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5.南海の秘宝

71.結末……②

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 気が付いた時、彼の周囲には誰もおらず、何もなかった。闇だけが周囲を覆い、自分の脚はおろか、目の前にかざした手すらみえない。
 男は目の前にかざした手で、恐るおそる自分の顔をなぞらえ、そこに確かな感触がある事にほっとした。

「マテ……俺の左腕は骨を砕かれたはず、右わき腹もそうだ。なぜ痛みが無い」

 口に出したのは不安だからだ。それが自分でもわかるからこそ、余計腹立たしい。

「ヴァルグ、セシーリア、誰かいないのか!」

 そこまで口に出して改めて思う、自分は白い船のクロエと名乗る白髪赤目の少女と、つい先ほどまで戦い、一緒にいたはずだったと。

『やっと気づいたんですか? 戦死した勇者エインヘリャルを目指す割にはのんきな人なんですね』

 少し高めの少女の声が闇に響き、シオンは周囲を見回すが、広がる闇の中でその姿を見つける事はできない。

「幼き戦女神ワルキューレよ、なぜここにいる。ここは、ヴァルハラ戦死者の館へ導く者を選ぶための場所なのか?」

 しばし沈黙が続いて、やがて呆れたようなクロエの声が響いた。

『僕は戦女神ワルキューレでもありませんが、仮にそうだったとしても破廉恥はれんちな男を、ヴァルハラに招くつもりはないとも伝えたはずですよ』

「……ならばここはどこだ」

 シオンはつぶやく。なにも見えず、戦友もおらず、戦う相手すらいない。このままこの暗い空間で、戦うこともできずに老いて死んでいく事は彼には耐えられるものでは無かった。

「俺には戦い死ぬことが全てだ、戦えぬ男に価値などない。さっさと殺すがいい!!」

 シオンの声にこたえる声は非情でもあった。

『自分よりも弱い、商人や民間人を襲う者が勇ましき者として認められるとでも?
 家族や仲間、守るべき民族を失ったからと言って、強者も弱者も見境なく襲う者には戦死者の館ヴァルハラへの門など開きませんよ。
 あなた方は、自分たちの欲望に忠実に生きた、ただの海賊に過ぎません』

 そして、シオンの目の前に同じ船団の指揮をとっていた、他の海賊頭が映った。多くの者は凍てつき氷像となっており、もはや生きている事はありえないだろう。ただ一人を除いて……

「あんたは、Bloody killer whale血まみれのシャチ。生きていたのか……」

 ムルジア領の海賊島から出かけ、帰って来なかった海賊船はそこそこある。襲った敵に返り討ちに合うよりは、嵐などに巻き込まれ、マストなどが折れて漂流して消えていくのだ。
 だが、Bloody killer whale血まみれのシャチは例え味方の海賊だったとしても、襲い略奪を行う。嫌われ者ではあるが、海賊としても、戦士としても強者として通っていた。

「ん? なんだここは。小娘が現れたと思えば、いったい何の真似だ。しかも死にたがりのシオン、なんで貴様がここにいる!」

 なぜ、Bloody killer whale血まみれのシャチがここに居るのかも、そしてクロエがなぜそうしたのかも意味が分からず、シオンは何も言えない。

『死にたがりのシオンですか。戦死した勇者エインヘリャルよりもよほどあなたにふさわしい』

 そして、シオンの前に長大で優美な姿をした刺突剣レイピアと、マンゴーシュが現れた。クロエに折られたはずの……

『あなたに、を与えましょう。その剣を使って二人で戦えばいい。
 むさくるしいおじさんの銃は、水没して使えませんよ、剣で戦い、剣で死ぬがいいでしょう』

 最後? この戦いで死ねなければ永遠にここで老いていくのか? ならば……

「ふん、銃が無いくらいで、『死にたがりのシオン』なぞ、わしの相手にもならんわ。貴様を倒して、あの小娘に目に物見せてやるわ。こい!」

 刺突剣レイピアと、マンゴーシュを左右に構えたシオンは、心の高ぶりを覚える。自分にとって、戦いの相手は誰でもいいのかもしれない。

 赤シャチが使うのは小型の手斧だ。間合いは刺突剣レイピアに比べるまでもなく狭いが、細身のレイピアの剣身に当たれば容易くへし折れるであろう。
 相手は海賊島の中でも強者で知られていた赤シャチなのだ。クロエと言った戦女神ワルキューレの目には留まらないだろうが、他の女神の目に留まるかもしれない。

