新人種の娘

如月あこ

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第八章 ぬくもり

6、

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 施設で小毬が与えられていた部屋は、変わらずそこにあった。
「ね、あのころと変わらないでしょ? お姉ちゃん、好きに使っていいからね~」
 未来はそう言うと、お菓子を取ってくると言って居間へ戻って行った。
 ひとり残された小毬は部屋の真ん中にぽつんと座り、窓を眺める。トワが侵入してきたときのことを思い出し、くすりと笑った。そして、笑えた自分に驚いた。
 再び、自分の手を見た。
「……こんなに早く怪我が治るなんて」
 思えば、飛龍島であんな大怪我を負っておいて回復したのもおかしい。
 自分の身体を抱きしめた。どういう理屈かはわからない。けれど、自分の中にトワを感じる――気がする。
 気のせいかもしれない。
気のせいだって、いい。
ふと、指で唇を撫でた。あのときトワから貰った口づけ、そしてガリッと噛まれたことには、意味があったのかもしれない。
(トワが私にくれたんだ)
 彼は生きろと言った。小毬が生きることを望んだ。
(私は自分が嫌いだった。誰かに認めてもらえれば、自分に価値があるような気がした……居場所が欲しかった)
 自分が嫌いだった。けれど、今は違う。小毬はトワがくれたこの命を、愛することができる。
 自分自身を愛して初めて、自分の存在理由を見つけた気がした。



 未来は、お菓子と冷茶を乗せたお盆を持って、自室を目指す。歩くたびに軋む廊下を歩きながら、鼻歌を口ずさんだ。
(お姉ちゃんが、帰ってきてくれた)
 未来が泣くと、小毬はいつだって手を差し伸べてくれた。小毬はほかの子どもたちとはあまり仲がよくなかったが、それもまた、未来だけは特別だと言われている気がして嬉しかった。
 そんな小毬がさらわれて、未来はただただ愕然とした。小毬は自分から新人種なるものについていったという教師に対して噛みついたこともある。
 小毬がさらわれてから、一年。
 小毬は帰ってきた。
 大好きな姉と、これからはずっと一緒にいられる。
 頭のいい小毬は、近い将来就職してここを去るだろう。それでも、居場所さえわかれば連絡が取れる。話ができる。それだけで充分、幸せだと思うのだ。
 未来は、自室の前に立つとドアを叩く。
「お姉ちゃん、入るよー」
 首を覗かせるようにして部屋に入ると小毬の姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうか。部屋の真ん中にお盆を置いて、床に座ったとき。
 ふと、未来が机代わりに使っているダンボールに置いてあった日記が、開いているのを見つけた。日記を書いたあとは、ノートを閉じるようにしているのに。
 ふらふらと傍に寄ると、小毬の字でノートに書きつけがあった。
――「未来へ。未来は私の大切な妹だよ、ありがとう」
 嫌な予感を覚えた。
 辺りを見回して、窓をひらく。
「お姉ちゃん。……お姉ちゃん!」
 力いっぱい叫んだ。
 けれど、小毬の姿はどこにもなかった。
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