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第三章
恋バナ4 椿と光摩
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「さてと……最後は私ね」
椿さんは首をぐりぐりと回し、肩をくいっとあげて、こきこきと鳴らしている。恋バナを語る女性というより、一仕事始めるサラリーマンみたいだ。
「私、女子力皆無だから、こういう話はあまり得意じゃないの。だから、さくさく話をさせてもらうわね。じゃ、始めます。あれは、ある夜のことよ……」
特に感慨もないといった様子で、さっさと話を始める椿さんに、自然と私達の視線が集中する。
「ある晩のことよ。仕事を終えた帰り、一杯飲んで行こうと飲み屋に行ったの。そしたら、馴染みの店が休みでね。仕方なく他の店を探したんだけど、適当な店がなくて、困ってしまって。そしたら、こんなところに道があったっけ? ってところから、賑やかな声が聞こえるの。繁盛してる店のようだから、そこへ行こうと思って、見知らぬ路地を奥まで進んだ。見つけた店の扉を開けたら、確かに店は繁盛していたわ。たくさんの人がいたからね。でも私が扉を開けた途端、ぴたっと声が止まったの」
何やら不思議なお店だ。私なら、ひとりでそんなところに行けないけど、ためらうことなく入っていける椿さんが少し格好良かった。
「店の客たちがね、ゴニョゴニョ言ってるの。『人間の女だ、ひとりだそ』、『よくもまぁ、女ひとりでこんなところに来れるな』とか言ってるわけ。なんか女ってことでバカにされてる? って思ったら、むかっとしてね。そのまま店の中を突き進んで、カウンターにどかっと座ってやったの」
椿さん、オトコらしい……じゃない、なんて勇ましい女性なんだろう。
「カウンターに座ったら、隣に妙に顔の整った男がいてね、そいつがニヤニヤしながら私を見てた。さらにいらっとしたから、大きな声で注文してやった。『芋焼酎と焼き鳥!』って。出された料理とお酒はどれも美味しかったわ。最初は少し戸惑ってた店の店員たちも、私がよく飲むタイプと知ると、他の客と変わることなく対応してくれた。でも隣の男だけが、あいかわらずニヤついてるの。そしたら、話かけてくるわけよ、『お姉さん、いい飲みっぷりだね。もし良かったから、どっちがたくさん飲めるか競わないか? 負けたほうがおごるってことで』って誘われた。私が負けると思っていたみたいだから、その勝負受けてやったわ」
それって一歩間違えば、大変なことになるのでは……? 私達は固唾を呑んで、話の続きを待った。
「それで、お酒の競い合いの結果はどうなったの?」
優花さんが前のめりで話の続きを促す。
優花さん、恋バナ好きの乙女な女性かと思ってたけど、面白そうな話は何でも好きなのかもしれない。
「勝ったわよ、当然じゃない。自慢じゃないけど、うちの家系は代々酒豪でね、そこいらの男にそうそう負けないわよ」
さも当然と言わんばかりに、椿さんはけろっとした顔で話す。椿さん、見た目は眼鏡をかけた知的なインテリ美人女性といった感じだけど、その実態はおっさんというか、だいぶ男勝りな女性らしい。
それにしてもお酒に強くて、お菓子もバリバリ食べるのに体は細身って、どんな身体構造をしてるんだろう? ちょっとうらやましくなってしまう。
「隣の男は完全にダウンしてたから、ほっといて帰ろうと思ったけど、私も医者だからそのままにはしておけなくて。仕方なく肩で担いで家まで連れてってやろうと思ったの。ふらつく男を担ぎながら、夜道を歩いていたら、これまた見知らぬ森の中を指し示すじゃない。ははーん、これは何か魂胆があるなと思ったけど、これでも私は合気道の有段者だし、最後まで付き合ってやるか、って思ったわけ。そしたら、森の中に着いた途端、へべれけだった男が突然体を起こしたの。驚いてたら、ふわりと夜空を飛ぶじゃない。びっくりしたら、男の背中に黒い翼が見えるのよ。最初は幻覚でも見てるかと思ったけど、何度確認してもしっかり見えるのよね」
話がだんだんと、妖しくなってきた。
「男は羽ばたきながら言うのよ。『俺は烏天狗の光摩。女、俺に酒で勝っただけでなく、力も強いときた。気に入ったぞ、俺の嫁にならんか?』って」
すごい、椿さん。烏天狗に見初められたらしい。お酒飲んでたら天狗に気に入られるって、椿さんらしい惚れられ方かも。
「きっぱり言ってやったわ。『お断り!』って」
両手を組み、平然と言ってのける。
「え、断ったんですか?」
「あたりまえじゃない。女と酒の競い合いをして、その女に惚れる男なんて、ろくでもないわ。そこは人間だろうが、あやかしだろうが同じよ」
まさにけんもほろろ、天下の烏天狗もかたなしだ。さすが椿さん、一切ぶれてない。
「そしたらはた目にもわかるほど、しょんぼりするじゃない。仕方なくこう言ったわ。『私が欲しかったら、私が惚れられる男になってみなさいよ。言っとくけど、私はそこいらの男に惚れないわよ。スケールがでかくて、一途な男が好きだから』って。適当に断りたかっただけなんだけどね。そしたら、『わかった。おまえの理想の男になって、必ず迎えに行く』って言うの。それから数年間、姿を見せなかったから、あれはお酒が見せたまぼろしだと思ってた」
烏天狗の光摩さんは、椿さんのために何をしたのだろう?
