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第一章
十一
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「時計で、切ったんですね。ああ、痛そう。動きますか? ぐっぱ、ぐっぱ、できます?」
「……馬鹿にしているのか」
「してませんよ、骨折してたらどうするんですかっ」
「骨折していても、動くときは動く」
「えっ」
「いい加減、離せ」
引き抜くように、露骨に腕を引き寄せた男は、また修羅のような顔で麻野を見た。そして、足元に転がる時計を見て、ますます、整った眉を吊り上げる。
「貴様は、ありえないことをした」
「踏んでしまって、ごめんなさい」
「まず一つ目。私が至福としている音読の時間を邪魔した」
え、と麻野は首をかしげる。音読、という言葉と、地面に転がった小説を見て、もしかしてさっき聞こえた声なのか音なのかわからない妖怪じみた音は、この男の音読する声だったのかと納得した。
納得したが、なぜここで、とか、音読をする意味がわからない、とか、色々な疑問は残ったが、それを問える立場でないことくらいは、わかる。
「二つ目。この私を、妖怪扱いした。甚だしく、不愉快だ。生まれて一度として、私は、妖怪などと言われたことはない!」
「初体験ですね!」
「黙れっ!」
声を荒げた男は、眉間に手を当てると、深く息を吐きだした。自分で落ち着こうと努めているらしい。
「三つ目、私の大事な時計を、貴様の汚い足で踏みつけて破壊した。この時計が何か、わかっているのか」
麻野は壊れた時計を見た。
「……奥さんから貰った時計とか」
「独身だ。それに、そういった気持ちの問題を言っているのではない。この時計そのものの価値を言っている。……わからないといった顔をしているな。これは、有名イギリスブランドの限定モデルだ。生まれてはじめて購入した、三桁の買い物だぞ」
「え、百均」
「万で三桁だ!」
「ま……万? 万! え、じゃあ、それって、百万以上するって、こと」
「やっとわかったか。鳥頭め」
「ひいいいいっ、生き返って――っ!」
両手で時計を救い上げるように手を取ると、手に取った傍から、ばらばらとガラスが落ちて、針が落ちた。
あんぐり口をひらく麻野は、両手で時計を持ったまま固まる。これはもう、生き返らない。だって、針ないもん。心の中で、麻野は絶望する。
「ご、ご、ごめんなさい。弁償、しなきゃ」
「ほう、できるのか」
「……バイトをはじめます」
男は、これ以上ないほどに深いため息をついた。頭が痛いというように、首をふる。
「……馬鹿にしているのか」
「してませんよ、骨折してたらどうするんですかっ」
「骨折していても、動くときは動く」
「えっ」
「いい加減、離せ」
引き抜くように、露骨に腕を引き寄せた男は、また修羅のような顔で麻野を見た。そして、足元に転がる時計を見て、ますます、整った眉を吊り上げる。
「貴様は、ありえないことをした」
「踏んでしまって、ごめんなさい」
「まず一つ目。私が至福としている音読の時間を邪魔した」
え、と麻野は首をかしげる。音読、という言葉と、地面に転がった小説を見て、もしかしてさっき聞こえた声なのか音なのかわからない妖怪じみた音は、この男の音読する声だったのかと納得した。
納得したが、なぜここで、とか、音読をする意味がわからない、とか、色々な疑問は残ったが、それを問える立場でないことくらいは、わかる。
「二つ目。この私を、妖怪扱いした。甚だしく、不愉快だ。生まれて一度として、私は、妖怪などと言われたことはない!」
「初体験ですね!」
「黙れっ!」
声を荒げた男は、眉間に手を当てると、深く息を吐きだした。自分で落ち着こうと努めているらしい。
「三つ目、私の大事な時計を、貴様の汚い足で踏みつけて破壊した。この時計が何か、わかっているのか」
麻野は壊れた時計を見た。
「……奥さんから貰った時計とか」
「独身だ。それに、そういった気持ちの問題を言っているのではない。この時計そのものの価値を言っている。……わからないといった顔をしているな。これは、有名イギリスブランドの限定モデルだ。生まれてはじめて購入した、三桁の買い物だぞ」
「え、百均」
「万で三桁だ!」
「ま……万? 万! え、じゃあ、それって、百万以上するって、こと」
「やっとわかったか。鳥頭め」
「ひいいいいっ、生き返って――っ!」
両手で時計を救い上げるように手を取ると、手に取った傍から、ばらばらとガラスが落ちて、針が落ちた。
あんぐり口をひらく麻野は、両手で時計を持ったまま固まる。これはもう、生き返らない。だって、針ないもん。心の中で、麻野は絶望する。
「ご、ご、ごめんなさい。弁償、しなきゃ」
「ほう、できるのか」
「……バイトをはじめます」
男は、これ以上ないほどに深いため息をついた。頭が痛いというように、首をふる。
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