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3.帝政エリクシア偵察録

23.旅の途中⑦

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「それじゃあ、私は迎えに行ってくるよ」

 そう言って迎えの馬車に乗るレーナ嬢をみて、私は微妙な気持ちを味わいます。なぜ、レーナ嬢は御自身のライバルになるかも知れない異国の娘を、あんなに嬉々として迎えに行くのでしょう。
 エリーゼ様やヘルガ様も、その娘の話をすると楽しそうに笑います。私は内心で、今回のマルク領への調査に同行しなかった事に後悔してもいました。
 御二人がお話になるクロエという異国の少女は、白髪紅瞳の少女らしいのですが、落ち着いた話し方や戦いにおける冷静な態度と、勝つ為にとったというえげつない戦法(これについては、御二人とも詳しく語ってくれません)や、エルフ族との親交もある点から、エルフ族とのハーフではないかと仰ってました。
 私といたしましては、不審な人物をエリーゼ様の側に寄せる訳にはまいりません。ヘルガ様がお認めとなっているので、人格的には問題はないのでしょうけれど、エリーゼ様の立場やこのお屋敷をみて悪い考えにいたる人たちは数多いですから、警戒しなければまいりませんね。

 レーナ嬢に案内されてきたクロエという名の少女は、白銀に煌く長い髪と、好奇心で輝く鮮血のような赤い瞳をもった美しい少女だというのを、私は玄関ホール上から確認しました。その後の御二人と少女の会話を、談話室の隠し部屋から護衛担当のメイドと確認します。
 本来はエリーゼ様の側についていなければなりませんが、いきなり知らない人が増えては少女が緊張するでしょうとのエリーゼ様のお言葉があり、のぞき穴からの確認となったのです。
 楽しそうな会話のあと突然紅茶を噴出したりと、貴族令嬢には見えない振る舞いでしたが、汚したカバーやタオルを魔法で綺麗にするなど、変わった魔法を使うかただと知れましたわ。
 この世界では魔法を使う剣士、いわゆる魔法剣士なるものは御伽噺での存在といわれております。
 魔法使いは天与の才が必要であり、呪文や魔法陣などの学習が必要です。才能だけではやっていけず、良い師に就けなければ、例え大陸一に魔力を持っていたとしても、出来る事は火をつけたり、存在する水の流れを変えたり、風をそよがせたりとたいした事はできないのです。そして、エリクシアでは魔法の才のある人は少ないといわれています。貴族や王家のお抱え魔術師として仕官している者の他には、非常に変り種で僻地で魔法の研究をしている者がいるだけと聞いています。
 また、武技に至っても独力で習得するには限界があるものです。我流で技を身につけた肩は、攻撃こそ優勢に進めることが出来ますが、防御は最低限という方が多く、やはり師につかなければ限界がありますね。
 そして、両者を学ぶには、人の持つ生の時間は余りにも短いのです。双方を学ぶのは、人の身としては難しいことです。そういった点からも、エルフとの混血の可能性は高いのでしょう。
 それ以外の可能性があるとすればと、私はふと考えました。そう、まさかとは思いますが、かの魔法都市の住人であるならば魔法とともに剣を極める事は可能でしょうか。しかし、かの都市の魔法使いは、船員以外は国外に出る事は禁じられていると聞いております。
 どこかの未開の国からやって来た旅人と考えたほうが良さそうですわね。その割りに衣類が綺麗な事も気になりますが。

 その後、エリーゼ様とヘルガ様の戦利品として、板チョコレートというものを分けていただいたのですが、いつもは4人で平等に分けてくださるのに、今回は御二人とも難色を示すなんて珍しい事もありますね。
 でも、レーナ嬢が強行に平等に分割を主張してくれたお陰で、4等分されたチョコレートを頂きましたが、とても美味でした。これでは、御二人が等分するのを渋るのもわかるというものですわね。しかし、更に謎が増えてしまいました。少なくても、エリクシア国内では先ほどの板チョコなる甘味は存在しません。一体彼女はどこから来たのでしょうか?

