11 / 11
元神様と、元貴族令嬢のある日
しおりを挟むニコニコと、それはもう良い笑顔で目の前に居る。
顔が良いな…。
「…どうぞ。」
「ありがとう!」
「大したものじゃないわよ?」
そう、それはただのサンドイッチと作り置きしていた野菜と豆のスープだ。
何の変哲もない。
なのに、彼は物凄く美味しそうに目を輝かせて食べている。
何年も食べていなかったみたいな反応だな。
あ、食べる必要が無かったのか。
「凄く美味しい!」
「…ありがとう。」
彼が言うと本当に美味しそうだ、と一口食べてみたがやはり普通だった。
彼、エルディとは恋人同士だ。
元神様と元貴族令嬢というとても不思議な二人である。
同棲する事を機に教会の近くに移り住む事になった。彼が教会の管理を受け継いだので、元々居た神父さんの家を改造させて貰ったのだ。
引越し作業やらなんやらを終えて、漸く一息ついた所である。
「それで、書けた?」
エルディが私に問いかけた。
まだ、寝不足のまま頭が回っていない。
「正直、もうちょっと詰めたいなって感じかしら。」
「引越しと締切が重なるなんて災難だったな。食べたらそっちをやる?」
「えぇ、あともう少しだからやっちゃう。」
大きい物は運び終わって、後は細々としたものなのでエルディが「やるよ」と言ってくれた事もあり、任せておいた。
疲れは有るが、締切を遅らせる訳にはいかない。
自分の部屋に引き篭ると、お気に入りの椅子に座り、手作りの原稿用紙にペンを走らせる。
本当は引越し作業前に終わる筈だったのだが、結末が最初に考えてあったものだと弱い気がして破り捨ててしまったのだ。
本当にもう少しなのだが、中々良い言葉が浮かんでこない。
遂にペンも止まってしまった。
「自分で小説を書こうだなんて、無謀だったかしら…。」
大きく伸びをして椅子の背に、だらんともたれかかる。天井を眺め、暫くぼーっとする。
私は、今までの経験を生かして小説を書く事にしたのだ。
エルディに聞いたのだが私達の影響を受けて断罪された者達は、私が異世界転生系の小説を読んでいた影響からか、皆逞しく生きているのだという。
幸い、死刑になったり投獄や軟禁されたりした者が居なかった事も良かったのだろう。
それで、どれだけ心が救われただろう。
皆幸せになって欲しい。
なので、 私は断罪された者が成り上がる小説を書きたかったのだ。
ヒーローとヒロインだけじゃない、負け犬と言われようが這い上がってみせる。そんな小説を。
ーーコンコン
『少し休憩しない?』
「丁度しようと思ってた所、どうぞ。」
エルディの声で、結構時間が経ってしまったのだと分かる。根を詰め過ぎたのだろう。
ガチャリと扉が開くと、甘くて香ばしい香りとコーヒーの良い匂いがふんわりと漂って来た。
「おやつ付きだよ。」
エルディは持って来たトレーからコーヒーが入ったマグカップを置き、その横にお皿を並べた。
「おやつ?嬉しいわ。…これは、パン?」
「うん、食べてみて?」
お皿には小さなパンが二つ。コロンと丸いフォルムに、テカテカとした茶色い焼き目が綺麗に付いている。
言われるがまま、私は一口齧った。
「…!!クリームパン!!」
とろりと口の中に広がる甘いクリームが、遠くの記憶を呼び起こす。疲れた身体に染み渡るそれは、何だか泣きそうになる味だった。
それを紛らわすように、苦いコーヒーを飲むと甘さと苦さが心地好い。
「喜んでくれて良かった。ずっと練習していたんだが、漸く納得いくものが出来た。だから、一番に食べて欲しくて。」
「酵母育ててるな、とは思ってたのよね…。こういう事だったの。」
微笑みながら頷くエルディは私の隣に来て引っ付くと、優しく頭を撫でた。私は、そのクリームパンをもう一口齧る。
クリームパンより遥かに甘やかしてくる彼は、私が行き詰まっている事を知っているのだ。
「とっても美味しい…。ありがとう、エルディ。良い物が書ける気がするわ。」
「うん、サラなら出来るさ。でも、無理し過ぎはいけない。」
「そうね。」
嬉しさがじんわりと広がる。
話が続かなくても、隣に居るだけで幸せだと感じる。
「…エルディ。」
「ん?」
「結婚しましょうか。」
ーーードンッ!!!
