上 下
77 / 106
第四章

一、

しおりを挟む
 長いようで短かった京都旅行兼取材は、本当に楽しかった。
 麻野は、東京駅で新幹線を下りると、新居崎へ何度もお礼を言った。別段やましいことはないはずなのに、なんとなく、ホームから時間差で駅を出たのは、なぜだろう。
 麻野は、携帯電話で静子へ連絡をして、今から向かうことを告げる。
 今朝方、大江山付近のビジネスホテルで起きたとき。携帯電話に、すさまじい量の着信とメールが届いていた。どうやら昨夜、疲れていた麻野は一言「帰宅明日になった」とだけ連絡を入れて、そのあとに来ていた静子の返事を無視してしまっていたらしい。
 静子は、東京駅の東改札口を出た辺りで、壁に寄りかかるようにして麻野を待っていた。麻野を見つけて駆け寄ってくる静子の表情は、険しい。
「ただいま、しーちゃん」
「おかえり。……で、何があったのよ。あんたが、新幹線をキャンセルもせずに京都でもう一泊したことには、理由があるんでしょう?」
 眉を吊り上げた静子に、麻野は肩をすくめた。
 じわじわと伝わってくる怒りに気圧されつつも、お土産の八つ橋を渡し、とりあえず、ここから近い場所にある静子が暮らしているマンションへ行くことにした。
 最初こそ、新居崎へ画策した静子を、さすがにやりすぎだと叱咤するつもりだった麻野だが、静子へ心配をかけてしまったこともあり、なんとなく、その件については切り出しにくい。
 静子は、マンション暮らしだ。
 結構よい値段がするだろうに、静子は当たり前のように賃貸している。
 セキュリティを三つほど通過して、やっと自由に廊下を歩き回れるようになるマンションの二階に、静子が借りている部屋はある。ファミリー向けらしく、一人暮らしには不向きな広さだ。
 ダイニングキッチンで静子がお茶を入れるのを、麻野はリビングの食卓にちょこんとついて、じっと見つめた。
 静子はさっきから、ほとんど話さない。
 京都旅行中、嬉々として連絡を入れてきた彼女だから、てっきり「何があったのうふふー」とか言って、質問攻めにしてくると思っていたのに。
 やがて、目の前に座った静子は、静かに息を吐きだした。
 差し出されたお茶は、緑茶だ。外では洋風な茶を飲む静子だが、家ではもっぱら日本茶を好む。
「……うまくいったの?」
「え?」
「とぼけないで。新居崎准教授とよ。さらに一泊だなんて、私が思っていたよりヤツ軽い男だったんじゃないの? 私が仕組んでおいてあれだけど、いいように騙されてない?」
「先生は、そんな人じゃないよ!」
 思わず強い口調で言ってしまってから、慌てて口をつぐんだ。静子は、やや驚いた表情をしているが、すぐに真顔になる。
「あんた、人がいいから。騙されてても、わからないじゃない」
「そんなことない、少なくとも先生はそんな人じゃないからっ。沢山助けてくれたの、本当に、沢山。先生がいてくれて、すっごく楽しい旅行になったんだよ。だから」
 麻野は、観念したように、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。先生を騙したのはよくないけど、私のことを考えてくれたんでしょ? しーちゃんのおかげで凄く楽しく過ごせたの」
「……そう」
 静子は、何かを言いたそうに口をひらいたが、すぐに閉じて。結局、麻野が買ってきた八つ橋を開けることにしたらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

不機嫌な先生は、恋人のために謎を解く

如月あこ
キャラ文芸
田舎の中高一貫校へ赴任して二年目。 赴任先で再会した教師姫島屋先生は、私の初恋のひと。どうやら私のことを覚えていないみたいだけれど、ふとしたことがきっかけで恋人同士になれた。 なのに。 生徒が失踪? 死体が消えた? 白骨遺体が発見? 前向きだけが取り柄の私を取り巻く、謎。 主人公(27)が、初恋兼恋人の高校教師、個性的な双子の生徒とともに、謎を探っていくお話。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...