新人種の娘

如月あこ

文字の大きさ
上 下
60 / 66
第九章 正義と、確固たる悪

2、

しおりを挟む
 その部屋は、窓が開いているのではなかった。窓ガラス自体、無かったのだ。不用心だと思いつつなかに入ると、辺り一面真っ黒に焦げている。
 眉をひそめた。
(火事があった、ってこと? そういえば、ナントカ少将が焼身自殺したって言ってたっけ)
 小毬は辺りを探るように見回したあと、執務机と思しき木製の机の前に立った。おもむろに引き出しをあけ、中を探っていく。いくつか引き出しを漁っていると、意外にあっさり、目当てのものを見つけた。
 この建物の見取り図だ。
 それを机の上に広げ、月明かりで照らすようにして眺める。
 どうやらこの建物こそが新人種特殊軍の根拠地であり、右隣りに併設しているのが新人種研究所のようだ。その二つは渡り廊下で繋がっている。
 小毬は、これから向かう部屋を指で撫でた。見取り図をポケットに押し込むと、入ってきた窓から外に出る。
そして、目的の部屋である――飯嶋大門元帥の執務室へと向かった。
 その執務室は、忍び込んだ部屋から正反対に位置する建物の、最上階にあった。
 見取り図を見る限り、政府の人間や軍人、研究員が寝泊まりする宿舎は、あの朱塗り門があった四角い建物らしい。だが、個人の執務室を持つほどに地位ある者は、執務室の傍に寝室を持っているようだ。仮に今日の執務が終わっていたとしても、飯嶋は執務室に隣接する寝室にいるだろう。
 飯嶋の部屋の窓からは、明かりが漏れていた。壁をよじ登り、窓から飯嶋の執務室を覗き込む。
 老齢の男が、窓に背を向けて背もたれつきの椅子に座っている。執務机に肘をつき、書類を読んでいるようだ。ほかには誰もいない。
(こいつが、飯嶋)
 新人種殲滅作戦の決行を決定した、新人種関連の最高責任者。
 そう思うと怒りで目の前がくらくらして、歯を食いしばった。居てもたってもいられず、窓を割って飯嶋の執務室へ侵入する。飯嶋が何事かと振り返ると同時に後ろから羽交い絞めにして、彼の首を掴んだ。
 喉仏が手のひらのしたで上下するのがわかった。
 コンコン、とドアを叩く音がした。
「閣下、何かございましたでしょうか」
 男の声だ。小毬は飯嶋の耳元で、「なんでもないと言え。それから、人払いをしろ」と命じる。
「なんでもないよ。これから来客が来るんだ。聞かれたくない話をするから、きみたちはもう休んでいいよ」
 飯嶋が、ドアに向かって声を張り上げる。
「はっ、しかし見張りの仕事は――」
「いいってば。誰に狙われるわけでもないし。さ、帰った帰った」
「……はい、では失礼致します」
 ドアの外で、足音が離れていく。人の気配も消え、小毬は胸中で安堵の息をついた。
「で。きみは誰で、私になんの用かな」
「お前を殺しにきた」
 そう告げると同時に、掴んだ首に力を加える。ぐ、と飯嶋の喉から奇妙な音が漏れた。飯嶋は首をひねって逃れようとするが、小毬は手を放さなかった。
「そ、れで? きみは、誰なの?」
「こんなときなのに、余裕だね」
「私を殺した相手もわからないんじゃ、死んでも死にきれないなぁ」
「誰だっていい」
「ああ、誠ちゃんが言ってた新人種に洗脳された女の子か」
 息を呑む。
 飯嶋は首を掴んでいる小毬の手を外そうとしたが、力で敵わないと知ると潔く諦め、冗談めかして肩をすくめて見せた。
「ここは三階だよ。どうやって入ってきたの? それに、随分と力が強いんだね、きみ。小毬ちゃんだっけ」
 小毬は何も答えない。
「ここに来たのは新人種を殲滅したことに対する復讐ってとこかな。私を殺して何になるんだい? 死んだ者は生き返らないよ」
「私がしたいからするの」
 新人種殲滅の決定を下したのは、この飯嶋だという。トワは「善悪、どちらもその反面を抱えている」と言った。新人種を滅ぼしたことは、ヒトにとって善なのかもしれない。
 けれど、そんな理屈なんてどうでもよかった。
 ヒトすべてが悪だとは言わない。
 けれど、新人種を殺害する決定を下し、指示をしたトップの人間である飯嶋がのうのうと生きているなんて、納得ができなかった。
 小毬が漠然と抱えていた、行き場のない焦燥感と怒り。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~

浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。 男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕! オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。 学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。 ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ? 頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、 なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。 周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません) ハッピーエンドです。R15は保険です。 表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る 花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。 だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。 それは、薔薇。 赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。 赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。 最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。 共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。 曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――……… 個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。 花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。 ※ノベマ・エブリスタでも公開中!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...