上 下
29 / 106
第二章

五、

しおりを挟む
「アニメや漫画として出現している妖怪は、江戸時代に描かれたものです。まだ妖怪が妖怪という名前すらなく、数々の現象の理由づけとして具現化擬人化されたもので、庶民にとっては娯楽の一つでもありました。そういった、人々が想像できる妖怪や怨霊すなわち幽霊ではなく、都が京都にあった時代――つまり、平城京時代の怪異について、今回は具体的に調べることにしています」
「例えば」
「妖怪でいうと、百鬼夜行でしょうか。かの有名な安倍晴明も含めて、具体的な逸話や民話を取材できればと。怨霊でいうと、やはり菅原道真公や崇徳上皇などは外せません。すでに多くの人々が調べていることですが、書物で見た事柄が事実であるかの確認をしておきたいです。もちろん、事実かどうかなんて私には判断できませんが、脚色を極力なくして、自分で見聞きしておきたいと思っています。先生は、なぜ桓武天皇が都を京都へ移したかご存じですか。在位の間に二度も遷都を行っている理由に、怨霊にまつわる話が多々あります。そして現代でも、それらの話は多く取り上げられています。多くの災厄に見舞われる天皇たちを、庶民はどのように見ていたのか。どのように考え、対応し、信仰へ変えたのか。そういった部分も――」
「思っていたのと違うな」
「……へ?」
 ぽつりと呟かれた新居崎の言葉に、麻野はびしっと固まった。
 もしかして、麻野が知っている歴史や、麻野が考えている取材内容と、新居崎の観点は異なるのだろうか。だとすれば、今のうちに修正しとかなければ。
「す、すみません。どの辺りですか」
「きみはもっと、突っ走るタイプだと思っていた」
「はい?」
「それに、予想よりはるかにしゃべる。よく動く口だな」
 麻野は何度か瞬きをしてから、新居崎を見据えた。
「それを言うなら、先生だってよくしゃべるじゃないですか」
「……私が?」
「はい」
 ふむ、と新居崎が思考の海に沈んだ。
 沈黙が下りて、麻野は話の続きをする気にもなれず、黙り込む。ミラー越しに目があった運転手が、微かに笑っていた。やりとりを聞いて微笑ましいと思われたのは、間違いないだろう。ほっこりしてもらえたのなら、よかった。
 やがてタクシーは御所近くの路床で止まり、料金を支払った。しっかりと領収書を切ってもらって、経費専用のミニファイルへ丁寧に保管する。
 タクシーを見送ってから、麻野は新居崎を振り返った。
「タクシー、待ってもらわなくてよかったんですか」
「馬鹿をいえ、ここからは徒歩で移動していくんだ。途中の移動手段は、基本的に徒歩と地下鉄を使う。そっちのほうが早くて便利だからな。時間が合えばバスでも構わない。どれも合わなければタクシーを捕まえる。京都市内ほど、すぐにタクシーが捕まる場所もそうそうないぞ」
「お詳しいんですね、なんだか先生が一緒だと心強いです! 突き合わせちゃって申し訳ないのも事実なんですが、やっぱり嬉しいものですね」
「嬉しい? 私のように見目のよい男を傍に侍らすことが、か?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘灯の思いつき短編集

甘灯
キャラ文芸
 作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)                              ※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

かの子でなくば Nobody's report

梅室しば
キャラ文芸
【温泉郷の優しき神は、冬至の夜、囲碁の対局を通して一年の祝福を与える。】 現役大学生作家を輩出した潟杜大学温泉同好会。同大学に通う旧家の令嬢・平梓葉がそれを知って「ある旅館の滞在記を書いてほしい」と依頼する。梓葉の招待で県北部の温泉郷・樺鉢温泉村を訪れた佐倉川利玖は、村の歴史を知る中で、自分達を招いた旅館側の真の意図に気づく。旅館の屋上に聳えるこの世ならざる大木の根元で行われる儀式に招かれられた利玖は「オカバ様」と呼ばれる老神と出会うが、樺鉢の地にもたらされる恵みを奪取しようと狙う者もまた儀式の場に侵入していた──。 ※本作はホームページ及び「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

処理中です...