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第二章

二十四、

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「あは、は」
「何がおかしい!」
「なんだか、気を張っていたみたいです。先生と二人きりだったし、迷惑かけちゃいけないって」
「現在進行形でかけている」
「すみません、もう大丈夫ですから」
 半身を起こすと、ぱさりと体にかけてあったバスタオルが落ちた。麻野が入浴前、身体を拭くために身近な場所へ置いておいたものだ。
「まったく、きみは――」
「すみません」
 遮るように謝ってしまった。本当に迷惑しかかけないな、と自嘲するが、もうかけてしまった迷惑は取り消せない。言い訳をするつもりもないし、言い訳などない。
「……きみは、意外に着痩せするタイプだな」
 ぽつり、と新居崎が呟いた。
「え?」
「まったくないわけではないと思っていたが、思っていたよりも、あるほうだ」
「おっぱいですか? 先生もおっぱいのこと考えるんですか?」
「語弊があるな、その言い方は」
 麻野は、ぎょっとして新居崎を見返した。彼は心底不平そうに、眉をつりあげている。
「先生、人間に興味をもてる人だったんですね!」
「女、ではなく、人間、というあたり、きみの悪意が塊になって押し寄せてきたように思える。そもそも私をなんだと思ってるんだ。確かに特定の相手はいない。だが、この見目だ、かなり男前だろう。相手には不自由しないし、別に興味がないわけじゃない」
「え、ええー。なんか照れるじゃないですか」
 バスタオルを引き寄せて、胸を隠した。見られて恥ずかしがるほど立派なものではないが、あまりに引っ張りすぎて下のほうが際どい所までめくれあがってしまう。
「言っておくが、お前は論外だ」
「論外?」
 なにが、首をかしげると。
 新居崎は、ため息交じりに言う。
「そういう、つまり、恋愛対象としてということだ」
「えっ、先生って恋愛とかするんですか! てっきり、欲望のはけ口にこまらないって意味だと思って聞いてまし――」
「き、み、は。私を、なんだと、思ってるんだ!」
 ひっ、と後ずさりながら立ち上がった瞬間、バスタオルがぱさりと落ちる。麻野はそのバスタオルを拾うと小脇に抱えて、頭をさげた。
「すみません、あの、失言ももちろんですが、ご迷惑ばかりおかけして。なんとか、挽回できるように頑張りますので」
「……恥じらえ」
「はい?」
「今! きみは全裸だ。ここは風呂場だ。私は男できみは女だ。自覚したまえ!」
「大丈夫です、論外だっておっしゃったじゃないですか!」
「大丈夫の意味がわからん。モラルの問題だ!」
 コンコン、と。
 居室のほうから、控えめにノックをする音がした。そして、お料理をお持ちしました、と女性の柔らかい声がする。
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