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すぅぷや鎌切亭

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 鎌切亭かまきりていの扉を開くと、ちりんちりんと心地良い鈴の音が頭の上で響いた。ドアベルの音が鳴ったことで、店員たちが一斉に私のほうへ顔を向けた。

「いらっしゃいませ、お客様。お待ちしておりました」

 穏やかな笑顔と気持ちのよい挨拶で出迎えてくれたのは、三人の若い男性の店員だった。三名とも容姿端麗で背も高く、こじんまりとしたレストランには不似合いなぐらいの美形だ。三人の顔立ちに若干の違いはあるものの、雰囲気はよく似ている。背格好も同じぐらいなので三兄弟だろうか。それとも三つ子? 

「お客様、よろしければお荷物お持ちしましょうか?」

 美形の三兄弟に見惚れる私を気遣うように、ひとりの店員が音もなく歩み寄ってきた。スタイリッシュな銀縁の眼鏡をかけた男性だ。白いシャツに黒のベストとパンツ、紅い蝶ネクタイが良く似合っている。

「す、すみません。道に、迷ったもので。荷物は自分で持ちます、はい。大丈夫です!」

 見目麗しい男性に優しく微笑えみかけられ、なぜだか挙動不審になってしまった。顔が熱くなってくるのを感じる。急に恥ずかしくなり、うつむいてしまった。

「あっ、怪我をされてますね。僕、よく効く薬をもってるんです。よかったら手当てしますよ」

 もうひとりの男性店員が、私の足の怪我を心配してくれた。小さな傷なのに、よく気づいてくれたと思う。

「ありがとうございます。たいした傷ではないので、自分で手当てできます。よろしければその薬だけお借りできますか?」
「わかりました。どうぞこちらに座ってください」

 私の足の怪我に気づいてくれた男性店員の髪はふわふわのくせ毛で、笑顔も人懐っこい。目鼻立ちの整った顔ではあるのだけれど、親しみやすい雰囲気に緊張がほぐれるのを感じた。
 カウンターテーブルの隅に腰を下ろすと、待っていたかのように三人目の店員が温かいお茶を出してくれた。

「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」

 お礼を伝えると、お茶を出してくれた店員は軽く会釈だけして無言で去っていった。くせのないまっすぐな髪をした店員は、キッチンの中へと静かに戻っていく。他の二人に比べると、寡黙かもくな人のようだ。

「あいつ、無愛想でしょ? 刀流とうるっていうんです。料理人としての腕は確かですけどねぇ」

 人懐っこい笑顔の店員は、小さな壺に入った塗り薬を私に手渡しながら教えてくれた。小さな壺の中身はクリーム色の軟膏なんこうのようだ。見たことがない塗り薬だけれど、海外製だろうか。

「その薬ね、殺菌消毒、皮膚の修復や再生にも効果があるんですよ。万能でしょう? 僕の自慢の薬なんです」

 初めて見る塗り薬だけど、邪気のない笑顔でお勧めされると断りにくい気がした。

「すぐに治りますので、遠慮なく使ってください」

 ためらいつつも足の傷にそっと塗り込むと、本当に痛みがすっと消えてしまった。

「ね? よく効くでしょ?」
「本当ですね。ありがとうございます」 
「でしょ? あっ、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は紗切さぎりと申します。鎌切亭では接客担当です」

 にっこりと笑う紗切さんを見ていると、心が和んで気持ちが温かくなってくるから不思議だ。

「銀縁眼鏡の彼は切也きりやです。鎌切亭の店長。ついでに言うと、切也が僕たち三つ子の長兄になるんですよ。そして僕は愛される末っ子です」

 聞いてもいないのに、紗切さんはそれぞれの名前と、彼らが三つ子の兄弟であるという情報まで教えてくれた。

「私は琴羽です。皆さん、やっぱり三つ子さんなんですね」
「僕らが三つ子だって、よくわかりましたね」
「だって顔立ちも雰囲気も似てますし」
「似てますかねぇ? 三人の中では僕が一番イケメンだって思うんですけど、どう思います?」

 自分が一番美形だと、紗切さんはさらりと笑顔で主張してくる。冗談だとは思うけれど、目がきらりと光ってるし、かなり本気の発言なのかな。

「こら、紗切。お客様が困ってしまうような質問をするんじゃないよ。お客様、弟が失礼致しました」

 紗切さんの頭をぽんと軽く叩きながら、店長の切也さんが優しく微笑む。

「琴羽様は当店は初めてですよね。よろしければ鎌切亭のことをご説明させていただきたいのですが」
「はい、初めてです。よろしくお願いします」

 切也さんは軽く会釈をしてから、ゆっくりと話し始めた。

「すぅぷや 鎌切亭はその名の通り、スープが自慢の店となっております。ただし決まったメニュー表はなく、僕たち三兄弟がそれぞれお勧めのスープを順にお出しすることになっております」

 メニュー表がないレストランって、お値段もかなりお高めなのでは……? 財布の中に、お金がいくら残っていただろうか。
 
「御安心ください、お客様。当店はお支払いの金額も決まっておりません。お好みの支払い額を最後にお願いしております」

 メニュー表がなく、支払い額も客が決めていいだなんて。そんなお店があるだなんて驚きだ。

「お話しいただいたこと、よくわかりました。ただ私、今は食欲がなくて。お勧めしてくださるスープを全部いただけるか、わからないんですけど」

 切也さんたちに見惚れていたせいで忘れていたけれど、今の私は「美味しい」を感じない。スープならなんとか飲めるとは思うけど、三種類のスープを制覇できる気はしなかった。

「一皿だけでも結構ですよ。そこはどうか無理なさらず」

 私の不安を察したのか、切也さんは優しく教えてくれた。
 食事を楽しめない人間が飲食店で食事していいものか悩むけれど、切也さんたちの気遣いを無駄にしたくはなかった。せめて少しだけでも頂くことにしよう。

「ありがとうございます。ではお勧めのスープをお願いできますか?」
「かしこまりました。しばしお待ちくださいませ」

 切也さんは静かにおじぎをしてから、カウンターの向こうのキッチンへと入っていった。
 



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