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第二章 新たな生活とじゃがいも料理あらかると

さちとぬらりひょんの告白

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 ぬらりひょんは頭を下げるさちを、静かに見つめていた。ややあって、ぬらりひょんは突如、豪快に笑い始めた。

「ふはははは! さち、わしの負けだ!」
「ぬらりひょん様?」

 驚いたさちは顔をあげた。ぬらりひょんはなおも笑い続けている。その表情は晴れやかで、実に満足そうだった。

「どうやらわしは、おまえという人間を見誤っていたらしい。姿を変えれば、さちはわしを嫌い、この屋敷から出ていくと思っていた。しかし、そうではなかった」

 ぬらりひょんの言葉に、さちは凛とした表情で答える。

「さちはぬらりひょん様の見た目に惹かれてお慕いしているのではございません。ぬらりひょん様の優しさと器の大きさに惹かれたのです。もしも私が、見た目で判断する人間でしたら、とうにこの屋敷から逃げ出しております」

「それもそうだの。一つ目に油すまし、ろくろ首までおるのだからな」
「僭越ながら私は、人間の優しさや儚さ、その裏に潜む怖さを身を以て知っているつもりでございます。それゆえに人だけでなく、あやかしも見かけで判断してはならぬと思うのです」
「ふむ。その通りだな」

 ぬらりひょんはにやりと笑い、その場で腰を下ろした。

「さち、おまえを試すようなことをしてすまぬ。わしが短慮であった」

 ぬらりひょんはさちに向かって頭を下げた。その姿を見たさちは、慌てて止めようとする。

「ぬらりひょん様、私ごときに頭を下げるのはお止めくださいませ。さちはまだ世間や物事というものを知りません。ぬらりひょん様のお傍で少しずつ学んでいきたいのです。そして許されるならば」

 さちは言葉を止め、熱くなる体を感じながらやや下を向く。ぬらりひょんに惹かれる気持ちが強いほど、自分なんて……という思いも強くなる。九桜院家で怯えて泣いて、無理して笑った記憶がある限り、自分を卑下する感情は常にまとわりつくのだから。

(勇気を出すのよ、さち。自信をもてなくても、今ここで逃げたら何も変わらない。自分を変えられるのは、きっと私だけ)

劣等感から逃れられぬのなら、胸の中に抱いて生きていくしかない。さちは覚悟を決めて顔をあげた。

「許されるならば……さちはぬらりひょん様の、本当の妻となりたいです」
「そうか……」

 ぬらりひょんは腕を組み、目をつむった。しばし思案しているようだ。しばらくして目を開けると、さちを見て穏やかに微笑んだ。

「おまえの気持ちはよくわかった。わしもさちとのことを、今一度考えてみたいと思う。だがな、その前に二つ、さちに伝えねばならぬことがある。聞いてくれるか?」

 さちは静かにうなずいた。

「まずひとつ。わしたちあやかしはな、いずれ幽世に帰ることになるだろう。変わりゆく日本にあやかしはついていけないからだ。幽世は黄泉の国とも繋がる特別な世界。人が住まう場所ではない。できればわしは、さちを幽世に連れていきたくない。さちには人間の世界で幸せになってほしいからだ」

 ぬらりひょんの話に、さちはしばし考え込む。黄泉とも繋がる幽世なんて、さちには想像もできない。けれども、ひとつだけわかることがある。

「幽世のことは、私にはわかりません。けれどどんな世界であっても、ぬらりひょん様が行かれる場所なら、さちはお供したいです。ぬらりひょん様のお傍にいることが、私の望みですから」

 しっかりと気持ちを伝えたさちの姿に、ぬらりひょんは一瞬目を丸くしたが、やがて静かに微笑んだ。

「さちの思いはよくわかった。ではもうひとつ伝えよう。さちの父、壱郎のことだ」 
「だ、旦那様のこと、ですか……?」

 急に父親のことを言われ、さちの体はかたかたと震えだした。九桜院家での辛い生活が脳裏に浮かぶ。父である壱郎は、さちに父親らしいことは何ひとつしてくれなかった。

「怖いか、さち」
「も、申し訳ありません……」

 ぬらりひょんは立ち上がり、さちの目の前まで歩み出た。

「謝ることはない。おまえが九桜院家で使用人同然の生活をしていたことは、すでに知っておる。辛かったであろう? よくひとりで耐えたな」

 ぬらりひょんはさちの頭に手をやると、優しく撫でた。さちを思いやる言葉と手の温もり。さちは今にも泣きそうだった。

「さちは壱郎にもう会いたくないかもしれないが、わしはあやつに聞きたいことがいくつかある。何度文を送っても返事はなかったが、今日やっと返信があった。壱郎はここに来るそうだ」
「旦那様がここに来るのですか?」
「会いたくなければ会わなくてもよい。わしが対応するからな」

(旦那様……一度も父と呼べなかった、私のお父様)

 さちはぬらりひょんに頭を撫でられながら、静かに目を閉じた。

(九桜院家にいた時は、毎日生きるのに必死で、父が私にどれだけ冷たくても、疑問さえ感じなかった。でも今は……)

 さちは目を開け、ぬらりひょんの目をまっすぐ見つめた。そこにはもう怯えは感じられなかった。

「ぬらりひょん様、さちも旦那様、いえ、父に会ってみようと思います」
 
 父のことを思うと、今にも体が震えてくる。けれどさちには壱郎に、どうしても伝えたいことがあった。

「そうか、わかった。わしもおるから安心しなさい」
「はい、ありがとうございます」

 父の壱郎に会っても、何をどう話せばいいのか正直わからない。けれどこのまま目を背け続けるわけにはいかない気もしていた。

「あの、ぬらりひょん様、ひとつだけお願いしてもよろしいですか?」
「なんだ、さち。申してみよ」
「あの、今晩はぬらりひょん様のお部屋で休んでもよろしいでしょうか……? ただおそばにいるだけで十分ですので……」

 ぬらりひょんは優しく微笑み、頷いた。
 さちの顔が、ぱっと輝いた。



 さちはその後、全てに満たされたような表情で、こてんと寝てしまった。晩餐会の準備と片付け、ぬらりひょんへの告白を終えて、すべての力を使い果たしてしまったのだろう。
 ぬらりひょんは眠るさちに掛け布団をかけてやりながら、自らは冷めきったほうじ茶をすすった。

「人とは不思議なものよのぅ。時に我らあやかしには到底できないことをなしとげたり、思いもよらない強さを見せたりする。実に面白い。はたして人間とあやかしは、どこへ向かっていくのか……」

 ぬらりひょんのひとり言は月夜に溶け込み、さちの眠りを静かに見守ったのだった。
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