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みずいろの章 水樹
希望という切なさ
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高階先生と一緒に海外へ行くと、これまで以上に必死に働いた。高階先生の助手をしながら少しずつ技術を学び、先生の紹介で小さな写真の仕事も始めていった。
最初は稼ぎも少なかったし、写真だけでは生活はしていけなかった、正直楽な生活ではなかったが、自分ひとりの分だけならなんとかなると思って耐え抜き、残ったお金はわずかでも貯金した。貯めたお金は朱里の養育費として、青葉のところへ送金した。
コンテストなどにも積極的に応募するようにして、知名度を上げるように心がけ、やがて少しずつ依頼が増えてくるようになった。
少しでも稼げるようになると、自分が生活する最低限のお金を残して、あとは日本の青葉の元へすべて送った。お金しか渡せないことを申し訳なく思いながらも、それでも必死に送金し続けた。
最初から順調ではなかったし、失敗も多かった。それでも少しずつ風景の写真家として働けるようになっていった。
ふとした時に桃子のことを思い出し、涙することもあった。仕事を必死にこなしていくことで、心の穴を埋めていった。
より良い写真を撮るため、あちこちを転々としながら写真を撮る日々。そんな生活の中で、不思議なことが起こるようになった。
カメラを構えると、ファインダー越しに桃子の姿を感じる。
恋しさのあまり、幻を見ているのだと最初は思った。いや、本当に幻覚であったのかもしれない。
しかし、幻影の桃子が指差す方向にカメラを向けると、驚くほど良い写真が撮れるのだ。
桃子の存在を感じられるのなら、幻覚でも幽霊でも何でも良かった。ファインダー越しの彼女には、決して触れることはできない。カメラを構えてピントを合わせている時にだけ、桃子の存在を感じるのだ。
桃子の幻がたまらなく嬉しくて、始めは涙ばかりこぼれた。彼女は今も俺の傍にいて、見守ってくれている。たとえ俺の妄想でしかなかったとしても、これほど幸福な夢想はないと思えたから。桃子の幻は何年も俺のカメラの中に現れ、共にいてくれた。
時間が経つにつれ、ファインダー越しの桃子の存在にも、少しずつ慣れていった。
桃子が指差す方向にピントを合わせ、写真を撮る。良い写真が撮れると、幻影の桃子がはにかむように笑い、その姿は光の中に溶けて消えていく。
それは俺だけが感じる、特別な瞬間だった。
桃子とのわずかな邂逅を求めて、さらに写真を撮る日々。
写真を撮る間はたまらなく幸せでもあり、切なくもあった。ファインダー越しの桃子が光の中に消えていくたび、彼女はもうこの世の人ではないことを感じるのだから……。
幻影の桃子に支えられながら撮る風景の写真は、泣きたくなるほど美しいものだった。
桃子がこの世から消え失せ、俺は漆黒の闇の中に心を囚われてしまった。この世界に希望なんて、もう存在しないと思った。
けれども世界は変わらず、昔も今も数多の光を放ち、美しく輝いている。
太陽の光も漆黒の暗闇も、ただそこにあるだけで、残酷なほど世界は美しい。顔をあげれば、空を仰げば、希望の明かりは今も人間を照らしてくれている。目をそらし、うつむくことはあっても、世界は僕たちを見捨てたわけではない。
世界の美しさが少しでも人々に伝わるように、絶望の底に沈む人に伝わるようにと祈りながら写真を撮り続けた。