思った事を口にすると、横にいた筈のエルディが何故か床で尻もちをついていた。
「な、な、な、なな!?」
「……ぷっ、あはは。そんなに驚かなくても。」
「いや、驚くだろう。…僕が言うつもりだったのに。」
クスクスと笑うと、彼はプクッとむくれてしまった。でも、もう溢れてしまったものは取り返せない。
「で、返事は?」
「勿論、こちらこそ結婚して下さい。だな。」
エルディが少し格好を付けて私の手にキスをする。
そして、二人で笑い合った。
この幸せが広がりますように。
~fin~
「あ!良い言葉が思い付いたわ!!」
「え、今?」
51
お気に入りに追加
252
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
いつの間にかの王太子妃候補
しろねこ。
恋愛
婚約者のいる王太子に恋をしてしまった。
遠くから見つめるだけ――それだけで良かったのに。
王太子の従者から渡されたのは、彼とのやり取りを行うための通信石。
「エリック様があなたとの意見交換をしたいそうです。誤解なさらずに、これは成績上位者だけと渡されるものです。ですがこの事は内密に……」
話す内容は他国の情勢や文化についてなど勉強についてだ。
話せるだけで十分幸せだった。
それなのに、いつの間にか王太子妃候補に上がってる。
あれ?
わたくしが王太子妃候補?
婚約者は?
こちらで書かれているキャラは他作品でも出ています(*´ω`*)
アナザーワールド的に見てもらえれば嬉しいです。
短編です、ハピエンです(強調)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿してます。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって
鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー
残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?!
待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!
うわーーうわーーどうしたらいいんだ!
メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!
断罪現場に遭遇したので悪役令嬢を擁護してみました
ララ
恋愛
3話完結です。
大好きなゲーム世界のモブですらない人に転生した主人公。
それでも直接この目でゲームの世界を見たくてゲームの舞台に留学する。
そこで見たのはまさにゲームの世界。
主人公も攻略対象も悪役令嬢も揃っている。
そしてゲームは終盤へ。
最後のイベントといえば断罪。
悪役令嬢が断罪されてハッピーエンド。
でもおかしいじゃない?
このゲームは悪役令嬢が大したこともしていないのに断罪されてしまう。
ゲームとしてなら多少無理のある設定でも楽しめたけど現実でもこうなるとねぇ。
納得いかない。
それなら私が悪役令嬢を擁護してもいいかしら?
学園にいる間に一人も彼氏ができなかったことを散々バカにされましたが、今ではこの国の王子と溺愛結婚しました。
朱之ユク
恋愛
ネイビー王立学園に入学して三年間の青春を勉強に捧げたスカーレットは学園にいる間に一人も彼氏ができなかった。
そして、そのことを異様にバカにしている相手と同窓会で再開してしまったスカーレットはまたもやさんざん彼氏ができなかったことをいじられてしまう。
だけど、他の生徒は知らないのだ。
スカーレットが次期国王のネイビー皇太子からの寵愛を受けており、とんでもなく溺愛されているという事実に。
真実に気づいて今更謝ってきてももう遅い。スカーレットは美しい王子様と一緒に幸せな人生を送ります。
【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。
BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。
しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。
その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ちょっと変わったテイストで面白かったです。
神様が可愛くて、ラストはニヤニヤしてしまいました。
繰り返し読みたいと思います。
素敵なお話をありがとうございました😊
ありがとうございます✨
そう言って頂けると書きたいものが書けていると分かってホッとします☺️
是非、いつでも来て下さいませ✨