上 下
74 / 349
3.帝政エリクシア偵察録

14.妥協するしかありませんね

しおりを挟む
「で、どうやって不正を暴くんです?」

 豪華な宿の一室で、僕は令嬢の姿に戻ったエリーゼさんに問いかけます。結局、あのままずるずると宿まで連れて来られてしまいましたが、どうやら僕とエリーゼさん達の目的は同じようですね。

「残念ですが、領内の裁判権は領主が持っておりますので、マルク伯自体を捕縛することは出来ません。
 エリクシア北部属州ヤシヤを統括する当クラウディウス公爵家が、陛下から預かっている裁量権の中で処断することになりますが、伯自体をとがめる事は出来ませんね。エルフ族の皆様に、領内での不法伐採犯を捕縛し処断する権限を、認めていることを再度国民に交付するていどでしょうね。相手の領に出向けば、法は相手の下に在る事を徹底すれば、少なくてもあちらで樵が害されても、マルク伯は文句は言えないでしょう。」

 むぅ、やはり貴族自体が不正があっても、取り締まるのは難しいようですね。とりあえず、防衛する事を正式に認められただけましと見るしかないでしょう。

「伯爵の嫡子ローラントに対しても、同様となります。私としては、守るべき民を攫うなどという事に怒りを覚えますが、良くて決闘に持ち込めるかどうかでしょうね。」

 実質的には処断する方法が無いという訳ですね。まあ、僕としても多少思うところがありますが、エリクシアの国法がそうなっている以上何もいえません。もちろん殺傷することは簡単ですが、それでは僕が捕縛対象となってしまいます。

「結局、エリーゼ様でも釘を刺す位しかできないのですね。」

 僕の言葉が皮肉に聞こえたのか、エリーゼさんはキッと僕を睨みつけます。

「確かに私は公爵令嬢ではありますが、貴族当主ではないのですよ。公の立場で言えば、令嬢や令息よりも下位とはいえ当主の方が立場は上になるのです。あまり無下にされないのは、父である公爵の不興を買わないためですのよ。」

 ヘルガさんが言葉を続けました。

「貴女は先程襲ってきたハンターを返り討ちにしましたが、我々が居なければ非があるのは異邦人である貴女の方だと言われる可能性も高かったのです。
 自分の所属する土地を離れる事は、法の保護をも離れる事を意味します。濡れ衣や偽証など当たり前だという事も理解しておいて下さい。」

 むぅ、知らないうちに庇われていた様ですね。僕はくすっと思わず笑みをこぼしてしまいます。

(全く、こんな辱めは初めてとかいっておいて)

 僕の考えが判ったのか、エリーゼさんは顔を赤らめながら話しました。

「あぁ、もう。何を考えてるか知らないけど、私達が面倒毎に巻き込まれるのが嫌だっただけですわよ? 勘違いなさらないで欲しいですわ」

 うんうん、これは俗に言うツンデレってやつなんでしょうね。傍らのヘルガさんを見ると、微笑みながら肩を竦めています。

「私にアレだけの辱めを与えたのですから、罰として当分貴女には仕事をして貰いますからね。護衛に話し相手、雑用まで何でもさせてあげますわ。楽しみにしてらっしゃって!」

 こうして僕は、久しぶりに屋根の下で過ごす事になりました。まあ、FC1に比べて特別快適というわけではありませんでしたが、ササクの教会を出て以来1人で過ごしていたので、久しぶりに誰かと居る事に違和感を憶えます。
 食事や寝る場所などは、さすがにエリーゼさんやヘルガさんとは別ですが、レーナさんというメイドさんと話をしたり、食事をしたりと楽しいときを過ごします。食事はさすがにメイドさんが食べる物ですので、上等な品物ではありませんでしたが、ごく普通の平民が食べる食事の水準でしたね。

 夜間にヘルガさんに呼ばれて、エリーゼさんの部屋を訪ねました。エリーゼさんは書面を2通したためていました。

「呼んだのは他でもないわ。高貴たる者、約束を破る事はしないという事をきちんと確認させてあげますわ。」

 そういい僕に手渡したのは、まずマルク伯爵宛の手紙です。彼女の父、クラウディス公爵の下に、エルフ領から使いがあり、マルク伯領から違法な浮民がやって来て、エルフ領の木々を勝手に伐採し、売りさばこうとしている為、公爵家としてエルフ族に対し,を指示したとのしたためてあります。マルク伯領においては、浮民対策を行い、陛下の資産に手をつける者は事を、民に周知するよう記されています。
 なるほど、この内容であればエルフ族は、勝手に木々を伐採する物に対して、捕縛・捕殺が可能となりますし、エルフ領に侵入して木々を伐採した場合、刑死もありうると伝えているので、文句は言えなくなりますね。
 もう一通の手紙は、エルフ族に対して陛下の物でもある森林資源を護る為、勝手に伐採しようとした者や違法な密猟者に対して捕縛するように、指示する事が記載されています。
 僕が二通の手紙を確認すると、その手紙にクラウディウス公爵のサインをした後、封筒に蜜蝋と印璽を施します。僕はちょっと気になって、エリーゼさんに尋ねました。

