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第三章 父と娘、蓉子の正体
父との再会
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台所で働くさちのところに、ぬらりひょんが音もなくやってきた。
「さち、壱郎から連絡があった。明日ここへ来るそうだ」
いよいよさちが、父である壱郎と再会する日がやってきたのだ。
厳しい顔で、さちを怒鳴りつけていた父親の姿が脳裏に浮かぶ。台所で朗らかに笑っていたさちの顔から、笑顔が消えていく。
「さち、大丈夫か?」
「大丈夫です、ぬらりひょん様。私の思いを、きちんと父にお伝えしたいと思っています」
「そうか……さちは強くなったな」
ぬらりひょんが眩しそうにさちを見つめている。さちも応えるように、可憐に微笑んだ。
「ぬらりひょん様のおかげです」
「わしは何もしとらん。おまえが自らを成長させたのだよ」
さちはもはや、何も知らない幼き少女ではなかった。おのれの運命に向き合える強さと勇気を身に付け始めていたのだ。
「ぬらりひょん様、父が明日来るのでしたら、父に作ってあげたいものがあります。作ってもよろしいでしょうか?」
「好きにせよ」
「ありがとうございます」
さちの目に、もはや怯えは感じられなかった。
「ところで、さち。壱郎に何を作ってやるつもりなのだ?」
「はい、栄養があって体も温まるシチューを作ってあげようと思っています。九桜院家での父は、いつも疲れた顔をしていましたから」
疲れからくる苛立ちなのか、父である壱郎は常に思いつめた顔をしていた。
ならばせめて、わずかな間だけでも疲れを癒してあげたい、とさちは秘かに思っていたのだ。
(思えば私も、お父様に娘として何かをしてさしあげたことは、一度もなかったわ……。いつも遠くから見ていることしかできなかったもの。きっとこれが最初で最後の親孝行になる……)
さちはおりんにもらった白いエプロンをつけると、シチュー作りにとりかかった。
**
翌日さちの父である九桜院壱郎が、ぬらりひょんの屋敷にやってきた。
「ご無沙汰しております。ぬらりひょん様」
ぬらりひょんの部屋へと通された壱郎は深々と頭を下げ、丁重に挨拶をする。
「久しいの、壱郎。おまえと会うのは何年ぶりか」
ぬらりひょんが九桜院家の当主である壱郎と最後に会ったのは、ずいぶん前のことだ。その時の壱郎はまだ若く、希望にあふれた目をしていた。
しかし今、目の前にいる壱郎は顔色が悪く、ひどくやつれている。歳を重ねたとはいえ、明らかに具合が悪そうだ。見た目の変貌ぶりに驚いたぬらりひょんであったが、あえて何もふれず、当たり障りのない挨拶をする。
「長らく御挨拶にも伺えず、誠に申し訳ございません」
「気にせずとも良い。それだけ仕事が忙しかったということであろう。家業は順調か」
「はい、おかげさまで何とかやっております」
思いつめたような表情から察するに、とても順調そうには思えなかったが、仕事のことはそれ以上何も言わなかった。どうやら、ふれてほしくないようだ。
「失礼致します。お茶をおもち致しました」
「来たか、さち」
さちがお茶を運びながら、ゆっくりと障子戸を開けた。やや緊張した面持ちで、ゆっくりと顔をあげる。
父である壱郎と目が合うと、その変貌にさちも驚いてしまった。
(旦那様、お痩せになった。どこか具合が悪いのかしら)
娘として事情を聞きたかったが、ろくに交流がなかった父と娘だけに、さちも何を話していいのかわからない。
助けを乞うように、ぬらりひょんの顔を見ると、任せておけ、とでも言うように軽く頷いた。
「実はさちがな、おまえのために料理を作っておるのだ。それを共にいただいてから話を……」
ぬらりひょんがそこまで話した時だった。