 エリーゼ様達が午後の執務に戻る為、側付きの誰かがクロエ様に付き添って欲しいとの依頼は、私がレーナ嬢に無理をいって交代してもらいます。
 お話をする切欠がなくなりますのでという言い訳は、エリーゼ様も納得して下さいましたが、本当はそれが理由ではありません。彼女のひととなりを他人の目ではなく、自分自身で確認する為です。
 クラウディウス家の家訓として、『主たる者は部下や知者の意見を幅広く聞き、行動を決めよ』と言うものがあります。王や領主の行いは、数多くの人々に影響を与えます。王や領主1人の考えだけで全てを決めるには、与える影響が大きすぎるのです。
 ました、王や領主の行いは、正しい事や良い事をしたから良いというわけではありません。国民・領民の生活を含め、行いの結果によって愚王・愚領主となるのです。どれだけ民や領民に良い政策をとっても、隣国に滅ぼされてしまったのでは良い王・領主とはいえないのですから。
 その為、臣下である私達も、エリーゼ様の行いや考え方に意を唱えたり、別な方向・観点から物を見ることが必要なのです。そして、自分なりの判断を下すには情報が必要なのですわ。そう自分に言い聞かせ、部屋付きの女中メイドに案内をお願いし、クロエ様を客室である一室に案内いたしました。

「あの~、すいません。落ち着かないので、もっと狭い部屋はありませんか?」

 部屋をご覧になったクロエ様の第一声ですわね。少なくても、彼女は個室で生活する事には抵抗は無いようですので、平民の出では無いようです。個室が与えられるほどの(広さは別として)生活が出来るのであれば、仮にエルフの混血だったとしても、それなりに高位の出なのでしょう。お客様としてこちらも対応する以上、こちらとしても礼を失するわけにはいきません。とりあえず、どの客室も同様の作りだと伝えておきましょう。
 その後、紅茶とクッキーを用意して、お話をしつつ人柄を確認いたしますが、とても素直な方だということがわかります。こちらの言葉に嘘や悪意が入っているかも知れないと言う事に一切の配慮がありませんわね。人柄自体はよい方なのかもしれません。メイドの話や今回のクロエ様の来訪に関する話を話題に、暫く楽しい時を過ごしてしまいました。
 いけませんわね。クロエ様の人柄や背後の思惑を捉えようとしていたのに、彼女の何も考えていないような応対は、こちらの探ろうとしている思惑さえも崩壊させてしまわれます。

「もしかすると、フローラさんも実は武術の達人だったりします? お側付きとなると、護衛も兼ねているでしょうから」

 クロエ様の質問に、私はついつい微笑んでしまいます。

「エリーゼ様はご自身で十分身も守れますし、常にヘルガ様が共にいらっしゃいますから、身に危険の及ぶ事はありませんよ。そもそも、危険のある場所に行かせないのも努めですので。でも、王子の婚約者ともなれば、多少は危険も増えてしまいますわね」

 私はそうクロエ様に説明しますが、彼女は疑いの眼差しでこちらを見ていますね。まあ、私達がエリーゼ様を護る為の能力があることを、クロエ様が知る事はエリーゼ様の害にはならないでしょうと、私は考えます。

 「少しだけ失礼しますね」

 私はそう呟くと、首をひねって考えるクロエ様の左手を、微笑みながら手に取ります。お客様には失礼ですが、そのまま左手を捻り上げながら引き、テーブル上に伏したクロエ様の左肩にスティレット(十字架上の形状で、先の尖った短剣。刃はなく鎖帷子や装甲の隙間から止めを刺す為の武器)を突きつけます。結構呆気ないですわね。とてもエリーゼ様がいうような剣客には見えませんが……

「私にはこの程度の、女性としての立場を利用して、虚をついて相手を制するくらいしか出来ませんわ」

 微笑みながらお話しすると、綺麗なお顔がひきつっているようです。少しやり過ぎたでしょうか? この日は他愛の無いお話をして、私としても楽しく過ごせたように思えました。

*****

 翌朝、部屋付きの女中メイドから報告がありました。クロエ様は朝から武術の稽古をしており、なにか言葉を呟くと、クロエ様の手に何処からか剣が現れたという事です。
 なるほど、彼女は武器を携帯していなくても、何時でも武器を見につけることが出来るようですわね。暗殺者としてはとても良い能力ですが、エリーゼ様を害するのであれば、もっと良い機会が数多くあったでしょう。どうやら、害意はないと判断して宜しいようですわね。私は報告をいれたメイドに軽く頷き下がらせます。
 午後にはエリーゼ様が、クロエ様に雪辱戦を挑むということですが、必要以上に心配する必要は無いようです。ですが、彼女の使う変わった魔法については、エリーゼ様にもお話をしておく必要がありますね。エリーゼ様の執務の合間に、クロエ様が見せたという魔法に関してメモを渡して置きます。エリーゼ様が軽く頷いた事を確認して、雪辱戦の準備を始めましょう。

 公爵家のお抱え魔法使いに連絡をとり、邸内の一角に魔法戦用の防御結界を張っていただきます。これで必要以上の被害は防げるでしょう。エリーゼ様が着用なさる鎖帷子も合わせて、錆や損傷の有無を確認後、手入れをして魔法防御を重ね賭けしてもらいます。

