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第一章
懐かしい場所へ
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木々の間を走り抜けると、そこはもう別世界だった。射し込んだ光が、温かく私を迎えてくれる──。
「わぁ。懐かしい……」
大好きだった両親を失い、新しい場所でも馴染めず、泣いてばかりだった幼い私を受け入れてくれた場所。懐かしい『水ノ森神社』。
神社には寄り添うように小さな湖があり、そこに水神の化身が棲んでいるという。この地域では昔から湖の水神が人々を守ってくれると信じられていた。信仰と祈りの場所でもあるのだ。
けれど今、人々はこの神社と湖に来ることはほとんどなくなってしまった。近づくものは祟られると言われているからだ。時を経て、神聖な場所はたたりを呼ぶ場所へと変化していったらしい。
そんな事情があることなど知らなかった幼い私には、ここはひとりになるのにちょうどいい場所だった。
「ここでよく泣いたっけ……」
大声で泣くと誰かに気づかれてしまうから、膝を抱え、顔を押し付けるようにして泣いていたことを覚えている。
当時の伯父さんたちも私にどう接していいのかわからなかったようで、食事の時以外はそっとしておいてくれた。
それはありがたかったけど、反面寂しくもあり、荒ぶる感情にどう向き合えばいいのかわからなかった。だから、ひとりで泣いた。 ひとしきり泣くと、湖をそっと覗き込む。
「そうそう、この湖。泣いてから覗くと不思議と気持ちが落ち着いたんだよね……」
湖は鏡のように、私の心を優しく映し出し、つつみこんでくれた。いつまでも泣いてちゃだめだよ、って語りかけられているようだった。
「ふふ。本当に懐かしい」
湖から顔を上げると、風が吹き込み、私の髪をふわりと舞い上げた。その瞬間、脳裏に浮かんだのは私と同じように泣いていた少年の姿。着物を着た美しい少年だった。
『もしもまた出会えたら……するからね?』
少年の姿と一緒に、彼の言葉もぼんやりと思い出す。
「そうよ、ここであの子と出会ったんだ。あれ、でも何を約束したんだっけ?」
必死で思い出そうとしても、なぜか思い出せない。思い出そうとすればするほど、悲しくて泣いていたばかりいた記憶が蘇り、頭が痛くなってくる。辛くなってしまった自分を慰めるように、頭を撫でた。
「思い出せないってことは、本当の記憶じゃなくて、幻影か何かを私が創り出していたのかもね。子供の頃って、そういうことあるって聞くし」
「幻でなければ、鬼っ子? はたまた妖怪変化?」
くすりと笑った。なんだか無性におかしく思えてしまったからだ。
「子供の頃は想像力豊かだもんね、幻覚を本当のことと思ったりもするよね」
自らを納得させるように呟いた。風が心地良く私の頬を撫でる。
「懐かしい場所に来れたからかな。ちょっと元気出たみたい」
これからまた頑張らないと。一人暮らしできるアパートを見つけ、職探しをしなくてはいけないのだから。
「とりあえず今日のところは、どこかの宿に泊まらせてもらおうかな」
決意も新たに身を翻すと、視界に小柄なおばあさんの姿が目に入った。大きな荷物を背中に背負い、ひょこひょこと足を引きずるように歩いている。見るからに辛そうだ。足を痛めてしまったおばあさんが、迷い込んでしまったのかもしれない。
「おばあさん、よろしければお手伝いしましょうか?」
気付くとおばあさんのところに駆け寄り、声をかけていた。懐かしい場所が、私に力をくれたようだ。
「おや、まぁ。よろしいんですか? 足が痛くて、荷物が重くってねぇ」
顔をあげたおばあさんは、辛そうに私を見上げた。お気の毒に、きっと本当に辛いんだ。
「よければ私が荷物をお持ちますよ。どこまで運べばいいですか?」
「まぁ、まぁ。なんてありがたいんでしょう。ではお願いしてもいいですか?」
「はい」
おばあさんは背中から荷物をおろした。その荷物は風呂敷に包まれており、大切そうにそっと私に手渡した。両手で受け取った瞬間、ずっしりと両の手に重さがのしかかる。
「おもっ……」
思わず言葉が出てしまった。想像よりもずっと重いものだったらしい。「私が持ちます」なんて簡単に言ってはいけなかったのかもしれない。
「あの、難しいようでしたら無理には……。御自分の荷物もあるようですし」
一瞬顔をしかめた私を見て、おばあさんは心配になってしまったようだ。
「いいえ。ちゃんとお運びします。落とすといけないので、私も背中に背負っていいですか?」
「はい、それはもう」
「じゃあ、ちょっと失礼して。よいしょっと!」
幸い私の荷物はキャスター付きのスーツケースだ。引きずって歩けばなんとかなる。
「では行きましょう」
「すみません、お願いします」
懐かしい場所で出会ったおばあさんを見捨てることは、なぜかできなかった。
ちょっとぐらい重くてもなんとかなる、気合で運ぶ!
