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第三章

七、

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 レンタカーは、空いているのを適当に選んだらしい。なんでも安くて運転のしやすい軽自動車や家族で乗れる普通車は、ほぼ出払っていたとのこと。
 新居崎がレンタルしたのは、セレナだった。明らかに二人で使うには、無駄が多すぎるし、レンタル料も高いだろう。
 以前、友人からドライブデートの話を聞いたとき、ガソリン代が馬鹿にならないと言っていた。
 麻野は、言われるがまま助手席に乗り込んだのはいいが、緊張で変な汗を手に握りながら、小さくなっていた。
 新居崎は、まだ車の外だ。
 レンタルの契約も済ませて、あとは発進するだけだが、新居崎は「乗っていろ」といったあとどこかへ姿を消した。
 ちなみに、麻野も新居崎も自分の荷物のほとんどを自宅へ発送済みゆえ、必要最低限のものしかもっていない。麻野は腰に巻くポシェットへ財布諸々を突っ込み、抱きかかえるようにして座っている。
 緊張する。
 なぜ、なにに、緊張しているのか、自分でもわからない。
 がちゃり、と。
 運転席のドアが開いて、新居崎が乗り込んできた。びくっと震える麻野を見て、一瞬だけ眉をひそめた新居崎だったが、手に持っていたお茶のペットボトルを一本差し出してきた。
「ほら」
「あ、りがとうございます。おいくらですか? あ、いえ、ガソリン代とかレンタル代とかとまとめて払いますね!」
「……きみといると、カネの話が多くなるな」
 言われて初めて、確かに、と思った麻野だったけれど。
 ふっ、と笑った新居崎を見て、首を傾げた。
「悪くない。地に足がついている証拠だ。だが、レンタルやらガソリン代は構わない。茶もだ。気になるなら、貸しにしておこう」
「……ありがとうございます」
 手渡されたペットボトルを握り締める。ひんやりと冷たい。自動販売機で買ってきたのだろう、新居崎が美味しいと言っていた宇治の茶葉を使ったお茶だった。
 車はゆっくりと動き始め、新居崎の手慣れた運転捌きで車道へ出る。半袖姿の新居崎は、京都取材初日にも見た。二日目は先に旅館を出たので、新居崎は浴衣姿のままだったが。
 今日はなぜか、妙に、新居崎の腕が気になった。初日も見たのに、今日はとても目を引いてしまう。
 日焼けのない、男性にしては白い肌だ。なのに、がっしりと筋張っていて、男性的な見目をしている。ハンドルを片手で握り、もう片方はゆったりと下ろしていた。普段ならば絶対に見ることのない、初めて見る姿だ。
「どうした?」
「へっ」
「私が運転することが意外か?」
「いえ。なんだか、運転をする先生って新鮮というか……かっこいいな? って」
「なぜ疑問形なんだ。私はいつも格好いい」
「はぁ、まぁ、そうなんですけど」
 新居崎は動揺することなく――少なくとも麻野にはそう見えた――前を向いたまま、運転を続けている。片道一時間と少し。だがそれも、道の混み具合で変わってくる。
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