良い風景写真を撮るために、山に登ったり、林の中に入っていくこともある。何時間もそこで待ち続けることも少なくない。安全な仕事とは言えなかったが、それは俺にとって少しも苦ではなかった。桃子の幻影と一緒に写真を撮り続けるうちに、上手な写真を撮ろうという欲さえ消え失せ、写真を撮ることは天より課せられた使命のようにも感じていたからだ。
そんなある日のこと。
写真を撮るために登った山で足を踏み外し、滑落してしまった。落ちた時の衝撃で、完全に意識を失ってしまったのだ。
このまま死ぬかもしれない。それも悪くないと思った。死ねば桃子に、きっと会えるだろうから。
『水樹……水樹……』
それは懐かしく、たまらなく恋しい人の声だった。幻影の姿は見せてくれるのに、俺に声をかけたり、触れたりしてくれたことは一度もなかったのだ。
『水樹……起きて……』
起きたいよ。起きたいけど、体中が痛いんだ。このまま眠っていたほうが、きっと楽に天国に行けるよ。そしたら会えるかな、君に。
『水樹……朱里のこと、どうするの? 私たちの大切な娘のことを』
青葉がいるから大丈夫だよ。仕事で稼いだ金のほとんどは、青葉の元へ送金してるし、青葉がきちんとやってくれてるはずだ。アイツは俺なんかよりずっと優秀で優しくて、いい奴なんだ。青葉が育てた朱里も、きっといい子に成長してる。それにさ、桃子。朱里の首を絞めた俺に、父親として名乗り出る資格はないよ。俺なんて、いないほうがいいんだ……。
『水樹……そんな悲しいこと、言わないで。朱里に会いたいよ、私……』
滑落して意識を失った俺に、しきりに声をかけてくれるのは愛しい桃子だった。いつもなら、ファインダー越しに幻影の姿を見せてくれるだけなのに、どうしたんだろう?
『水樹……青葉とも約束した、でしょ? 仕事で一人前になったら、朱里に会って事情を話す、って。忘れたの?』
忘れてないよ。忘れてないけど、あれからもう十五年だ。必死に仕事をこなすうちに、十五年も経ってしまったんだよ。朱里は年頃だし、どんな顔して会いにいけばいい? 会えないよ、無理だよ。俺には。そんな勇気ない。弱虫なんだよ、俺は……。
『水樹……青葉との約束を破ることは、私との約束を破ることでもあるよ』
そんなこと言われても、体が言うことを聞かないんだよ。起きれないんだよ。体中が痛いんだ……。
『大丈夫。水樹は死なない。私が守るもの。だから、約束、守って……』
だんだんと桃子の声が遠くなっていく。
嫌だ、行かないでくれ。もっと俺のところにいてくれ。
「桃子!」
手をさし出しながら、慌てて目を開ける。そこに桃子の姿はなかった。
自分が夢を見ていたのだと気付くと、それを待っていたかのように、激しい痛みが全身を襲った。
「いってぇぇぇ……!!」
痛みのあまり、しばし地面を転がっていた。少しずつ痛みが楽になってくると、自分がなぜこんな状況なのか、少しずつ思い出すようになっていた。
「約束を、守る、んだ……」
娘の朱里に、会いに行かなくては。青葉とも約束したのだから。
痛む体を必死に起こすと、体のあちこちが傷だらけだった。このまま眠っていたら、間違いなく天国行きだった。
「桃子が、守ってくれたんだな……」
ふらつきながら立ち上がると、ぽたぽたと血が流れ落ちていく。
「まず病院に行かないと……」
俺を守ってくれた桃子のためにも、生きていかなくては。生きて日本に戻るんだ。
日本に戻って朱里に会うことを心に決めた俺は、傷だらけの体を引きずるように必死に歩き続けた。
山で大怪我をした俺は、治療も含めて日本に帰ることになった。
十五年ぶりの日本。それは見知らぬ外国に来てしまったような、それでいて懐かしくてたまらないという不思議な感覚だった。