妙に熱くなった心と身体を抱え、おばあさんに導かれるように重い荷物を運んだのだった。
「わぁ。懐かしい……」
大好きだった両親を失い、新しい場所でも馴染めず、泣いてばかりだった幼い私を受け入れてくれた場所。懐かしい『水ノ森神社』。
神社には寄り添うように小さな湖があり、そこに水神の化身が棲んでいるという。この地域では昔から湖の水神が人々を守ってくれると信じられていた。信仰と祈りの場所でもあるのだ。
けれど今、人々はこの神社と湖に来ることはほとんどなくなってしまった。近づくものは祟られると言われているからだ。時を経て、神聖な場所はたたりを呼ぶ場所へと変化していったらしい。
そんな事情があることなど知らなかった幼い私には、ここはひとりになるのにちょうどいい場所だった。
「ここでよく泣いたっけ……」
大声で泣くと誰かに気づかれてしまうから、膝を抱え、顔を押し付けるようにして泣いていたことを覚えている。
当時の伯父さんたちも私にどう接していいのかわからなかったようで、食事の時以外はそっとしておいてくれた。
それはありがたかったけど、反面寂しくもあり、荒ぶる感情にどう向き合えばいいのかわからなかった。だから、ひとりで泣いた。 ひとしきり泣くと、湖をそっと覗き込む。
「そうそう、この湖。泣いてから覗くと不思議と気持ちが落ち着いたんだよね……」
湖は鏡のように、私の心を優しく映し出し、つつみこんでくれた。いつまでも泣いてちゃだめだよ、って語りかけられているようだった。
「ふふ。本当に懐かしい」
湖から顔を上げると、風が吹き込み、私の髪をふわりと舞い上げた。その瞬間、脳裏に浮かんだのは私と同じように泣いていた少年の姿。着物を着た美しい少年だった。
『もしもまた出会えたら……するからね?』
少年の姿と一緒に、彼の言葉もぼんやりと思い出す。
「そうよ、ここであの子と出会ったんだ。あれ、でも何を約束したんだっけ?」
必死で思い出そうとしても、なぜか思い出せない。思い出そうとすればするほど、悲しくて泣いていたばかりいた記憶が蘇り、頭が痛くなってくる。辛くなってしまった自分を慰めるように、頭を撫でた。
「思い出せないってことは、本当の記憶じゃなくて、幻影か何かを私が創り出していたのかもね。子供の頃って、そういうことあるって聞くし」
「幻でなければ、鬼っ子? はたまた妖怪変化?」
くすりと笑った。なんだか無性におかしく思えてしまったからだ。
「子供の頃は想像力豊かだもんね、幻覚を本当のことと思ったりもするよね」
自らを納得させるように呟いた。風が心地良く私の頬を撫でる。
「懐かしい場所に来れたからかな。ちょっと元気出たみたい」
これからまた頑張らないと。一人暮らしできるアパートを見つけ、職探しをしなくてはいけないのだから。
「とりあえず今日のところは、どこかの宿に泊まらせてもらおうかな」
決意も新たに身を翻すと、視界に小柄なおばあさんの姿が目に入った。大きな荷物を背中に背負い、ひょこひょこと足を引きずるように歩いている。見るからに辛そうだ。足を痛めてしまったおばあさんが、迷い込んでしまったのかもしれない。
「おばあさん、よろしければお手伝いしましょうか?」
気付くとおばあさんのところに駆け寄り、声をかけていた。懐かしい場所が、私に力をくれたようだ。
「おや、まぁ。よろしいんですか? 足が痛くて、荷物が重くってねぇ」
顔をあげたおばあさんは、辛そうに私を見上げた。お気の毒に、きっと本当に辛いんだ。
「よければ私が荷物をお持ちますよ。どこまで運べばいいですか?」
「まぁ、まぁ。なんてありがたいんでしょう。ではお願いしてもいいですか?」
「はい」
おばあさんは背中から荷物をおろした。その荷物は風呂敷に包まれており、大切そうにそっと私に手渡した。両手で受け取った瞬間、ずっしりと両の手に重さがのしかかる。
「おもっ……」
思わず言葉が出てしまった。想像よりもずっと重いものだったらしい。「私が持ちます」なんて簡単に言ってはいけなかったのかもしれない。
「あの、難しいようでしたら無理には……。御自分の荷物もあるようですし」
一瞬顔をしかめた私を見て、おばあさんは心配になってしまったようだ。
「いいえ。ちゃんとお運びします。落とすといけないので、私も背中に背負っていいですか?」
「はい、それはもう」
「じゃあ、ちょっと失礼して。よいしょっと!」
幸い私の荷物はキャスター付きのスーツケースだ。引きずって歩けばなんとかなる。
「では行きましょう」
「すみません、お願いします」
懐かしい場所で出会ったおばあさんを見捨てることは、なぜかできなかった。
ちょっとぐらい重くてもなんとかなる、気合で運ぶ!
妙に熱くなった心と身体を抱え、おばあさんに導かれるように重い荷物を運んだのだった。
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