椿さんは首をぐりぐりと回し、肩をくいっとあげて、こきこきと鳴らしている。恋バナを語る女性というより、一仕事始めるサラリーマンみたいだ。
「私、女子力皆無だから、こういう話はあまり得意じゃないの。だから、さくさく話をさせてもらうわね。じゃ、始めます。あれは、ある夜のことよ……」
特に感慨もないといった様子で、さっさと話を始める椿さんに、自然と私達の視線が集中する。
「ある晩のことよ。仕事を終えた帰り、一杯飲んで行こうと飲み屋に行ったの。そしたら、馴染みの店が休みでね。仕方なく他の店を探したんだけど、適当な店がなくて、困ってしまって。そしたら、こんなところに道があったっけ? ってところから、賑やかな声が聞こえるの。繁盛してる店のようだから、そこへ行こうと思って、見知らぬ路地を奥まで進んだ。見つけた店の扉を開けたら、確かに店は繁盛していたわ。たくさんの人がいたからね。でも私が扉を開けた途端、ぴたっと声が止まったの」
何やら不思議なお店だ。私なら、ひとりでそんなところに行けないけど、ためらうことなく入っていける椿さんが少し格好良かった。
「店の客たちがね、ゴニョゴニョ言ってるの。『人間の女だ、ひとりだそ』、『よくもまぁ、女ひとりでこんなところに来れるな』とか言ってるわけ。なんか女ってことでバカにされてる? って思ったら、むかっとしてね。そのまま店の中を突き進んで、カウンターにどかっと座ってやったの」
椿さん、オトコらしい……じゃない、なんて勇ましい女性なんだろう。
「カウンターに座ったら、隣に妙に顔の整った男がいてね、そいつがニヤニヤしながら私を見てた。さらにいらっとしたから、大きな声で注文してやった。『芋焼酎と焼き鳥!』って。出された料理とお酒はどれも美味しかったわ。最初は少し戸惑ってた店の店員たちも、私がよく飲むタイプと知ると、他の客と変わることなく対応してくれた。でも隣の男だけが、あいかわらずニヤついてるの。そしたら、話かけてくるわけよ、『お姉さん、いい飲みっぷりだね。もし良かったから、どっちがたくさん飲めるか競わないか? 負けたほうがおごるってことで』って誘われた。私が負けると思っていたみたいだから、その勝負受けてやったわ」
それって一歩間違えば、大変なことになるのでは……? 私達は固唾を呑んで、話の続きを待った。
「それで、お酒の競い合いの結果はどうなったの?」
優花さんが前のめりで話の続きを促す。
優花さん、恋バナ好きの乙女な女性かと思ってたけど、面白そうな話は何でも好きなのかもしれない。
「勝ったわよ、当然じゃない。自慢じゃないけど、うちの家系は代々酒豪でね、そこいらの男にそうそう負けないわよ」
さも当然と言わんばかりに、椿さんはけろっとした顔で話す。椿さん、見た目は眼鏡をかけた知的なインテリ美人女性といった感じだけど、その実態はおっさんというか、だいぶ男勝りな女性らしい。
それにしてもお酒に強くて、お菓子もバリバリ食べるのに体は細身って、どんな身体構造をしてるんだろう? ちょっとうらやましくなってしまう。
「隣の男は完全にダウンしてたから、ほっといて帰ろうと思ったけど、私も医者だからそのままにはしておけなくて。仕方なく肩で担いで家まで連れてってやろうと思ったの。ふらつく男を担ぎながら、夜道を歩いていたら、これまた見知らぬ森の中を指し示すじゃない。ははーん、これは何か魂胆があるなと思ったけど、これでも私は合気道の有段者だし、最後まで付き合ってやるか、って思ったわけ。そしたら、森の中に着いた途端、へべれけだった男が突然体を起こしたの。驚いてたら、ふわりと夜空を飛ぶじゃない。びっくりしたら、男の背中に黒い翼が見えるのよ。最初は幻覚でも見てるかと思ったけど、何度確認してもしっかり見えるのよね」
話がだんだんと、妖しくなってきた。
「男は羽ばたきながら言うのよ。『俺は烏天狗の光摩。女、俺に酒で勝っただけでなく、力も強いときた。気に入ったぞ、俺の嫁にならんか?』って」
すごい、椿さん。烏天狗に見初められたらしい。お酒飲んでたら天狗に気に入られるって、椿さんらしい惚れられ方かも。
「きっぱり言ってやったわ。『お断り!』って」
両手を組み、平然と言ってのける。
「え、断ったんですか?」
「あたりまえじゃない。女と酒の競い合いをして、その女に惚れる男なんて、ろくでもないわ。そこは人間だろうが、あやかしだろうが同じよ」
まさにけんもほろろ、天下の烏天狗もかたなしだ。さすが椿さん、一切ぶれてない。
「そしたらはた目にもわかるほど、しょんぼりするじゃない。仕方なくこう言ったわ。『私が欲しかったら、私が惚れられる男になってみなさいよ。言っとくけど、私はそこいらの男に惚れないわよ。スケールがでかくて、一途な男が好きだから』って。適当に断りたかっただけなんだけどね。そしたら、『わかった。おまえの理想の男になって、必ず迎えに行く』って言うの。それから数年間、姿を見せなかったから、あれはお酒が見せたまぼろしだと思ってた」
烏天狗の光摩さんは、椿さんのために何をしたのだろう?
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