「約束してくれた内容どおりだけど、公爵のサインとか印璽を押して大丈夫なの? 偽造とかになるんじゃ……」

 エリーゼさんは僕が何を気にしているのか、最初は判らなかった様ですが、僕をみて花開くような笑顔を浮かべます。

「あら、気にする事はないんですのよ? 私、父に伯爵以下の貴族の対応は任されておりますし、サインの筆跡も父と同じ物が書けますの。北部領での決裁文書の半数は私が執り行っているのですから」

 ……驚きましたね。イリスといい勝負かもしれないですよ、エリーゼさんは。帝政エリクシアにも人材は居るんですね。
 僕がよほど呆気にとられた顔をしていたからでしょうか。エリーゼさんは、そのまま幾つかの書類仕事を終らせると軽く背伸びをした後、ヘルガさんにお茶の用意をお願いしています。用意されたお茶は3人分ですね。
 これは、僕としてもなにかお茶菓子を出さなければいけませんね。9月とはいえ緯度的には高緯度の地方の所為か、夜はそこそこ冷えてきています。僕は以前作り置きしておいた板チョコレートを取り出しました。

「旅先なので、あまり量は持っていませんが、よろしければどうぞ?」

 差し出して、僕が最初に一欠けら砕いて口に入れます。うんうん、甘さ控えめのセミブラックチョコに近い味ですね。2人は僕の表情を見つめた後で、まずヘルガさんが欠片を口に入れます。その顔が驚きに染まり、エリーゼさんに頷いています。もしかすると毒見役だったんですかね?
 エリーゼさんも一欠けらを口に入れると、驚いた表情をしました。

「ちょっと、なんで貴女がチョコラテなんて持ってるんですの? しかも固形のチョコラテなんてきいた事がありませんわ」

 ありゃ、そうだったんだ。エリーゼさんによると、チョコラテはまだ高位貴族の嗜好品として一部でしか流通していない事。しかもまだ液体としてしか流通していないとのことですね。製法や入手方法をいろいろ聞かれましたが、旅先で手に入れたの一点張りで逃げとおします。最初に量を持ってないといっておいて良かったですよ。
 その後はレーナさんも呼ばれて、いつの間にかお茶会がパジャマパーティーに変わりかけましたが、夜に大騒ぎはまずいので、程々で解散となります。さすがに、三人がかりで根掘り葉掘り聞き出そうとするので、抵抗するのに疲れましたが、無事その日を終れてよかったですよ。

*****

 翌日は朝食を摂った後、10時頃にマルク伯爵邸に出かけます。事前に伯爵が不在である事は確認済みでしたので、執事さんに手紙を預けてエルフ領に移動しようとしましたが、引止め工作が結構激しいので、魔法で執事さんの腰紐を切って慌ててるうちに逃げ出します。
 そのままエルフ領へと移動しようとしましたが、川を渡るには船なんですよね。さすがにエリーゼさんとヘルガさんの2人を、いきなりエルフの町には連れて行くわけには行きませんので、今日は僕がお手紙配達のクエストを引き受けることになります。
 妖精のいたずらが頻発しているので、船を捜すのに苦労しましたが何とか渡河に成功します。その後、現われたエルフ族の皆さんに状況を説明して、再びエルフ族の町へと移動しました。ここでも手紙を手渡してて、内容を確認した族長さんは大喜びで、内容を居合わせたエルフ族の方々に伝えた所、皆さんも喜んでいましたね。
 やはり、先に手を出して戦争になっては困るとの配慮で武器を持っていなかったようですので、今後は不法伐採などの悪意を持つ者の処断は、エルフ領の判断で行ってよいと伝わると、大喜びですよね。結構密漁とかも多かったようで、これで対処が出来ると喜んでいました。
 早速戻ろうとすると、是非宴に参加して欲しいと言われましたが、エリーゼさん達を待たせている事を伝え、今日は引き上げる事にします。2日後、今回の立役者でもあるエリーゼさんとヘルガさんを特別に町へ訪問する許可も取り付けましたので、残念がっていたお2人も喜ぶと思いますよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...