「そのことですが、ぬらりひょん様。勝手ながら、娘のさちを返していただきたいのです。今日はそのことでお願いに参りました」
それはあまりに不躾で唐突な申し出だった。
「さち、壱郎から連絡があった。明日ここへ来るそうだ」
いよいよさちが、父である壱郎と再会する日がやってきたのだ。
厳しい顔で、さちを怒鳴りつけていた父親の姿が脳裏に浮かぶ。台所で朗らかに笑っていたさちの顔から、笑顔が消えていく。
「さち、大丈夫か?」
「大丈夫です、ぬらりひょん様。私の思いを、きちんと父にお伝えしたいと思っています」
「そうか……さちは強くなったな」
ぬらりひょんが眩しそうにさちを見つめている。さちも応えるように、可憐に微笑んだ。
「ぬらりひょん様のおかげです」
「わしは何もしとらん。おまえが自らを成長させたのだよ」
さちはもはや、何も知らない幼き少女ではなかった。おのれの運命に向き合える強さと勇気を身に付け始めていたのだ。
「ぬらりひょん様、父が明日来るのでしたら、父に作ってあげたいものがあります。作ってもよろしいでしょうか?」
「好きにせよ」
「ありがとうございます」
さちの目に、もはや怯えは感じられなかった。
「ところで、さち。壱郎に何を作ってやるつもりなのだ?」
「はい、栄養があって体も温まるシチューを作ってあげようと思っています。九桜院家での父は、いつも疲れた顔をしていましたから」
疲れからくる苛立ちなのか、父である壱郎は常に思いつめた顔をしていた。
ならばせめて、わずかな間だけでも疲れを癒してあげたい、とさちは秘かに思っていたのだ。
(思えば私も、お父様に娘として何かをしてさしあげたことは、一度もなかったわ……。いつも遠くから見ていることしかできなかったもの。きっとこれが最初で最後の親孝行になる……)
さちはおりんにもらった白いエプロンをつけると、シチュー作りにとりかかった。
**
翌日さちの父である九桜院壱郎が、ぬらりひょんの屋敷にやってきた。
「ご無沙汰しております。ぬらりひょん様」
ぬらりひょんの部屋へと通された壱郎は深々と頭を下げ、丁重に挨拶をする。
「久しいの、壱郎。おまえと会うのは何年ぶりか」
ぬらりひょんが九桜院家の当主である壱郎と最後に会ったのは、ずいぶん前のことだ。その時の壱郎はまだ若く、希望にあふれた目をしていた。
しかし今、目の前にいる壱郎は顔色が悪く、ひどくやつれている。歳を重ねたとはいえ、明らかに具合が悪そうだ。見た目の変貌ぶりに驚いたぬらりひょんであったが、あえて何もふれず、当たり障りのない挨拶をする。
「長らく御挨拶にも伺えず、誠に申し訳ございません」
「気にせずとも良い。それだけ仕事が忙しかったということであろう。家業は順調か」
「はい、おかげさまで何とかやっております」
思いつめたような表情から察するに、とても順調そうには思えなかったが、仕事のことはそれ以上何も言わなかった。どうやら、ふれてほしくないようだ。
「失礼致します。お茶をおもち致しました」
「来たか、さち」
さちがお茶を運びながら、ゆっくりと障子戸を開けた。やや緊張した面持ちで、ゆっくりと顔をあげる。
父である壱郎と目が合うと、その変貌にさちも驚いてしまった。
(旦那様、お痩せになった。どこか具合が悪いのかしら)
娘として事情を聞きたかったが、ろくに交流がなかった父と娘だけに、さちも何を話していいのかわからない。
助けを乞うように、ぬらりひょんの顔を見ると、任せておけ、とでも言うように軽く頷いた。
「実はさちがな、おまえのために料理を作っておるのだ。それを共にいただいてから話を……」
ぬらりひょんがそこまで話した時だった。
「そのことですが、ぬらりひょん様。勝手ながら、娘のさちを返していただきたいのです。今日はそのことでお願いに参りました」
それはあまりに不躾で唐突な申し出だった。
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