新人種の娘

如月あこ

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第九章 正義と、確固たる悪

2、

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 その部屋は、窓が開いているのではなかった。窓ガラス自体、無かったのだ。不用心だと思いつつなかに入ると、辺り一面真っ黒に焦げている。
 眉をひそめた。
(火事があった、ってこと? そういえば、ナントカ少将が焼身自殺したって言ってたっけ)
 小毬は辺りを探るように見回したあと、執務机と思しき木製の机の前に立った。おもむろに引き出しをあけ、中を探っていく。いくつか引き出しを漁っていると、意外にあっさり、目当てのものを見つけた。
 この建物の見取り図だ。
 それを机の上に広げ、月明かりで照らすようにして眺める。
 どうやらこの建物こそが新人種特殊軍の根拠地であり、右隣りに併設しているのが新人種研究所のようだ。その二つは渡り廊下で繋がっている。
 小毬は、これから向かう部屋を指で撫でた。見取り図をポケットに押し込むと、入ってきた窓から外に出る。
そして、目的の部屋である――飯嶋大門元帥の執務室へと向かった。
 その執務室は、忍び込んだ部屋から正反対に位置する建物の、最上階にあった。
 見取り図を見る限り、政府の人間や軍人、研究員が寝泊まりする宿舎は、あの朱塗り門があった四角い建物らしい。だが、個人の執務室を持つほどに地位ある者は、執務室の傍に寝室を持っているようだ。仮に今日の執務が終わっていたとしても、飯嶋は執務室に隣接する寝室にいるだろう。
 飯嶋の部屋の窓からは、明かりが漏れていた。壁をよじ登り、窓から飯嶋の執務室を覗き込む。
 老齢の男が、窓に背を向けて背もたれつきの椅子に座っている。執務机に肘をつき、書類を読んでいるようだ。ほかには誰もいない。
(こいつが、飯嶋)
 新人種殲滅作戦の決行を決定した、新人種関連の最高責任者。
 そう思うと怒りで目の前がくらくらして、歯を食いしばった。居てもたってもいられず、窓を割って飯嶋の執務室へ侵入する。飯嶋が何事かと振り返ると同時に後ろから羽交い絞めにして、彼の首を掴んだ。
 喉仏が手のひらのしたで上下するのがわかった。
 コンコン、とドアを叩く音がした。
「閣下、何かございましたでしょうか」
 男の声だ。小毬は飯嶋の耳元で、「なんでもないと言え。それから、人払いをしろ」と命じる。
「なんでもないよ。これから来客が来るんだ。聞かれたくない話をするから、きみたちはもう休んでいいよ」
 飯嶋が、ドアに向かって声を張り上げる。
「はっ、しかし見張りの仕事は――」
「いいってば。誰に狙われるわけでもないし。さ、帰った帰った」
「……はい、では失礼致します」
 ドアの外で、足音が離れていく。人の気配も消え、小毬は胸中で安堵の息をついた。
「で。きみは誰で、私になんの用かな」
「お前を殺しにきた」
 そう告げると同時に、掴んだ首に力を加える。ぐ、と飯嶋の喉から奇妙な音が漏れた。飯嶋は首をひねって逃れようとするが、小毬は手を放さなかった。
「そ、れで? きみは、誰なの?」
「こんなときなのに、余裕だね」
「私を殺した相手もわからないんじゃ、死んでも死にきれないなぁ」
「誰だっていい」
「ああ、誠ちゃんが言ってた新人種に洗脳された女の子か」
 息を呑む。
 飯嶋は首を掴んでいる小毬の手を外そうとしたが、力で敵わないと知ると潔く諦め、冗談めかして肩をすくめて見せた。
「ここは三階だよ。どうやって入ってきたの? それに、随分と力が強いんだね、きみ。小毬ちゃんだっけ」
 小毬は何も答えない。
「ここに来たのは新人種を殲滅したことに対する復讐ってとこかな。私を殺して何になるんだい? 死んだ者は生き返らないよ」
「私がしたいからするの」
 新人種殲滅の決定を下したのは、この飯嶋だという。トワは「善悪、どちらもその反面を抱えている」と言った。新人種を滅ぼしたことは、ヒトにとって善なのかもしれない。
 けれど、そんな理屈なんてどうでもよかった。
 ヒトすべてが悪だとは言わない。
 けれど、新人種を殺害する決定を下し、指示をしたトップの人間である飯嶋がのうのうと生きているなんて、納得ができなかった。
 小毬が漠然と抱えていた、行き場のない焦燥感と怒り。
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