生まれ育った芹沢家に向かって、ゆっくり歩いていく。公園や家路の曲がり角、いろんなところで桃子との思い出が蘇る。苦しいことも悲しいことも、出会いも別れもあった。それでも輝いていた。もがくように必死に生きていた、青く眩しい時代。
切ない青春期を思い出したながらゆっくり歩き、芹沢家が近づいてくると、元気のいい女の子の声が聞こえてきた。
「おじさーん! 庭の花、咲いてる」
「本当だ。朱里が毎日水をやったからだな」
はにかむように、屈託なく笑う少女がいた。桃子の面影を色濃く残しながらも、昔の自分を少しだけ思い出すような雰囲気をもっていた。
ああ、桃子の娘がいる。光のような笑顔だった彼女が遺した大切な宝物。
愛くるしい笑顔の少女が、娘の朱里だと気付いた瞬間、視界が涙でぼやけてしまった。最近は心も枯れてしまったのか、涙なんて流さなかったのに。
「朱里……あんなに大きくなって」
幸せそうに青葉と語り合う朱里を見れば、どれだけ愛されて育ったかよくわかる。青葉と朱里、そして少し離れたところに俺がいる。
その瞬間、昔の光景がはっきりと脳裏に浮かんだ。青葉と俺、そして桃子を加えた三人で笑い合った懐かしいあの頃のことを。いつまでも続いてほしいと願った幸福な時間。
尊い時を最初に壊したのは、俺だった──。
思い出した瞬間、俺は錯覚してしまったのかもしれない。朱里があまりに桃子に似ていたから、眩しくて幸せだった時代に戻ってしまったように感じたんだ。
だからだろうか。朱里を目の前にしたとたん、俺は舞い上がって失敗してしまった。あの頃みたいに、ふざけた態度で朱里に接しようとした。そんなことを許してくれるのは、桃子だけだったのに。
父親らしくない態度に、俺はすっかり嫌われてしまったらしい。おまけに言葉が足りなくて、朱里を泣かせてしまった。もう許してくれないだろう。
でもそれでいいんだ。俺は決して許されないことをしたのだから。
けれど、さすがは桃子の娘だ。傷つき泣きながらも、逃げることなく俺に向き合おうとしてる。きらきらと輝く、まっすぐな視線は桃子とそっくりだ。
だから俺も、すべてを話そうと思う。
愚かで情けない俺だけれど、必死に生きてきたことを。
なぁ、桃子。いつか俺もそこへ行くことになる。
それまでどれだけ情けなくても惨めでも、何度過ちをおかしても、生きることをあきらめないよ。最後の瞬間まで、もがき苦しみながら生きていく。それが桃子への愛であり、恩返しだから。
懸命に生きぬいたら、俺にとびっきりの笑顔を見せてくれるかい? あの頃のように。
会いたいよ、桃子……。
最初は稼ぎも少なかったし、写真だけでは生活はしていけなかった、正直楽な生活ではなかったが、自分ひとりの分だけならなんとかなると思って耐え抜き、残ったお金はわずかでも貯金した。貯めたお金は朱里の養育費として、青葉のところへ送金した。
コンテストなどにも積極的に応募するようにして、知名度を上げるように心がけ、やがて少しずつ依頼が増えてくるようになった。
少しでも稼げるようになると、自分が生活する最低限のお金を残して、あとは日本の青葉の元へすべて送った。お金しか渡せないことを申し訳なく思いながらも、それでも必死に送金し続けた。
最初から順調ではなかったし、失敗も多かった。それでも少しずつ風景の写真家として働けるようになっていった。
ふとした時に桃子のことを思い出し、涙することもあった。仕事を必死にこなしていくことで、心の穴を埋めていった。
より良い写真を撮るため、あちこちを転々としながら写真を撮る日々。そんな生活の中で、不思議なことが起こるようになった。
カメラを構えると、ファインダー越しに桃子の姿を感じる。
