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第一章

封印された記憶

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 信さんの顔からすっと笑みが消え、真剣な顔付きになった。

「今こそ全てを話すとき、いや、共に見てもらったほうが早いか」
「え、見る? どういうことですか?」

 彼の言葉の意味がわからず、そのまま聞き返してしまった。

「楓の記憶を封印した理由は、わたしの父も絡んでいる。父は人ではない。父の正体も含め、長々と言葉で説明するよりも、水の鏡で全てを見てもらったほうがわかりやすかろう。楓、わたしと共に来てほしい」

 信さんは#颯爽__さっそう_#と立ち上がり、すらりとした長身に長い銀髪を揺らしながら私の側まで歩み寄ってきた。

「楓、手を」

 少し戸惑ったが、彼の優しい微笑みに全てを委ねることにした。信さんの白い手は少しひんやりとしていて、彼もまた人ではないのかもしれないと思わせる。それでも幼き頃の思い出と、今日私に見せてくれた素顔だけで十分だ。信さんを信じよう。
 信さんは昌さんに休んで待っているよう指示してから、私を伴い、お座敷を出る。
 連れて行かれた場所は、お屋敷を守るようにせせらぐ大きな池だった。

「この池はな、わたしが作った神域と繋がっている。そこにはわたしが作りたかったものがある。到着するまでに、水を通してそなたに見せよう、わたしと父の正体、そして悲しき過去を。それを見れば、記憶を封印した理由もわかるだろう。楓、わたしを信じてついてきてくるか? 怖いなら無理強いしない。どうするか選んでほしい」

 このお屋敷以上に未知の場所へ、私を誘うという。無理に連れていかず、私に選ばせるところに彼の優しさを感じた。ならば私も、その優しさに応えよう。

「信さんを信じます、連れていってください」
「ありがとう、楓。では共に参ろう」

 爽やかな微笑みを浮かべた信さんに見惚れた瞬間、彼は私の腰に手を回し、一気に抱きかかえた。

「し、信さんっ!?」

 突然抱きあげられ、美しい彼の顔とたくましい体を感じて、恥ずかしくなってしまう。思わずもがいた私に、信さんがさとすように優しく声をかける。

「じっとしていてくれ、楓。このほうがそなたを守りやすいのだ」
「わ、わかりました……」

 熱くなる顔をごまかすように、少しだけ顔を背ける。それでも信さんからは私の赤い顔が見えてしまうだろう。少し恥ずかしかった。

「では行くぞ、楓」
「はい」

 返事をした途端、私を抱きかかえた信さんの体はふわりと池に飛び込み、そのまま共に深く沈んでいった。
いきなり水の中だなんて。泳ぎは得意じゃないのに。
 驚いた私は目と口をぎゅっと閉じ、息を止めた。

「楓、大丈夫だ。わたしの側にいれば呼吸はできる。だから目を開けて」

 混乱する私をなだめるように、信さんは優しく耳元でささやいた。
 ゆっくり目を開けると、そこは確かに水の中だった。けれど不思議なことに、苦しくない。息もできる。目がやや慣れてくると、私と信さんの周りは透明の球体のようなもので守られていた。水の冷たさも感じない。

「信さん、これは……」
「楓にわかりやすく言えば、わたしが造り出した結界というところかな。水を通して力を発揮できるのでね。ここに連れてきたのは、楓に見てほしかったからだ、わたしが生まれた理由を、楓がわたしとの記憶を失った理由を。わたしのことを信じてくれるなら、見えてくるはずだよ。心を落ち着けて見てごらん」

 彼を信じる……? 信さんの正体はよくわからないけど、悪い人じゃないことはよくわかっている。照れ屋で、少し見栄っぱりで、でも優しい人。再会したばかりだけど、信さんに惹かれ始めてる。
 大丈夫、私は信じられる、彼のことを。信さんの言う通りにしてみよう。
水の中で、目を凝らして見てみる。私達を守る透明の球体の表面が、きらりと光った。光の中に、少しずつ何かが見えてくる。それはちょうど映画のスクリーンのように、見たことのない映像を映し出していく。
 映像の中に、ひとりの女性が現れた。簡素な着物を着た女性で、豊かな黒髪を後ろでひとつにまとめている。それはテレビの時代劇に出てくる、素朴な村娘のような姿だった。

「信さん、見える、見えるわ。着物を着た女性よ。この人は誰?」

 顔をあげると、信さんの顔がすぐそこにあった。懐かしむように、少し悲しげな表情で着物の女性を見ている。

「このひとは、わたしの母親だ。母は普通の人間だったのだよ」

 彼の声はわずかに、かすれていた。


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