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最終章
迷い
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「父上、どうされたのですか!?」
「お義父様!」
私達の呼びかけに応えることもなく、父である水神は完全に意識を失っていた。
「楓、私が父を運ぶから床を用意してくれ!」
「わかったわ!」
私達の住まいに、手早く来客用の布団を敷き、横になれる場所を準備した。
そこへ信さんが義父を横抱きにして連れてくると、そっと布団にその体を横たえる。
父である水神は驚くほど青白い顔をしていて、かなり具合が悪く見えた。
「ど、どうすればいいのだ!」
突然倒れた父の姿に混乱したのか、信さんはおろおろしながら、不安そうに頭を抱えている。
「信さん、落ち着いて。椿さんを呼びましょう。医者である彼女なら、何かわかるかも」
「そ、そうだな。そうしよう、わたしが呼びにいこう」
その時だった。
「人を呼ぶ必要はない。心配をかけてすまなかった」
意識を取り戻したのか、横になったままの水神が目を開けていた。
「父上! 大丈夫ですか?」
「このところ疲れが取れなくてな。たまにこうなるのだ。だが、しばらく休めば大丈夫だ」
言葉では大丈夫と言うものの、その顔色は悪く、とても大丈夫とは思えなかった。
「先程の話だが、ひとつ伝え忘れたことがある」
義父は青白い顔をしたまま、ゆっくりと視線を私に向け、話し始めた。
「楓、そなたのことだ。そなたが望むなら、その身を神格化して、信と共に長き時を生きられるようにしてやることもできるが、どうする? そうすれは信の帰りを待つことも苦ではなくなるだろう」
驚いた私は、信さんと顔を見合わせた。
私が神格化……? どういう意味だろう?
「私が神格化とは、人間ではなくなるということですか?」
「そうだ。神の座までつけてやることはできぬが、神と同じ神体にすることは可能だ。神体となれば、永遠の命ではないが、人よりずっと長き時を生きられる」
長き時を生きられるようになれば、信さんが水神となって私のそばを離れるようになっても、その帰りをずっと待つことができる。でもその代わり、私は人間ではなくなることを意味しているということだ。
「楓にとっても突然の話だろうから、今すぐ決めることはない。信とよく話し合い、しっかり考えてから決断しなさい」
私が人間ではなくなる。でもそうすれば、私は長き時を信さんと帰りを待ちながら、共に生きられるのだ。
突然の申し出に、私の頭はさらに混乱していった。
※
「楓、大丈夫か?」
夫が心配そうに私を見つめている。優しい微笑みが嬉しかったが、信さんの顔色もあまり良くなく、正直大丈夫そうには思えなかった。
「私は大丈夫。信さんこそ大丈夫?」
「大丈夫、と言いたいところだが、いろいろあったから少し疲れた、というのが正直なところだな」
「ふふ、珍しく正直に言うのね。でも、私も少し疲れちゃった……」
「では今晩は早めに休もう。話し合いはまた明日にしよう」
「そうね、そうしましょう」
結論を先送りしても良いことはないとわかってはいたが、その日はまずは体と心を休めたかった。
信さんの父である水神が倒れた後、しばし休んでから、竜の姿へ戻って空へ帰っていった。
私たちに「ゆっくり考えなさい」という言葉を残して。
その晩は早めに床を用意して、二人並んで布団に入った。手はしっかりと繋いだままだ。疲れているのに、目が冴えていて眠れない。それは信さんも同じようで、もぞもぞと体を動かしている。そんな夫を可愛らしく思いながら、そっと話しかけてみた。
「お義父様は、体の具合があまり良くないのね……」
小声だったが、やはり信さんは眠っていたようで、すぐに反応があった。
「おそらくそうだろうな……。だからわたしに水神の位を明け渡したいのだろう。母が亡くなってからは心を閉ざしておられた気がするから、そのことも御身体を蝕んでいたのかもしれない」
「そう……」
義父は妻であったハナさんを失くしてから、誰とも婚姻関係を結んでいないという。それほど彼女を愛していたのだと思うと心が痛む。
信さんは私の体を引き寄せると、毛布でつつみこみ、そっと抱きしめてくれた。
「今晩はあまり眠れないかもしれないが、お互い疲れている。できるだけ眠るようにしよう」
「ええ、信さん……」
明日も早朝から起きて、いつも通り、みなも荘の掃除をしよう。考えなくてはいけないことはたくさんあるが、あえて日常を大切にしたかった。
信さんにできるだけ体を寄せながら、目を閉じた。眠れる気がしないが、今晩だけは何も考えずに休もう。