恋しさのあまり、幻を見ているのだと最初は思った。いや、本当に幻覚であったのかもしれない。
しかし、幻影の桃子が指差す方向にカメラを向けると、驚くほど良い写真が撮れるのだ。
桃子の存在を感じられるのなら、幻覚でも幽霊でも何でも良かった。ファインダー越しの彼女には、決して触れることはできない。カメラを構えてピントを合わせている時にだけ、桃子の存在を感じるのだ。
桃子の幻がたまらなく嬉しくて、始めは涙ばかりこぼれた。彼女は今も俺の傍にいて、見守ってくれている。たとえ俺の妄想でしかなかったとしても、これほど幸福な夢想はないと思えたから。桃子の幻は何年も俺のカメラの中に現れ、共にいてくれた。
時間が経つにつれ、ファインダー越しの桃子の存在にも、少しずつ慣れていった。
桃子が指差す方向にピントを合わせ、写真を撮る。良い写真が撮れると、幻影の桃子がはにかむように笑い、その姿は光の中に溶けて消えていく。
それは俺だけが感じる、特別な瞬間だった。
桃子とのわずかな邂逅を求めて、さらに写真を撮る日々。
写真を撮る間はたまらなく幸せでもあり、切なくもあった。ファインダー越しの桃子が光の中に消えていくたび、彼女はもうこの世の人ではないことを感じるのだから……。
幻影の桃子に支えられながら撮る風景の写真は、泣きたくなるほど美しいものだった。
桃子がこの世から消え失せ、俺は漆黒の闇の中に心を囚われてしまった。この世界に希望なんて、もう存在しないと思った。
けれども世界は変わらず、昔も今も数多の光を放ち、美しく輝いている。
太陽の光も漆黒の暗闇も、ただそこにあるだけで、残酷なほど世界は美しい。顔をあげれば、空を仰げば、希望の明かりは今も人間を照らしてくれている。目をそらし、うつむくことはあっても、世界は僕たちを見捨てたわけではない。
世界の美しさが少しでも人々に伝わるように、絶望の底に沈む人に伝わるようにと祈りながら写真を撮り続けた。
良い風景写真を撮るために、山に登ったり、林の中に入っていくこともある。何時間もそこで待ち続けることも少なくない。安全な仕事とは言えなかったが、それは俺にとって少しも苦ではなかった。桃子の幻影と一緒に写真を撮り続けるうちに、上手な写真を撮ろうという欲さえ消え失せ、写真を撮ることは天より課せられた使命のようにも感じていたからだ。
そんなある日のこと。
写真を撮るために登った山で足を踏み外し、滑落してしまった。落ちた時の衝撃で、完全に意識を失ってしまったのだ。
このまま死ぬかもしれない。それも悪くないと思った。死ねば桃子に、きっと会えるだろうから。
『水樹……水樹……』
それは懐かしく、たまらなく恋しい人の声だった。幻影の姿は見せてくれるのに、俺に声をかけたり、触れたりしてくれたことは一度もなかったのだ。
『水樹……起きて……』
起きたいよ。起きたいけど、体中が痛いんだ。このまま眠っていたほうが、きっと楽に天国に行けるよ。そしたら会えるかな、君に。
『水樹……朱里のこと、どうするの? 私たちの大切な娘のことを』
青葉がいるから大丈夫だよ。仕事で稼いだ金のほとんどは、青葉の元へ送金してるし、青葉がきちんとやってくれてるはずだ。アイツは俺なんかよりずっと優秀で優しくて、いい奴なんだ。青葉が育てた朱里も、きっといい子に成長してる。それにさ、桃子。朱里の首を絞めた俺に、父親として名乗り出る資格はないよ。俺なんて、いないほうがいいんだ……。
『水樹……そんな悲しいこと、言わないで。朱里に会いたいよ、私……』
滑落して意識を失った俺に、しきりに声をかけてくれるのは愛しい桃子だった。いつもなら、ファインダー越しに幻影の姿を見せてくれるだけなのに、どうしたんだろう?