「こんな戦でもするような魔法防御が必要なのですかな?」

 お抱え魔法使いの言葉に、修練で使うだけですわと軽く答えて追い返します。こちらのお屋敷はエリーゼ様のもの。不要に男性を入れておくわけにはまいりません。本館の執事共々お帰りを頂いて準備は完了ですわね。後は雪辱戦を待つばかりです。

*****

「では、早速私に雪辱戦の機会を与えて下さったクロエさんに感謝をいたしますわ。此度は、前回の様な卑怯な手段は使わないでしょうね?」

 エリーゼ様の言葉に、クロエ様をみる皆の視線がきつくなります。勿論私の視線もですが。クロエ様はバツが悪いのか、右頬を指で書きながら弁解してらっしゃいますわね。

「戦略と言って欲しいですよ。お陰でどちらも怪我はしなかったじゃないですか」

 クロエ様の前に立ちはだかる、鎖帷子を着用したエリーゼ様が言いました。

「怪我はありませんでしたが、貴族としてそれ以上のダメージがありましたわよ? 主に自尊心プライドに!
 さぁ、ここなら多少の攻撃魔法は円の外には影響しませんわ。使うのならちゃんとした攻撃魔法をお使いなさいませ」

そして、クロエ様を見ながらエリーゼ様が続けます。

「貴女は防具は要らないんですの? 面白い魔法を色々使うと聞いてますわよ?」

 クロエ様は諦めたように、剣を手に持つと何かを唱えます。

「戻れ、天羽々斬。《死を司る大鎌scythe of death》」

 クロエ様の手から剣は消え、代わりに長大な大鎌が現われます。

「なっ、武器が急に手元に」

「エリーゼ様、危険なのでは!」

 周囲の者が口々に声を上げますが、エリーゼ様もヘルガ様も特に驚いた様子を見せません。

「落ち着きなさい。大鎌は弧の内側にしか刃はありません。手元に引かねば、ダメージを与えられないのですし、それ以上の速さで私が切り刻んで差し上げますわ」

 素早さには自身があるでしょう、エリーゼ様の声に怯えはありませんわね。

「さぁ、始めますわよ。構えなさって」

クロエ様は大鎌を寝かせエリーゼ様に向けることで、間合いを詰められることを拒否しました。細剣は突きの攻撃が主体ですが、切る攻撃もあります。しかし、細剣の長さを上回り、身体の前方に寝かされた大鎌の刃は、エリーゼ様の飛び込みを防ぐ盾となっています。大鎌は構えたクロエ様の正面にしかありませんが、クロエ様は柄を回す事で飛び込んだエリーゼ様の背後に刃を向けることが出来てしまいます。

 何度目かの攻撃を、大鎌の刃や柄での払いに妨げられてじれたのか、クロエ様がエリーゼ様のお腹を狙った突きを放った直後、エリーゼ様がそのまま飛び込み斬り放ちますが、私やヘルガ様にもわかるそれは誘いです。

「柄を引く暇なんて与えませんですわよ」

 そう叫んだエリーゼ様の剣はクロエ様を捕らえるかと思われた瞬間の事でした。大鎌の柄を回したクロエ様によって、エリーゼ様の背後に大鎌の刃が向けられます。そのまま、黒江様は自分自身も背後に飛びながら、大鎌の柄を引く事によって刃の速度を上げたのです。

「きゃあぁ、お嬢様」

「エリーゼ!」

 悲鳴や名前を呼ぶ声が響きますが、大鎌は非情にもエリーゼ様の胴体を通過しました。そして、断ち切られた鎖帷子が、ガシャリと音を立ててエリーゼさんの足元に落ちると、皆がエリーゼ様の状態を確認しに集まります。
 鎖帷子だけを断ち切った大鎌の、槍なら石突と呼ばれる部分を足元に突き立てるようにし
手立っているクロエ様を視界に納めながら。
 その後、大鎌を消して再び剣を手にしたクロエ様に、エリーゼ様が敗北を宣言して、此度の雪辱戦は終了しました。エリーゼ様の雪辱はなりませんでしたが……

 つくづく思わされましたわね。鎖帷子を両断しながらも、身体には一切の怪我を負わせなかったその技・術は、必要とあればその逆も可能なのでしょう。防御を無視できる攻撃手段を持つ者の恐ろしさを、今日は実感させられましたわ。
 そして、クロエ様の存在はエリーゼ様にとっても、今のところ障害にはならないようですね。ただ、出自が不明なのですから、便宜を図りすぎるのも問題です。北領のみならず、エリクシア全体を考えた場合、その存在は取り込めれば吉(彼女の態度からして難事ですが)
、取り込めなければ障害となる可能性が未だに残っているのですから……
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