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第一章 男装陰陽師と鬼の皇帝

華やかなる妃たち

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「陛下! いらしていたのですね!」

 甲高い女性の声が響いた。
 声の主は、きらびやかな衣装をまとった美しい女性たちだった。遠目でもわかるほど、まばゆく光る金や宝玉を身につけていることから、高貴な身分であることがうかがえる。背後に多くの女官たちを引き連れ、雷烈に向かって優雅に歩を進めてくる。
 雷烈のすぐ近くまで来ると、二人の女性が一歩前に進み、うやうやしく挨拶をした。

「陛下、栄貴妃えいきひがご挨拶申し上げますわ」
「陛下、琳淑妃りんしゅくひがご挨拶申し上げます」

 二人の妃が丁重に挨拶をすると、あでやかな花が咲いたかのようだ。

(栄貴妃様と琳淑妃様……たしか後宮妃の中でも身分の高い方々だ)

 後宮内の詳しい序列までは星にはわからなかったが、栄貴妃と琳淑妃は高貴なお妃様であることだけは理解できた。急いで雷烈から数歩後ろに下がると、膝をついて頭を下げた。

 皇帝への挨拶の後に顔をあげた栄貴妃は、花の香りを漂わせる艶やかな美女だ。白い肌と豊満な胸元を見せつけるような装いが大人の女性の色香を漂わせている。

 栄貴妃の横に立つ琳淑妃は、清楚な美貌が目を引くしとやかな美人だ。身に着けている装飾品は少なく、栄貴妃よりやや地味だが、それがかえって琳淑妃の楚々とした美しさを際立たせている。

「陛下、なかなか来てくださらないんですもの。陛下をもてなす準備も万全ですのに」

 うるんだ瞳で雷烈に甘えようとする栄貴妃は、ぞくりとするほど美しい。普通の男なら、すぐにその手を取っただろう。
 だが雷烈はまったく表情を変えていなかった。

「すまぬな、栄貴妃。政務が忙しい上に、妃たちが次々と病で倒れているので、その対応におわれているのだ」
「病で陛下をお迎えできない妃は生家に送り返すか、冷宮に送ってしまえばいいのですわ」

 にこやかに微笑みながら、おそろしいことをさらりと言う栄貴妃だった。華やかな美女だが、自分以外の女性には冷酷らしい。

「縁あって庸国の後宮に入った妃たちだ。そうもいくまい。それよりそなたは何の問題もないのか?」
「はい。おかげさまで。いつでも陛下をお待ちいたしております」

 栄貴妃に何も問題がないことを確認すると、雷烈は横に立つ琳淑妃に声をかけた。

「琳淑妃、出迎えごくろう。だがなぜ朕が後宮に来たことを知ったのだ? 誰にも報せなかったはずだが」

 琳淑妃は優美に微笑み、静かに答えた。

「おそれながら申し上げます。栄貴妃様と共に散歩しておりましたら、陛下の御姿が見えたと栄貴妃様がおっしゃられまして。報せもなく陛下が来られるはずないと思ったのですが、栄貴妃様の進まれた先に陛下がいらしたのですわ」
「そうか。では偶然会ったということだな」
「はい、そのようになるかと存じます」

 自分以外の女性と雷烈が話しているのが気に食わないのか、栄貴妃が横から口を挟む。

「わたくしは陛下を心からお慕いしておりますもの。陛下が来られるとすぐにわかるのですわ。女の直感というものですのよ」

 誇らしげに語る栄貴妃は、勘が鋭い女性のようだ。女の直感がどれほどのものかはわからないが、皇帝を恋い慕う気持ちは本物なのだろう。

「それより陛下、ここでお会いできたのも何かの縁。今晩はぜひわたくしの宮殿へおいでくださいませ。美味な食事でおもてなしさせていただきますわ」
「申し出はありがたいが、今は政務を優先させたいのだ」
「御政務がお忙しいのは理解しております。だからこそ陛下を癒してさしあげたいのですわ」
「気持ちだけ受け取っておこう」

 今晩の約束をとりつけられなかったからか、栄貴妃は不機嫌そうに口をとがらせた。拗ねる様子さえ、うっとりするほど艶めかしい。
 ふてくされながら、雷烈の後ろに視線を向けた栄貴妃は、後方に控える星を目ざとく発見した。

「ところで陛下。あそこにいる貧相な男が和国から来た陰陽師とやらですか?」
「そうだ。朕が招いたのだ」
「おかしな服装をしてますけど、あれは正真正銘の男でしょう? 男を後宮に入れるのでしたら、宦官にしてしまいませんと。陛下はお優しいから命じられないのですね。わたくしが代わりに言ってやりますわ。あなたたち、そこの陰陽師をさっさと宦官にしておしまい!」

 気品ある佇まいで残酷な刑罰を命じた栄貴妃に、星は血の気が引くのを感じた。
 脇に控えていた宦官たちが一斉に星の肩を掴みにかかる。男であることを捨てた者たちとはいえ、力は成人の男性と変わらず、星はあっさりと宦官たちに取り押さえられてしまった。

「やめよ! ただちにその手を離せ」

 ひと際大きな声で制止したのは、皇帝雷烈であった。 

「陰陽師天御門星は、皇帝である朕が和国より呼び寄せた客人であるぞ。にもかかわらず、朕の許可なく勝手に捕らえるとは何事か!」

 咆哮ほうこうかと思うほどの雷烈の怒声に、星を捕らえていた宦官たちは震えあがった。すぐに手を離し、その場で叩頭こうとうした。
 目の前で怒鳴られた栄貴妃も腰を抜かすほど驚いたようで、力なくしゃがみこんでしまった。

 衝撃をうけたのは星も同じで、雷烈の迫力に体がぴくりとも動かなくなった。
 誰もが恐怖で震えていることに気づいたのか、雷烈はこほんと咳ばらいをした。

「すまぬ。つい大きな声をだしてしまった。少し疲れているようだ。栄貴妃も琳淑妃も宮殿に戻って休むがいい。後日必ず行くと約束しよう」

 青ざめた栄貴妃は声を発することもなく、こくこくと頷いた。琳淑妃が栄貴妃を支えるように手を添えている。栄貴妃は琳淑妃と女官たちに支えられ、自分の宮殿へと戻っていった。

「天御門星、そなたにも寝所を用意させるゆえ、今宵はゆっくり休むように。ところで先ほど朕に何か聞きたいことがあったようだが」

 雷烈に名を呼ばれたからか、星はどうにか体が動かせるようになった。
 だが今この状況で皇帝に、「あなたは鬼ですか?」などと聞けるはずもなかった。

「い、いえ。何でもござい、ましぇん」

 慌てて顔を左右に振り、必死にその場をごまかした。

(陛下があれほど怒るなんて。本気で怒らせたら、とても怖い方なのだ)

 皇帝が鬼であるかどうかなど、とても聞けそうになかった。鬼だと指摘したとたん、怒り狂ってその場で食われてしまいそうだ。

「では寝所に案内させるゆえ、ゆっくり休んでほしい」
「ありがとう、ごじゃいます」

 宮女に案内された寝所は、こじんまりとしていたが清潔感があった。ひとりになると、体がひどく疲れているのを実感した。

「今日は緊張の連続だったものね……。少しだけ休もう。えっと、ここで寝ればいいのかな」

 細長い台の上で休むのは初めての経験だったが、横になってしばらくすると眠くなってしまった。

「熟睡は危ない……気をつけない、と……」

 言葉も不慣れな庸国で深く眠るのは危険だとわかっていたが、疲れた体では睡魔に勝てそうもない。星はゆっくりと眠りに落ちていった。
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