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第五章 再会と決意
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壮年というわけではないので、十代か二十代、多く見積もっても三十代前半くらいか。中性的な顔立ちは女性のようにも見えるが、おそらく男だろう。
「ふふふっ、誠次ってば落ち込んでる」
「お、落ち込んでるわけじゃない」
小毬は視線を反らし、すぐに誠次に戻した。
「こちらです」
小毬の言葉に、誠次は困った顔をしたが、小毬が歩き出すと大人しくあとをついてきた。砂利道を通り、農耕地を見渡せる一本道で足を止める。
「ここで、野菜を栽培しています。自宅で家庭菜園を持っている家も多いですが、大部分の野菜はここで育てています。あそこで仕事をしている者が野菜畑の指導担当ですが、お話をお聞きになられますか?」
「あ、い、いや。話は、別に」
「ねぇねぇ、なんの野菜を栽培してるの?」
髪の長い男が、くるりと誠次の前を回って小毬の前に顔を覗かせた。何が楽しいのか、三日月を描く目を、小毬は無表情で見つめ返す。
「人参、玉ねぎ、イモが中心です。保存がきくので」
「キャベツは? ワタシ、キャベツ好きなんだよねぇー」
「あります。しかし、キャベツは作るのが難しいので、あまり大規模には作っていません。失敗すると、すべてが駄目になるので」
「え、キャベツってムズカシイの? なんで?」
「葉がうまく巻かないときがあるのです。開いたまま成長してしまうと食べれなくなるので、巻かないとわかった時点で食べなければなりません」
「ふぅん」
男は興味なさそうに頷くと額に手を当てて陽光を遮り、辺りを見回した。しゃらん、と彼の腕輪が音をたてた。
「結構広いねぇ。ほら、誠次。ちゃんと確認しておきなよ。仕事をおろそかにすると、減給されるよ」
男が振り返る。小毬も同じように振り返ると、誠次と目が合った。誠次は目の前に広がる田畑ではなく、ひたすらに小毬を眺めていた。戸惑いや憐みの色を浮かべつつも、人里離れた湖畔のように静かな瞳が、小毬を映している。
「……小毬ちゃん、だよね」
小毬は目を伏せた。
観念したように、腹から息を吐きだす。
「お久しぶりです、綿貫さん」
「やっぱり。ずいぶんと変わってたから、最初わからなかった。成長期だからかな。肌も焼けたし、なんていうか、生き生きしてるね。言い方、変かもしれないけど」
「はい。とても充実した日々を送っています」
「無事でよかった」
そう微笑んで、誠次は小毬に手を差し伸べた。
「さぁ、帰ろう」
え、と小さく呟く。伸ばされた手をまじまじと見つめた。
「ずっと探してたんだ。もう大丈夫、一緒に返ろう。未来も心配してたよ」
「あ、あの」
「ここは危険だ。充実してるのは今だけだよ。新人種は非道だ。いつ殺されるともわからない。小毬ちゃんは、飼われてる……うん、そう。あいつらに飼われてるんだ。彼らの気まぐれだよ。だから、無事なうちにここを出たほうがいい」
心からの言葉だとわかった。
誠次は本当に小毬を探してくれたのだろう。彼の言葉から滲んでくる親しみや優しさ、慈悲、それらが小毬の胸の奥にある柔らかい部分に突き刺さる。右手で掻き毟るように自分の胸を掴んだ。
「私、綿貫さんと一緒にはいけません」
呟いてから、自分の声が小さいことに驚いた。奥歯を噛みしめてぐっと顔をあげると、再び、今度ははっきりと告げる。
「私は、一緒に行きません」
誠次は、夏場に雪が降ってくるのを見たような、そんな唖然とした顔をした。
「え?」
「ごめんなさい」
「小毬ちゃん、何を心配してるの? きみの担任のことかな。彼があることないこと言ってるのは、ちゃんと皆わかってる。きみが新人種を手引きしたなんて、誰も思ってないよ」
「あー、もう、駄目駄目だよ、誠次は」
くるっ、と身体を回転させながら、男は誠次の前に躍り出た。やけに芝居じみた動作で、右手を誠次の額に押し当てる。ぺち、と音がした。
「ワタシが出した宿題、忘れたのかい?」
「紅三郎、今はそんな話はいい。お前に付き合ってる場合じゃないんだ」
「あのね、こういうときのために出してあげた宿題なんだよ。あの日、コマリちゃんを誘拐した新人種はこう言った。『この娘をさらっていく』って」
「それがなんだっていうんだ」
誠次は露骨に不機嫌な声を出す。
紅三郎、と呼ばれた男は、構わずに話を続けた。
「言う必要のない言葉を言ったということは、その言葉自体をキミに聞かせたかったのさ。キミはあの言葉を聞いて、どう思った?」
「……どう、って。小毬ちゃんが、さらわれたんだ、と」
「そう。そう思わせたかったんだ。つまり、真実はその逆にある」
紅三郎は軽く身体をひねり、小毬を振り返った。
「キミは、自分から新人種についていった。そうだろう?」
気味の悪い人だ、と小毬は眉をひそめる。
先ほどから、紅三郎の瞳はおかしそうに三日月を描いている。なのに、その奥に見える瞳はガラス玉のように無機質で、笑っていないように見えた。
静かに息を吐ききると、小毬は大きく頷いた。
「はい」
そんな、と言う誠次の声を無視して、紅三郎は続ける。
