上 下
103 / 191
第二章

39.嵐とアリスと彼女の転生特典チート

しおりを挟む
 
(なにが、『薬を作った者を探すお仕事も入ってるなら、この依頼はお断りするけど?』よ。自分が作って自分でばら撒いて、世間を騒がせついでに、お小遣い稼ぎしてたんじゃない……)

 相変わらず、と言うべきだろうか。
ベアトリーチェはとても安価な『大衆を救う薬』をつくると同時に、とても高価な『人を破滅へと導く魔女の薬』もつくる。


『恋人の本音がわかる薬』なんて呼ばれる物で破局した、夫婦や恋人達が一体なん組いるのかと、アリシティアは漠然と考えた。

 これは惚れ薬程では無くとも、本来なら大金をかけて貴族たちが手に入れようとする価値を持つ魔女の薬だ。それを気まぐれに市井しせいにばら撒く事に、何の意味があるのか。

 ベアトリーチェの事だ。愉快犯的な理由で市場に出された可能性もあるにはあるが、その中に本当のターゲットがいた可能性もある。だとすれば、その薬の本来の目的と、ターゲットをうやむやにする為に、市井にばら撒いたのか。

 アリシティアはそこまで考えて、魔女の行動の理由を求める事自体、間違っているのかも知れないと思った。
薬そのものには何回か飲み続ける位では害はないと聞いた。ならば、この件に関しては別に何かする必要はない。

 今更ベアトリーチェの行動の不可解さを考えても意味がないので、アリシティアはこの薬に関して、サクッと頭の中から消し去る事にした。




 それよりも今は、エリアスの追っていた令嬢誘拐事件に使われた、体の動きを奪う薬だ。

 蛇の道は蛇とは言うが、合法と違法両方の薬を取り扱っている場所で働く者なら、誘拐事件に使われている薬の存在を知っているかも知れないと思い至り、反応だけでも確かめようとしたものが、想定外の収穫となった。

 令嬢誘拐事件は、王太子派の家の令嬢が被害者である事、令嬢が完全に無傷で解放されると共に、投資としての名目で王妃派に資金が流れている事。

 全てにおいて、王妃派の人間の企てだと思っていた。
 けれど本当は、貴族派のチューダー伯爵が誘拐事件に関わっているのか。それとも作られた薬の一部が、チューダー伯爵が禁断の館と呼ぶこの阿片窟もどきに、単に流れているのか。


 何であれ、期せずして情報が手に入ったのは幸運だった。ここに来たのは、実はエリアスの追う令嬢誘拐事件の手掛かりを探しに来た事にして、全ての責任をエリアスに被ってもらおう。後付けの理由ができた事に、アリシティアは内心で薄笑いする。





「……では、とりあえず、私の子猫が言っている物を5日後、用意して置いて貰えるかな」

「かしこまりました」



 ランドルフの声に、ふと我に返る。
アリシティアがぐるぐると考えを巡らせている間に、ランドルフとベアトリーチェは話をまとめていたようだ。


 ベアトリーチェがアリシティアの腰を抱き寄せて、こめかみにキスを落とす。これはベアトリーチェからの合図だ。アリシティアはただ擽ったそうにくすくすと笑ってみせた。

 けれど、その視線の先は、相変わらずフロアの隅に向けられている。

「ねえ。ランドルフ。お部屋は使える? 」

「はい、お部屋は2階の27号室をご用意させて頂いております」



 ランドルフはあらかじめ用意していたルームキーを差し出した。アリシティアは嬉しそうにその鍵を手に取って笑う。


「私はここでもいいのだけれど、熊ちゃんは私の姿を他の人に見られたくないんですって。だからお部屋に行くわね。あ、案内は要らないわ。行きましょ、熊ちゃん」
 

 アリシティアは立ち上がり、ベアトリーチェの腕を引いた。再び入口の方に視線を向けると、先ほどまで葉巻を燻らせていた2人の男がソファーから立ち上がり、フロアを出る所だった。



 雨が窓を激しく打ち、風がガタガタとすぐ側の窓枠を揺らす。
多分の湿気を含むその風は、やがて嵐を運んでくる事が予想できた。



 あのローヴェル邸の惨劇の日のような嵐となるだろう。



しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。