 そして、戦いを始めたが、シオンは違和感を覚えていた。強者と言われた赤シャチとの戦いが、クロエとの戦いに比べてつまらないのである。一度などはレイピアの間合いから大きく離れたかと思うと、胸元に吊るしていた銃を使い、引き金を引いたのである。
 当然、海水でぬれた火縄では発火できず、カチンとむなしい音が響いただけであったが、銃を構えられた瞬間に身体は回避行動をとっている。
 斧が振るわれるが、クロエに比べればひどく鈍重なそれは、容易く見切れてかする事さえさせない。苛立った赤シャチが、手斧を投擲とうてきする様が見えたので、咄嗟とっさに左手のマンゴーシュを投げて、右手の手斧を叩き落した。

「なんだよ、赤シャチの。あんた、銃が使えなきゃ全然弱いじゃねえか」

 思わずせせら笑ってしまったシオンであったが、右腕にケガを負い、手斧を叩き落された赤シャチは激高した。腰に下げたブロードソードを引き抜き構える。

「自分の身を守る短剣を投げるようなガキが、馬鹿にするでないわ!」

 ブンブンと音を立て振り回されるブロードソードだが、シオンの刺突剣レイピアを折る事を狙っているのがあきらかであった。

「はぁ、ダメだわ。こんな戦いじゃ、つまらねぇし、女神に良いとこを見せる事も出来やしねぇ」

 ブロードソードの攻撃を誘って、大振りした赤シャチの首を、腕を振り切り落とす直前にシオンは気が付いた。赤シャチの左手に握られた銃が、自分の顔面に狙いをつけているのを。

 カチン、ドシュッと音が連鎖し、ドサリを重いものが倒れる。直後に、少し離れた場所にドチャッっと湿ったなにか重いものが落下し、転がる音が響いた。

「……普段の戦い方ってぇ奴は、使えないと判っていても出ちまうのかねぇ。確かに銃も使えてりゃあ、赤シャチあんたは強かったよ。
 そして、俺もまだまだ弱い。銃を使われようが、魔法を使われようが、負けるようでは女神に認められないか……」

 ランジをした体制から、ゆっくりと姿勢を戻してシオンはつぶやいた。転がった赤シャチの首を冷ややかに見つめ、近くに転がったマンゴーシュを拾うと、血ぶりをくれた刺突剣レイピアを腰に吊った剣帯に納めた。

『なんだ、最後の死ぬチャンスを逃しちゃったんですか? この闇の中で、老いて死ぬことを選ぶんですね?』

 再び響いた少し高めの少女の声に、シオンはせせら笑う。

「ふん、そんなのはごめんだ。そして、それ以上に俺より弱いやつに負けてやるのはもっとごめんだせ。
 おい、ガキの戦女神ワルキューレ。ここに、お前が殺す価値がないと思うような、海賊どもや悪漢を今みたいによこせ! 俺が代わりに殺してやる!!」

 シオンは吠えた。幼い戦女神ワルキューレが言っていた通りだ。自分よりも弱い敵に向かったとて、なんの高揚感も達成感もない。
 思えば海賊でいた時もそうだったような気がしてきた。満たされない心を、略奪によって得た金や商品、女で満たしてきただけだったのだ。

 しばしの沈黙の後、幼い声が、やや呆れた調子で響いた。

「ごめんですよ、あなたのような戦闘狂に付き合う気も時間も僕にはありません」

 声がした方を向くと、白髪紅瞳の小柄な少女が少し離れた場所で呆れ顔で立っている。にやりとシオンは笑みを浮かべ、少女クロエをみつめた。

「ならば、どうする……」

 シオンの問いに、クロエは……
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