『水樹……青葉とも約束した、でしょ? 仕事で一人前になったら、朱里に会って事情を話す、って。忘れたの?』
忘れてないよ。忘れてないけど、あれからもう十五年だ。必死に仕事をこなすうちに、十五年も経ってしまったんだよ。朱里は年頃だし、どんな顔して会いにいけばいい? 会えないよ、無理だよ。俺には。そんな勇気ない。弱虫なんだよ、俺は……。
『水樹……青葉との約束を破ることは、私との約束を破ることでもあるよ』
そんなこと言われても、体が言うことを聞かないんだよ。起きれないんだよ。体中が痛いんだ……。
『大丈夫。水樹は死なない。私が守るもの。だから、約束、守って……』
だんだんと桃子の声が遠くなっていく。
嫌だ、行かないでくれ。もっと俺のところにいてくれ。
「桃子!」
手をさし出しながら、慌てて目を開ける。そこに桃子の姿はなかった。
自分が夢を見ていたのだと気付くと、それを待っていたかのように、激しい痛みが全身を襲った。
「いってぇぇぇ……!!」
痛みのあまり、しばし地面を転がっていた。少しずつ痛みが楽になってくると、自分がなぜこんな状況なのか、少しずつ思い出すようになっていた。
「約束を、守る、んだ……」
娘の朱里に、会いに行かなくては。青葉とも約束したのだから。
痛む体を必死に起こすと、体のあちこちが傷だらけだった。このまま眠っていたら、間違いなく天国行きだった。
「桃子が、守ってくれたんだな……」
ふらつきながら立ち上がると、ぽたぽたと血が流れ落ちていく。
「まず病院に行かないと……」
俺を守ってくれた桃子のためにも、生きていかなくては。生きて日本に戻るんだ。
日本に戻って朱里に会うことを心に決めた俺は、傷だらけの体を引きずるように必死に歩き続けた。
山で大怪我をした俺は、治療も含めて日本に帰ることになった。
十五年ぶりの日本。それは見知らぬ外国に来てしまったような、それでいて懐かしくてたまらないという不思議な感覚だった。
生まれ育った芹沢家に向かって、ゆっくり歩いていく。公園や家路の曲がり角、いろんなところで桃子との思い出が蘇る。苦しいことも悲しいことも、出会いも別れもあった。それでも輝いていた。もがくように必死に生きていた、青く眩しい時代。
切ない青春期を思い出したながらゆっくり歩き、芹沢家が近づいてくると、元気のいい女の子の声が聞こえてきた。
「おじさーん! 庭の花、咲いてる」
「本当だ。朱里が毎日水をやったからだな」
はにかむように、屈託なく笑う少女がいた。桃子の面影を色濃く残しながらも、昔の自分を少しだけ思い出すような雰囲気をもっていた。
ああ、桃子の娘がいる。光のような笑顔だった彼女が遺した大切な宝物。
愛くるしい笑顔の少女が、娘の朱里だと気付いた瞬間、視界が涙でぼやけてしまった。最近は心も枯れてしまったのか、涙なんて流さなかったのに。
「朱里……あんなに大きくなって」
幸せそうに青葉と語り合う朱里を見れば、どれだけ愛されて育ったかよくわかる。青葉と朱里、そして少し離れたところに俺がいる。
その瞬間、昔の光景がはっきりと脳裏に浮かんだ。青葉と俺、そして桃子を加えた三人で笑い合った懐かしいあの頃のことを。いつまでも続いてほしいと願った幸福な時間。
尊い時を最初に壊したのは、俺だった──。
思い出した瞬間、俺は錯覚してしまったのかもしれない。朱里があまりに桃子に似ていたから、眩しくて幸せだった時代に戻ってしまったように感じたんだ。
だからだろうか。朱里を目の前にしたとたん、俺は舞い上がって失敗してしまった。あの頃みたいに、ふざけた態度で朱里に接しようとした。そんなことを許してくれるのは、桃子だけだったのに。
父親らしくない態度に、俺はすっかり嫌われてしまったらしい。おまけに言葉が足りなくて、朱里を泣かせてしまった。もう許してくれないだろう。
でもそれでいいんだ。俺は決して許されないことをしたのだから。
けれど、さすがは桃子の娘だ。傷つき泣きながらも、逃げることなく俺に向き合おうとしてる。きらきらと輝く、まっすぐな視線は桃子とそっくりだ。
だから俺も、すべてを話そうと思う。
愚かで情けない俺だけれど、必死に生きてきたことを。
なぁ、桃子。いつか俺もそこへ行くことになる。
それまでどれだけ情けなくても惨めでも、何度過ちをおかしても、生きることをあきらめないよ。最後の瞬間まで、もがき苦しみながら生きていく。それが桃子への愛であり、恩返しだから。
懸命に生きぬいたら、俺にとびっきりの笑顔を見せてくれるかい? あの頃のように。
会いたいよ、桃子……。
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