私たちは体を寄せ合いながら、静かに眠りについた。耳に優しく響く、湖のせせらぎを聞きながら、少しずつまどろんでいった。
「お義父様!」
私達の呼びかけに応えることもなく、父である水神は完全に意識を失っていた。
「楓、私が父を運ぶから床を用意してくれ!」
「わかったわ!」
私達の住まいに、手早く来客用の布団を敷き、横になれる場所を準備した。
そこへ信さんが義父を横抱きにして連れてくると、そっと布団にその体を横たえる。
父である水神は驚くほど青白い顔をしていて、かなり具合が悪く見えた。
「ど、どうすればいいのだ!」
突然倒れた父の姿に混乱したのか、信さんはおろおろしながら、不安そうに頭を抱えている。
「信さん、落ち着いて。椿さんを呼びましょう。医者である彼女なら、何かわかるかも」
「そ、そうだな。そうしよう、わたしが呼びにいこう」
その時だった。
「人を呼ぶ必要はない。心配をかけてすまなかった」
意識を取り戻したのか、横になったままの水神が目を開けていた。
「父上! 大丈夫ですか?」
「このところ疲れが取れなくてな。たまにこうなるのだ。だが、しばらく休めば大丈夫だ」
言葉では大丈夫と言うものの、その顔色は悪く、とても大丈夫とは思えなかった。
「先程の話だが、ひとつ伝え忘れたことがある」
義父は青白い顔をしたまま、ゆっくりと視線を私に向け、話し始めた。
「楓、そなたのことだ。そなたが望むなら、その身を神格化して、信と共に長き時を生きられるようにしてやることもできるが、どうする? そうすれは信の帰りを待つことも苦ではなくなるだろう」
驚いた私は、信さんと顔を見合わせた。
私が神格化……? どういう意味だろう?
「私が神格化とは、人間ではなくなるということですか?」
「そうだ。神の座までつけてやることはできぬが、神と同じ神体にすることは可能だ。神体となれば、永遠の命ではないが、人よりずっと長き時を生きられる」
長き時を生きられるようになれば、信さんが水神となって私のそばを離れるようになっても、その帰りをずっと待つことができる。でもその代わり、私は人間ではなくなることを意味しているということだ。
「楓にとっても突然の話だろうから、今すぐ決めることはない。信とよく話し合い、しっかり考えてから決断しなさい」
私が人間ではなくなる。でもそうすれば、私は長き時を信さんと帰りを待ちながら、共に生きられるのだ。
突然の申し出に、私の頭はさらに混乱していった。
※
「楓、大丈夫か?」
夫が心配そうに私を見つめている。優しい微笑みが嬉しかったが、信さんの顔色もあまり良くなく、正直大丈夫そうには思えなかった。
「私は大丈夫。信さんこそ大丈夫?」
「大丈夫、と言いたいところだが、いろいろあったから少し疲れた、というのが正直なところだな」
「ふふ、珍しく正直に言うのね。でも、私も少し疲れちゃった……」
「では今晩は早めに休もう。話し合いはまた明日にしよう」
「そうね、そうしましょう」
結論を先送りしても良いことはないとわかってはいたが、その日はまずは体と心を休めたかった。
信さんの父である水神が倒れた後、しばし休んでから、竜の姿へ戻って空へ帰っていった。
私たちに「ゆっくり考えなさい」という言葉を残して。
その晩は早めに床を用意して、二人並んで布団に入った。手はしっかりと繋いだままだ。疲れているのに、目が冴えていて眠れない。それは信さんも同じようで、もぞもぞと体を動かしている。そんな夫を可愛らしく思いながら、そっと話しかけてみた。
「お義父様は、体の具合があまり良くないのね……」
小声だったが、やはり信さんは眠っていたようで、すぐに反応があった。
「おそらくそうだろうな……。だからわたしに水神の位を明け渡したいのだろう。母が亡くなってからは心を閉ざしておられた気がするから、そのことも御身体を蝕んでいたのかもしれない」
「そう……」
義父は妻であったハナさんを失くしてから、誰とも婚姻関係を結んでいないという。それほど彼女を愛していたのだと思うと心が痛む。
信さんは私の体を引き寄せると、毛布でつつみこみ、そっと抱きしめてくれた。
「今晩はあまり眠れないかもしれないが、お互い疲れている。できるだけ眠るようにしよう」
「ええ、信さん……」
明日も早朝から起きて、いつも通り、みなも荘の掃除をしよう。考えなくてはいけないことはたくさんあるが、あえて日常を大切にしたかった。
信さんにできるだけ体を寄せながら、目を閉じた。眠れる気がしないが、今晩だけは何も考えずに休もう。
私たちは体を寄せ合いながら、静かに眠りについた。耳に優しく響く、湖のせせらぎを聞きながら、少しずつまどろんでいった。
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