリシティアが、視線を彷徨わせたそのとき。「ぷっ」とディノルフィーノが吹き出した。
「いつも思うけどさぁ、アリアリって~、伯爵令嬢の自覚ないよね~。普通の貴族のご令嬢はさぁ、掃除なんてさせられたら怒っちゃうよぉ?」
「え? いや、ノルには言われたくないし。ノルだって伯爵令息らしくないじゃない?」
「ん~? でも俺、誰よりも、『ディノルフィーノらしい』って言われるよ~?」
「まあ、確かに?」
ディノルフィーノ三兄弟の中で、『ノル』という少年は、代々の王家の影の一族の中で、最も影としての適正があると、ガーフィールド公爵も言っていた。
命令に自らの意志を介入させる事もなく、効率良く命令を実行する事に罪悪感も持たない。なによりも、表裏二つの顔を持つ影としての人生を楽しんでいる。
「まあ、相手は魔女だからね。労働には労働をと言われると、それ以外に選択肢は無いのよ。魔女の薬を諦めるか、対価を支払うか。どちらかね」
「ふーん。まぁ、どうでもいいや」
「自分で聞いておいて、どうでもいいって」
あまりにも適当すぎるディノルフィーノを、アリシティアが思わず睨んだ。
そんなアリシティアに、にっこりと微笑んだディノルフィーノは、手に持ったクッキーを、アリシティアの顔の前に差し出す。アリシティアが無意識のまま口を開けると、そのままクッキーが押し込まれた。
「あっ!!」
ルイスが後ろで声を上げ、急いでディノルフィーノの腕を掴んだ。けれど、すでにクッキーはアリシティアの口の中だった。
アリシティアはこの先の事を考えながら、無言でクッキーを咀嚼していた。
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