「そしてそのことを、その新人種は隠したかった。その理由までは、さすがのワタシもわからないけれど」
「そんなわけがない。例えそうだとしても、小毬ちゃん、きみは騙されてる」
「ふふふっ、誠次ってば落ち込んでる」
「お、落ち込んでるわけじゃない」
小毬は視線を反らし、すぐに誠次に戻した。
「こちらです」
小毬の言葉に、誠次は困った顔をしたが、小毬が歩き出すと大人しくあとをついてきた。砂利道を通り、農耕地を見渡せる一本道で足を止める。
「ここで、野菜を栽培しています。自宅で家庭菜園を持っている家も多いですが、大部分の野菜はここで育てています。あそこで仕事をしている者が野菜畑の指導担当ですが、お話をお聞きになられますか?」
「あ、い、いや。話は、別に」
「ねぇねぇ、なんの野菜を栽培してるの?」
髪の長い男が、くるりと誠次の前を回って小毬の前に顔を覗かせた。何が楽しいのか、三日月を描く目を、小毬は無表情で見つめ返す。
「人参、玉ねぎ、イモが中心です。保存がきくので」
「キャベツは? ワタシ、キャベツ好きなんだよねぇー」
「あります。しかし、キャベツは作るのが難しいので、あまり大規模には作っていません。失敗すると、すべてが駄目になるので」
「え、キャベツってムズカシイの? なんで?」
「葉がうまく巻かないときがあるのです。開いたまま成長してしまうと食べれなくなるので、巻かないとわかった時点で食べなければなりません」
「ふぅん」
男は興味なさそうに頷くと額に手を当てて陽光を遮り、辺りを見回した。しゃらん、と彼の腕輪が音をたてた。
「結構広いねぇ。ほら、誠次。ちゃんと確認しておきなよ。仕事をおろそかにすると、減給されるよ」
男が振り返る。小毬も同じように振り返ると、誠次と目が合った。誠次は目の前に広がる田畑ではなく、ひたすらに小毬を眺めていた。戸惑いや憐みの色を浮かべつつも、人里離れた湖畔のように静かな瞳が、小毬を映している。
「……小毬ちゃん、だよね」
小毬は目を伏せた。
観念したように、腹から息を吐きだす。
「お久しぶりです、綿貫さん」
「やっぱり。ずいぶんと変わってたから、最初わからなかった。成長期だからかな。肌も焼けたし、なんていうか、生き生きしてるね。言い方、変かもしれないけど」
「はい。とても充実した日々を送っています」
「無事でよかった」
そう微笑んで、誠次は小毬に手を差し伸べた。
「さぁ、帰ろう」
え、と小さく呟く。伸ばされた手をまじまじと見つめた。
「ずっと探してたんだ。もう大丈夫、一緒に返ろう。未来も心配してたよ」
「あ、あの」
「ここは危険だ。充実してるのは今だけだよ。新人種は非道だ。いつ殺されるともわからない。小毬ちゃんは、飼われてる……うん、そう。あいつらに飼われてるんだ。彼らの気まぐれだよ。だから、無事なうちにここを出たほうがいい」
心からの言葉だとわかった。
誠次は本当に小毬を探してくれたのだろう。彼の言葉から滲んでくる親しみや優しさ、慈悲、それらが小毬の胸の奥にある柔らかい部分に突き刺さる。右手で掻き毟るように自分の胸を掴んだ。
「私、綿貫さんと一緒にはいけません」
呟いてから、自分の声が小さいことに驚いた。奥歯を噛みしめてぐっと顔をあげると、再び、今度ははっきりと告げる。
「私は、一緒に行きません」
誠次は、夏場に雪が降ってくるのを見たような、そんな唖然とした顔をした。
「え?」
「ごめんなさい」
「小毬ちゃん、何を心配してるの? きみの担任のことかな。彼があることないこと言ってるのは、ちゃんと皆わかってる。きみが新人種を手引きしたなんて、誰も思ってないよ」
「あー、もう、駄目駄目だよ、誠次は」
くるっ、と身体を回転させながら、男は誠次の前に躍り出た。やけに芝居じみた動作で、右手を誠次の額に押し当てる。ぺち、と音がした。
「ワタシが出した宿題、忘れたのかい?」
「紅三郎、今はそんな話はいい。お前に付き合ってる場合じゃないんだ」
「あのね、こういうときのために出してあげた宿題なんだよ。あの日、コマリちゃんを誘拐した新人種はこう言った。『この娘をさらっていく』って」
「それがなんだっていうんだ」
誠次は露骨に不機嫌な声を出す。
紅三郎、と呼ばれた男は、構わずに話を続けた。
「言う必要のない言葉を言ったということは、その言葉自体をキミに聞かせたかったのさ。キミはあの言葉を聞いて、どう思った?」
「……どう、って。小毬ちゃんが、さらわれたんだ、と」
「そう。そう思わせたかったんだ。つまり、真実はその逆にある」
紅三郎は軽く身体をひねり、小毬を振り返った。
「キミは、自分から新人種についていった。そうだろう?」
気味の悪い人だ、と小毬は眉をひそめる。
先ほどから、紅三郎の瞳はおかしそうに三日月を描いている。なのに、その奥に見える瞳はガラス玉のように無機質で、笑っていないように見えた。
静かに息を吐ききると、小毬は大きく頷いた。
「はい」
そんな、と言う誠次の声を無視して、紅三郎は続ける。
「そしてそのことを、その新人種は隠したかった。その理由までは、さすがのワタシもわからないけれど」
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