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Ⅰ章.始まりの街カミエ

26.討伐した?

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 ドッと音がしてハクが倒れたが、直後に

「くっ、この!!」

 と声が聞こえた。

 スライムとの衝突では大きなダメージを受けていないようだが、自分は倒れたハクに駆け寄った。

 見てみると、スライムは既にハクの首の辺りからおなかにかけて、平べったい状態に延び始めている。一部は既に床に届いており、ハクは鳥もちにかかったように床に縫いとめられていた。
 
 ハクもとっさにお腹の前を右腕でブロックしたようで、ダメージを減らすことには成功したようだが、その結果として、右腕もお腹の上で動かせなくなってしまっている。

 自分も、スライムだけを斬るようにしてみたが、切れ目が入ってもすぐに癒着してしまい、スライムには全くダメージがはいらない。斬れないのであれば打撃や、床から引きはがそうとするが、自分の力では全く動く様子もなかった。

 ハクも何とか逃れようと、しばらくもがいていたが、あがけば無駄に体力を消耗するだけだと悟ったのだろう。大きなため息とともに、もがくのをやめた。自分も壁にもたれかかって座り込む。

 打つ手がなくなった自分とハクは、お互い黙り込んだが、そうなると流れる水音のみが響き、気まずい空気が流れる。

「……さっき、真っ二つにしていて良かったね。元の大きさのままだったら、僕やハクじゃ頭からすっぽり覆われてしまって、窒息しちゃうところだったよ。
 下手すれば、口や鼻からスライムが身体の中に……」

「……嫌なことを言わないでくれ」

 ハクはその様子を想像したのだろう。苦虫をかみつぶした表情で、力なくつぶやいた。しばらく沈黙が流れると、
ハクはつぶやいた。

「このまま待つことしかないのか……」

 実際に何ができるか考えてみるが、斬ってもダメ、叩いてもダメ、剝がそうとしても剝がれないとなると、何ができるのだろう。

 自分もハクも沈黙してしまい、数分が経っただろうか……

 自分はあることに気が付いて、ハクに声をかけた。

「ちょっ、ハク。帯や白衣の袂が変な状態になってる。溶かされてるのかも?
 腕とか直接スライムに触れている部分は大丈夫?」

「……腕は……少しヒリヒリするような感じがするが、特に問題はないな。押さえつけられているような感覚はあるが、指も開けるし問題ないだろう」

 自分の慌てたような声に、ハクは冷静に返すが、あまり大丈夫な気がしない。確か、紫陽花さんは二時間とか言っていたけど、それは人体がスライムに取り込まれだすまでのタイムリミットであり、衣類などが取り込まれるのはもう少し早いのかもしれない。それは、いろいろな意味でヤバイ気がする。

 それに、気のせいかさっきよりもスライムの大きさが大きくなっている気がする……

 このまま放置すると、衣類が溶かされて体積の増えたスライムに、ハクが飲み込まれてしまう可能性が高い。

「最弱な魔物に、『剣帝』の加護をもった私が、何もできないなんてな……」

 ハクの自嘲する言葉が聞こえた。

 確かに加護はわかるが、見たこともない攻撃に対処できるかどうかは、素の身体能力に大きく依存するだろう。
 まして、斬撃によるダメージが与えられない相手では、刀だけではどうにもできないんじゃないか?

 そこまで考えて、ふと紫陽花さんの様子を思い出した。普段と特に変わった武器や道具なんかは持っていなかったはず。紫陽花さんの標準装備は、二刀の小刀であり、この地下水路にスライムがこの一体だけしかいないわけじゃないことを考えれば、小刀だけでも対処できるはずなんだ。

 スライムに取り込まれて身動きできない狐面の美少女などという状況を横にやって、少しは頭を使え。たいていのRPGなんかでもスライムは最弱だが、打撃や斬撃が効かない場合の対処方法が、何かあったはずだ。
 なにをしても効果がないのなら、なぜこのスライムは小さくなっている? 少なくても、さっきのハクの斬撃では体の体積を大きく減らしている。事実、斬り落とした半分の大きさのスラムだったものは、今も通路上でピクリとも動かない。
 何か違いがあるはずだ、考えろ!!

 水路に落ちたから? いや、スライムは別に水棲じゃないはず。おそらく空気中からも水分は吸収できるだろう……
 通路上にわだかまる切り落とされた半分は、そのままピクリともしない。

 なにが違う?

 ハクの表面を覆っているスライム本体を見ると、胸のあたりが少し青味が濃い気がする……

「はっ、そうか。核だ! スライムは核を壊せば死滅するはず……」

 自分は慌てて立ち上がるとハクの左腕側、壁側に立ってハクを覆うスライムを見つめる。ちょうど、ハクの心臓の辺りが、幾分濃い青色に染まっているのが、暗く青い照明の中でみてとれた。

(心臓じゃなくても、ハクの体が下にある以上、上から突くのは難しいか…… しかも、内部で動いていやがる)

 ハクが真っ二つにしたときも、核自体が剣の軌道から動いて、斬られるのを回避した可能性もあるな。こいつら、目も感覚器すらないのに、正確にこちらの動きに対応している。魔物の一種というだけあって、危険や獲物を察知する、特別な感覚があるのかもしれない。

「……ハク、少しだけじっとしていて……」

(高速での刺突となると、貪狼の型から繰り出すしかないか。まあ、スライムの核くらいなら、負担もすくないだろ……
 中二病じゃないのに技名を口走るのは、近くに紫陽花さんも居るかもしれないから危険だしな。
 ……貪狼の型、一の太刀……極星穿孔牙)

 鞘から抜かれた刃は、青い光を一瞬だけ反射して、ハクの左胸にうごめいていたスライムの核を正確に打ち抜いた。
 それでも、こちらの抜刀と同時に核は移動しており、刃が穿ったのは中心から一センチ程度離れた場所だった。どういう手段で剣の軌道を読んでいるかはわからないが、これで最弱というのだから魔物も奥が深いものだ。

 ハクを拘束していたスライムは、核を絶たれたことによってただのゼリーと化したようだ。
 ハクが自力で起き上がってきたが、白衣と松葉色の袴は、全体的に色がくすんだ状態になっている。幸い動いただけで、着ている物が崩れ落ちることは無いようなので一安心して良いようだ。

「……クロ、今何をした?」

 おっと、聞かれるとは思ってなかったが、とりあえず適当に答えておこう。

「いや、スライムの中に少し色の濃い場所があったから、試しに突いてみただけ……」

 あくまで偶然正解を得たという感じにしておこう。いろいろ聞かれると、結構面倒だしね。
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