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第七章 最後の戦い
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沖に、巨大な船があった。あれは、図鑑やテレビでしか見たことがないが、おそらく軍艦と呼ぶ類のものだろう。黒いボディはただでさえ畏怖を与えるというのに、船の中央にはどしりとした鉄塔が構えていた。鉄塔の横からは、細い筒のような物が二つ、こちらに向いていた。
軍艦は、沖のほうに一つ。研究所がある小島から、飛龍島の裏手へ向かう一つ。そしてさらに、沖から島の反対側へ回り込もうとしている軍艦が一つ。
合計三隻の船の甲板には、小さく蠢く人のようなものが見えた。かなり遠いが、小毬の拙い知識でさえ、あれらの軍艦が大砲なるものを備えていることを知っている。
それらをミカン畑から眺め、小毬は隣に佇む百合子へ問う。
「いつ乗り込んでくるのかな」
「私たちが死んだあとでしょ」
その言葉に、小毬は目を見張る。死んだあと、ということはつまり、ヒトは白兵戦に持ち込むつもりはないということか。
今更ながら、軍艦が停泊している理由に気づいた。あそこから、大砲で飛龍島を攻撃するつもりなのだ。三方向から同時に続けざまに大砲を撃ち込まれたら、飛龍島自体が崩壊してしまうのではないか。だとしたら、新人種たちが決めた「最後まで戦う」ことなど無意味だ。
「百合子さん、このままじゃ戦えない。皆に知らせなきゃ」
「あのね、小毬。相手が大砲で攻撃してくることくらい、皆予想がついてたわ」
百合子はそう言うと、踵を返した。歩いて行く彼女に、小毬は駆け寄る。
「どういうこと? だって、『最後まで戦う』って、そう決めたはずじゃ」
「……小毬には、その言葉の意味するところを言ってないの。私がトワや皆に、言わないでって頼んだから」
え、と短く呟いた。戦うということは、武装して相手と白兵戦を行う、という意味ではないのか。
百合子は足早に歩きながら、横目で小毬を見て、苦笑した。
「最後まで戦う。最後っていうのは、死んだあとって意味」
「よくわからない」
「ヒトはおそらく、私たちを実験体にしたいのよ。それも、生きたまま捕らえて飼うことが目的。だから私たちは、この身をヒトに差し出したりしない。最後まで、ヒトに刃向う。それが、『最後まで戦う』っていう意味よ」
小毬は首を傾げる。いまいち意味が理解できていない小毬を見て、百合子は苦笑した。
「つまりね、私たちはヒトに死体さえ触れさせてやらないってこと」
「……何をするの」
「端的に言えば、崖から飛び降りるってことかしらねぇ」
息をつめて、とっさに百合子の腕を掴んだ。それでも、百合子は足を止めない。ただ優しげに微笑んだだけだった。
「自殺するってこと? そんなの駄目だよ」
「そう言うと思って、今日まで黙ってたの。私たちは誇りを重んじるわ。だから、気高く死ぬ」
「自殺は気高くなんかないよ!」
百合子の手が、小毬の頭を撫でる。トワの手と違って、どこかふわふわとした優しい女性の手だ。
「小毬は、わからなくていい。私たちのことなんて、理解なんてしなくていいの」
どこか突き放した言葉だったが、百合子の表情は優しいままだ。
小毬が返事を返そうと口をひらいたとき、集会場についた。百合子が向かった先は、集会場だったようだ。
玄関口には草履が散乱しており、複数人の新人種が集まっていることを示している。
百合子は襖をひらいて部屋に入ると、なかの新人種たちを見回した。小毬も百合子にくっついて、部屋に入った。部屋にはトワや豪理もいる。
「そろそろ攻めてくるかしらね」
「だろうね」
答えたのは、豪理だ。どこか力なく笑った彼は、立ち上がる。それに準ずるように、集まっていた新人種たちがぽつぽつと立ちあがった。
皆、トワに会釈をして部屋から――集会場から出ていく。
豪理がふと、小毬の前で足を止めた。
「小毬ちゃん、もう会えないだろうから、言っておかなきゃ。あのときは、悪かった」
あのときというのがいつを差しているのか、小毬にはすぐにわかった。けれど、そんなことよりも。
「もう、会えないの?」
豪理は大きく目を見張る。そして、何がおかしいのか、豪理は満面の笑顔になった。豪理は言葉を続ける。
「小毬ちゃんには悪いと思っている。でも、やっぱり僕はあのときの行動が悪かったとは思えない。きみさえ来なければ、あのときに犠牲になっていれば、僕たちが殲滅されるであろう時期を遅らせることができただろうから」
豪理は頭を掻くと、軽く息をつく。そして、言葉を続けた。
「きみが嫌いなわけじゃないよ。きみはもう、僕らの仲間だ」
仲間だからこそ、あのとき自ら犠牲になってほしかった。豪理は言葉の端にそういった意味合いを滲ませた。
豪理は「それじゃあ」と言うと、集会場を出て行った。
