愛のカタチ

如月あこ

文字の大きさ
上 下
23 / 34
6、

4、

しおりを挟む

 お惣菜が半額になっていたので、結局お惣菜で夕食を済ませることにした。
 米がないので、というか炊飯器がないので、鍋で温めるタイプのレトルトご飯を購入する。せめてレンジがあればもう少し楽なのだが、仕方がない。あれも買おうと思えば結構な値になるのだ、置き場所にも困る。
「今度はちゃんと作りますから!」
 レジを終えてから、お惣菜を袋につめる奈良先生にそう告げる。
「カルボナーラか」
「ほかにも作れますよ」
「ほかのも食ってみたいが、あれはなかなかうまかった。また作ってくれ」
 うまかった、と言われて単純思考の私は馬鹿みたいに喜んだ。そんな私の喜びが伝わっていたのだろう、奈良先生は苦笑を浮かべている。
 そのとき、ふいに聞き慣れない着信音が鳴った。
 奈良先生は携帯電話を取り出して、その履歴に眉をひそめたあと、通話に出る。
「……はい。ああ、久しぶりだな。は? ああ、え……外?」
 首を巡らせ、ガラス張りの外を眺めた奈良先生が大きく目を見張った。つられて同じ方向を見れば、肩を組んだ男性二人がこっちに向かって手を振っている。
 どうやら奈良先生の知り合いらしい。
 奈良先生は「あいつら」と忌々しそうに呟いたあと、携帯の通話を切った。
「お知り合いですか」
「さっき言ってた高校時代の友人だ。こんなところで何やってんだ」
 スーパーを出ると、奈良先生の友人ふたりが歩み寄ってきた。片方は眼鏡をかけており、もう片方は今時珍しい長髪を後ろで一つに結んでいる。長髪の男性はかなり整った顔をしており、ひと目で「この人はモテる!」と察することができた。
「よぉ、奈良。もしかしてお前の新居ってこの辺なのか?」
 眼鏡の男が聞いてきた。
「ああ。すぐそこだ」
「へぇ」
 二人組の視線が私に移る。じっと全身を眺められて、居心地が悪かった。自分から自己紹介するべきだろうか。「こんばんは、義理の妹です」と。
 けれど、私が何かを言う前に、眼鏡の男が口をひらいた。
「こんばんは、奥さん。俺、賀川って言います。こいつとは高校時代からの友人っすわ。んで、こっちの髪の長いのが林田」
「どもっす!」
 お、奥さん!
 ぽかんとした。これ以上なく。たしかによく「大人っぽいね」だの「老けているね」だのと言われるけれど、まさかお姉ちゃんと間違われるなんて。
 慌てて手をふり、否定の言葉を口にしようとするが、またしても私より早く賀川さんが話しはじめる。
「いやぁ、こんな美人な奥さんがいるなんて羨ましいなぁ。つかなに、ペアルック? ジャージ来て一緒に買い物?」
「……ああ、まぁ」
奈良先生も気まずそうだ。
だがなぜそこで頷く。私は益々ぽかんとして奈良先生を見上げる。どうやら奈良先生も戸惑っているようで、挙動不審に視線を彷徨わせていた。
「つか、お前らこんなとこで何やってんだ。職場から離れてるだろうが」
「俺、引っ越すって言ってただろ? この近くなんだわ」
 長い髪の林田さんが言った。なぜか陽気にⅤサインまでかましてくれる。
「ああ、たしか、そんなこと言ってたな。この近くか、へぇ……で、結局奥さんとは元鞘に戻ったのか?」
「戻ってたら一人暮らしなんか始めるかっつーの」
 Ⅴサインがへにょりと曲がり、林田さんは子どものように膨れた。奈良先生は苦笑を浮かべ、軽く手を振る。
「一人暮らしか。まぁ、頑張れよ。近くに住んでるなら、いろいろ構ってやれるかもしんねぇ」
「俺はペットか」
 思わず笑ってしまった。楽しい人たちだ。せっかくだから、マンションに上がってもらえばいいのに、と自宅でもないくせに私はそんな図々しいことを思った。
 奈良先生も同じことを思ったらしく、くいっと親指で新居の方向を示した。
「あがっていくか?」
「んー、いや、止めとくわ。お邪魔しても悪いし?」
「別に悪くねぇよ」
 ふと、賀川さんが眼鏡を押し上げて、にやにやと笑い始めた。
「俺さ、つか、俺らさ。ぶっちゃけ、お前のことホモだって思ってたんだよな」
「あ、そうそう。だから、結婚するって聞いてめっちゃ驚いた」
 私は顔が強張るのを感じた。「思っていた」ということは、奈良先生は、自分がゲイであることを友人たちに告げていないのだ。
そっと奈良先生の様子を伺いみると、苦い顔をしていた。
「うっせぇな、俺はそんなこと一言も言ってねぇだろ」
「でもお前、高校時代恋人一人も作らなかったじゃん。モテてたくせにさ。大学入っても恋人出来たって話は聞かなかったし。だから、俺ら勝手にお前がホモだって決めつけてたわ。別に差別してるわけじゃないぜ。そういう趣味ならそういう趣味で、別にいいんじゃないかっていう」
「お前が幸せなら俺たちはそれでいいんだよ」
 うんうん、と頷きながら林田さんがしめた。どこか他人事のようではあるが、同性愛の友人を受け入れている当たり、よい人たちなのだろう。
 世の中には同性愛者を差別するような人たちがいることを、私はお姉ちゃんから嫌というほど聞いていた。
「でもさ、やっぱホモだってことを話してくれなかったのは、俺らに信用がないのかなって悩んだりもしたんだ」
「違うっつってんだろ。俺は同性愛者じゃねぇよ」
「まぁ、そうだったんだけどな。そういうふうに俺らも悩んだ時期がありましたよってことだ。だってお前全然彼女つくらねぇしぃ」
「それはもう聞いた」
 賀川さんは肩をすくめ、林田さんはからからと笑った。
「ま、お幸せにな」
 林田さんが告げる。賀川さんも軽く手をあげ、二人は私たちが帰る方向と逆に向かって歩き出した。
 どこかほっとした思いでその後ろ姿を見送っていると、隣で奈良先生ががしがしと頭を掻いていた。困ったときや照れているときの仕草だと、なんとなく察する。
「……悪りぃ」
「悪くないですよ。楽しそうな人たちですね。誤解されちゃったみたいですけど」
 奈良先生はもう一度、小声で「悪りぃ」と謝った。
 謝れることなんて何もないのに、と思わず微笑んでしまう。けれど、その笑みもすぐに引っ込めて、思っていたことを口にした。
「……ゲイだってこと、言ってないんですね」
 最近はオネエタレントの活躍や海外で同性婚が認められたりと、世間の同性愛者への風あたりはまだ優しい。けれど、奈良先生の高校時代となると、十年以上も前になる。その時代に、自分がゲイだと打ち明けるには勇気がいったのだろう。
 豪快なお姉ちゃんでも、養子先の家族や職場には、自分がレズビアンであることを隠しているほどだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

私と継母の極めて平凡な日常

当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。 残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。 「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」 そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。 そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る 花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。 だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。 それは、薔薇。 赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。 赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。 最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。 共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。 曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――……… 個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。 花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。 ※ノベマ・エブリスタでも公開中!

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

処理中です...