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第二章
39.嵐とアリスと彼女の転生特典チート
しおりを挟む(なにが、『薬を作った者を探すお仕事も入ってるなら、この依頼はお断りするけど?』よ。自分が作って自分でばら撒いて、世間を騒がせついでに、お小遣い稼ぎしてたんじゃない……)
相変わらず、と言うべきだろうか。
ベアトリーチェはとても安価な『大衆を救う薬』をつくると同時に、とても高価な『人を破滅へと導く魔女の薬』もつくる。
『恋人の本音がわかる薬』なんて呼ばれる物で破局した、夫婦や恋人達が一体なん組いるのかと、アリシティアは漠然と考えた。
これは惚れ薬程では無くとも、本来なら大金をかけて貴族たちが手に入れようとする価値を持つ魔女の薬だ。それを気まぐれに市井にばら撒く事に、何の意味があるのか。
ベアトリーチェの事だ。愉快犯的な理由で市場に出された可能性もあるにはあるが、その中に本当のターゲットがいた可能性もある。だとすれば、その薬の本来の目的と、ターゲットをうやむやにする為に、市井にばら撒いたのか。
アリシティアはそこまで考えて、魔女の行動の理由を求める事自体、間違っているのかも知れないと思った。
薬そのものには何回か飲み続ける位では害はないと聞いた。ならば、この件に関しては別に何かする必要はない。
今更ベアトリーチェの行動の不可解さを考えても意味がないので、アリシティアはこの薬に関して、サクッと頭の中から消し去る事にした。
それよりも今は、エリアスの追っていた令嬢誘拐事件に使われた、体の動きを奪う薬だ。
蛇の道は蛇とは言うが、合法と違法両方の薬を取り扱っている場所で働く者なら、誘拐事件に使われている薬の存在を知っているかも知れないと思い至り、反応だけでも確かめようとしたものが、想定外の収穫となった。
令嬢誘拐事件は、王太子派の家の令嬢が被害者である事、令嬢が完全に無傷で解放されると共に、投資としての名目で王妃派に資金が流れている事。
全てにおいて、王妃派の人間の企てだと思っていた。
けれど本当は、貴族派のチューダー伯爵が誘拐事件に関わっているのか。それとも作られた薬の一部が、チューダー伯爵が禁断の館と呼ぶこの阿片窟もどきに、単に流れているのか。
何であれ、期せずして情報が手に入ったのは幸運だった。ここに来たのは、実はエリアスの追う令嬢誘拐事件の手掛かりを探しに来た事にして、全ての責任をエリアスに被ってもらおう。後付けの理由ができた事に、アリシティアは内心で薄笑いする。
「……では、とりあえず、私の子猫が言っている物を5日後、用意して置いて貰えるかな」
「かしこまりました」
ランドルフの声に、ふと我に返る。
アリシティアがぐるぐると考えを巡らせている間に、ランドルフとベアトリーチェは話をまとめていたようだ。
ベアトリーチェがアリシティアの腰を抱き寄せて、こめかみにキスを落とす。これはベアトリーチェからの合図だ。アリシティアはただ擽ったそうにくすくすと笑ってみせた。
けれど、その視線の先は、相変わらずフロアの隅に向けられている。
「ねえ。ランドルフ。お部屋は使える? 」
「はい、お部屋は2階の27号室をご用意させて頂いております」
ランドルフはあらかじめ用意していたルームキーを差し出した。アリシティアは嬉しそうにその鍵を手に取って笑う。
「私はここでもいいのだけれど、熊ちゃんは私の姿を他の人に見られたくないんですって。だからお部屋に行くわね。あ、案内は要らないわ。行きましょ、熊ちゃん」
アリシティアは立ち上がり、ベアトリーチェの腕を引いた。再び入口の方に視線を向けると、先ほどまで葉巻を燻らせていた2人の男がソファーから立ち上がり、フロアを出る所だった。
雨が窓を激しく打ち、風がガタガタとすぐ側の窓枠を揺らす。
多分の湿気を含むその風は、やがて嵐を運んでくる事が予想できた。
あのローヴェル邸の惨劇の日のような嵐となるだろう。
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