部屋に残ったのは、小毬と百合子、そしてトワだ。小毬は百合子を見て、それからトワを見た。
「……皆、自殺するって本当?」
「百合子から聞いたんだな、本当のことだ」
「どうして。そんなのおかしい。死んだら何もかも終わりなんだよ!」
軍艦は、沖のほうに一つ。研究所がある小島から、飛龍島の裏手へ向かう一つ。そしてさらに、沖から島の反対側へ回り込もうとしている軍艦が一つ。
合計三隻の船の甲板には、小さく蠢く人のようなものが見えた。かなり遠いが、小毬の拙い知識でさえ、あれらの軍艦が大砲なるものを備えていることを知っている。
それらをミカン畑から眺め、小毬は隣に佇む百合子へ問う。
「いつ乗り込んでくるのかな」
「私たちが死んだあとでしょ」
その言葉に、小毬は目を見張る。死んだあと、ということはつまり、ヒトは白兵戦に持ち込むつもりはないということか。
今更ながら、軍艦が停泊している理由に気づいた。あそこから、大砲で飛龍島を攻撃するつもりなのだ。三方向から同時に続けざまに大砲を撃ち込まれたら、飛龍島自体が崩壊してしまうのではないか。だとしたら、新人種たちが決めた「最後まで戦う」ことなど無意味だ。
「百合子さん、このままじゃ戦えない。皆に知らせなきゃ」
「あのね、小毬。相手が大砲で攻撃してくることくらい、皆予想がついてたわ」
百合子はそう言うと、踵を返した。歩いて行く彼女に、小毬は駆け寄る。
「どういうこと? だって、『最後まで戦う』って、そう決めたはずじゃ」
「……小毬には、その言葉の意味するところを言ってないの。私がトワや皆に、言わないでって頼んだから」
え、と短く呟いた。戦うということは、武装して相手と白兵戦を行う、という意味ではないのか。
百合子は足早に歩きながら、横目で小毬を見て、苦笑した。
「最後まで戦う。最後っていうのは、死んだあとって意味」
「よくわからない」
「ヒトはおそらく、私たちを実験体にしたいのよ。それも、生きたまま捕らえて飼うことが目的。だから私たちは、この身をヒトに差し出したりしない。最後まで、ヒトに刃向う。それが、『最後まで戦う』っていう意味よ」
小毬は首を傾げる。いまいち意味が理解できていない小毬を見て、百合子は苦笑した。
「つまりね、私たちはヒトに死体さえ触れさせてやらないってこと」
「……何をするの」
「端的に言えば、崖から飛び降りるってことかしらねぇ」
息をつめて、とっさに百合子の腕を掴んだ。それでも、百合子は足を止めない。ただ優しげに微笑んだだけだった。
「自殺するってこと? そんなの駄目だよ」
「そう言うと思って、今日まで黙ってたの。私たちは誇りを重んじるわ。だから、気高く死ぬ」
「自殺は気高くなんかないよ!」
百合子の手が、小毬の頭を撫でる。トワの手と違って、どこかふわふわとした優しい女性の手だ。
「小毬は、わからなくていい。私たちのことなんて、理解なんてしなくていいの」
どこか突き放した言葉だったが、百合子の表情は優しいままだ。
小毬が返事を返そうと口をひらいたとき、集会場についた。百合子が向かった先は、集会場だったようだ。
玄関口には草履が散乱しており、複数人の新人種が集まっていることを示している。
百合子は襖をひらいて部屋に入ると、なかの新人種たちを見回した。小毬も百合子にくっついて、部屋に入った。部屋にはトワや豪理もいる。
「そろそろ攻めてくるかしらね」
「だろうね」
答えたのは、豪理だ。どこか力なく笑った彼は、立ち上がる。それに準ずるように、集まっていた新人種たちがぽつぽつと立ちあがった。
皆、トワに会釈をして部屋から――集会場から出ていく。
豪理がふと、小毬の前で足を止めた。
「小毬ちゃん、もう会えないだろうから、言っておかなきゃ。あのときは、悪かった」
あのときというのがいつを差しているのか、小毬にはすぐにわかった。けれど、そんなことよりも。
「もう、会えないの?」
豪理は大きく目を見張る。そして、何がおかしいのか、豪理は満面の笑顔になった。豪理は言葉を続ける。
「小毬ちゃんには悪いと思っている。でも、やっぱり僕はあのときの行動が悪かったとは思えない。きみさえ来なければ、あのときに犠牲になっていれば、僕たちが殲滅されるであろう時期を遅らせることができただろうから」
豪理は頭を掻くと、軽く息をつく。そして、言葉を続けた。
「きみが嫌いなわけじゃないよ。きみはもう、僕らの仲間だ」
仲間だからこそ、あのとき自ら犠牲になってほしかった。豪理は言葉の端にそういった意味合いを滲ませた。
豪理は「それじゃあ」と言うと、集会場を出て行った。
部屋に残ったのは、小毬と百合子、そしてトワだ。小毬は百合子を見て、それからトワを見た。
「……皆、自殺するって本当?」
「百合子から聞いたんだな、本当のことだ」
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