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白百合、緩み

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私は辺境伯だ。それより階級が上の人間達は私より後から来る。

粗方の挨拶回りも終わったのでシルヴィと一息着いていると、シルヴィに視線が集まっている事に気付く。

シルヴィの魅力に気付かなかった猛獣共である。



「シルヴィ、少し屈んで?毛が落ちてしまっている」

「ん?あぁ」



チュッ

「ーーーッ!?!」

突然の事だったが、声を出してはいけないと思ったのだろう。
額を抑えて顔を真っ赤にしていた。

そんな彼女をギュッと抱き締める。

「いきなり、ごめんね。ちょっとシルヴィが可愛過ぎて耐えられなくなってしまったんだ。
……後、少しハエが煩そうでね。予防だよ」

そう耳元で囁くとシルヴィはコクコクと頷く。

離れてニコッと笑う。

「…何かをする時は言ってくれ。心構えが出来ない」

と少し不貞腐れてしまった。

「ふふふ、可愛い」

そして、またギュッと抱き締める。

効果は抜群な様で周りのハエ達はあたふたしている様に感じる。今更、渡さないよ?
このまま帰ろうかな?と邪推な事を思い始めていると、一人の兵が此方に向かってくる。

離れ難いが、シルヴィを背に回して要件を聞くことにした。

「アルディアン伯、タチアナ嬢がジュエリーの件でお話が有るとの事です」

兵は会釈をすると、私にだけ聞こえるように耳元で話した。

私は小さく溜息を吐き、シルヴィに事情を説明する。

「ごめんね、先程の仕事の件で急用が出来てしまった様だ。なるべく早く帰って来るから、待っていて」

「分かった。父、母も来ている筈だから挨拶に行ってくるよ」

「私も後で挨拶するね」

「了解した、待っている」

シルヴィに手を振り、兵の後ろを歩く。
今日は他国からも来賓が訪れている為、兵の装備も厳重だ。鎧で顔まで覆われているので表情は読めないが、焦っているようだ。
きっとあの姫に急かされているんだな、可哀想に。
大した用では無いのだろうが、相手は格上。私には拒否権が無い。

とても面倒臭い予感がする。

「此方です」

そう言って彼は扉を叩く。

「アルディアン伯をお連れ致しました」

『どうぞ』

「失礼致します。お久しぶりで御座います、カミーユ=アルディアン参りました」

「お久しぶりですわ、アルディアン様!さあさあ、お座りになって?」

「いえ、タチアナ嬢はご婚約の身。二人で、というのは些か問題ですのでこのままで」

「もぅ、相変わらず真面目なのね。でも、立っていたら話し辛いわ。
その兵士を中に置いて置くから座りなさい」

「……畏まりました」

兵士は確かに扉の横辺りに立っている。
社交界とは怖い物だ、二人きりにはならないようにしなくては。

「お茶をどうぞ。貴方を呼んだのは他でも無い、お礼を言おうと思ってね」

「頂きます。お礼等必要有りません、私は家臣としての事をしたまでです」

ただただ最後に話したいだけだと思ったが、お礼だけの為に呼ばれたらしい。
私は入れてあったお茶を一口飲んだ。

「ふふふ、とても嬉しかったのよ?私、父以外の男性からあの様な綺麗な宝石を頂くのは始めてだったの」

タチアナ嬢の目はキラキラと輝き、頬は高揚している。
彼女は流石、帝国の王の血筋と言うべきか絶世の美少女だ。私にもそれは分かる。

だが、それはそれ。私は自分の顔を見飽きているので、美に余り頓着が無い。
それに感情を向けられても、どう反応したら良いのかさっぱり分からない。


「…お気に召して頂けた様で光栄です」

「ええ!とっても!
……だからね、やっぱり貴方がいいわ」


タチアナ嬢はまだあどけない顔をニヤリと歪ませた。

しまった

彼女はまだ精神的に幼く、その様な事に頭が回る様な人間では無い。そして、他の人がいる事で油断してしまった。
そう、思った時には既に遅く
手足が痺れ意識が朦朧としてくる。


「ぐっ…、な、何を……」

「ふふふ、流石ね。普通は話したり出来ないのだけれど…大丈夫、少しの間痺れるだけよ?
起きたら貴方と私は夫婦になっているわ。
楽しみにしていてね♪」


私は椅子から床に崩れ落ち、その場に倒れ意識を手放してしまった。


***********

「やりましたね」

「ふふふ。これでカミーユ様は私の物……。
さぁ、貴方ももう良いわ。ご苦労様。
早く大切なお姉様の所に行きなさいな」

「では、良い時を」


俺と彼女は似た者同士。愛に飢え、愛を求めている。

彼女は上手くやるだろう。
彼女が身篭ってさえくれればこっちのもんだ、むしろその証拠さえ有れば良い。
相手は格上。婚姻していたとて、王の血筋の姫とその様な関係だと分かれば姉との婚姻など抹消されるに違いない。


「はは…、遂にシルヴィアがこの手に……」


重い鎧を脱ぎ、颯爽とホールへと歩み出す。
シルヴィアが待つ、その場所へ。

心は軽く、急ぎ足で。
今日こそ君に想いを伝えよう。

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