新人種の娘

如月あこ

文字の大きさ
上 下
40 / 66
第五章 再会と決意

4、

しおりを挟む
 壮年というわけではないので、十代か二十代、多く見積もっても三十代前半くらいか。中性的な顔立ちは女性のようにも見えるが、おそらく男だろう。
「ふふふっ、誠次ってば落ち込んでる」
「お、落ち込んでるわけじゃない」
 小毬は視線を反らし、すぐに誠次に戻した。
「こちらです」
 小毬の言葉に、誠次は困った顔をしたが、小毬が歩き出すと大人しくあとをついてきた。砂利道を通り、農耕地を見渡せる一本道で足を止める。
「ここで、野菜を栽培しています。自宅で家庭菜園を持っている家も多いですが、大部分の野菜はここで育てています。あそこで仕事をしている者が野菜畑の指導担当ですが、お話をお聞きになられますか?」
「あ、い、いや。話は、別に」
「ねぇねぇ、なんの野菜を栽培してるの?」
 髪の長い男が、くるりと誠次の前を回って小毬の前に顔を覗かせた。何が楽しいのか、三日月を描く目を、小毬は無表情で見つめ返す。
「人参、玉ねぎ、イモが中心です。保存がきくので」
「キャベツは? ワタシ、キャベツ好きなんだよねぇー」
「あります。しかし、キャベツは作るのが難しいので、あまり大規模には作っていません。失敗すると、すべてが駄目になるので」
「え、キャベツってムズカシイの? なんで?」
「葉がうまく巻かないときがあるのです。開いたまま成長してしまうと食べれなくなるので、巻かないとわかった時点で食べなければなりません」
「ふぅん」
 男は興味なさそうに頷くと額に手を当てて陽光を遮り、辺りを見回した。しゃらん、と彼の腕輪が音をたてた。
「結構広いねぇ。ほら、誠次。ちゃんと確認しておきなよ。仕事をおろそかにすると、減給されるよ」
 男が振り返る。小毬も同じように振り返ると、誠次と目が合った。誠次は目の前に広がる田畑ではなく、ひたすらに小毬を眺めていた。戸惑いや憐みの色を浮かべつつも、人里離れた湖畔のように静かな瞳が、小毬を映している。
「……小毬ちゃん、だよね」
 小毬は目を伏せた。
 観念したように、腹から息を吐きだす。
「お久しぶりです、綿貫さん」
「やっぱり。ずいぶんと変わってたから、最初わからなかった。成長期だからかな。肌も焼けたし、なんていうか、生き生きしてるね。言い方、変かもしれないけど」
「はい。とても充実した日々を送っています」
「無事でよかった」
 そう微笑んで、誠次は小毬に手を差し伸べた。
「さぁ、帰ろう」
 え、と小さく呟く。伸ばされた手をまじまじと見つめた。
「ずっと探してたんだ。もう大丈夫、一緒に返ろう。未来も心配してたよ」
「あ、あの」
「ここは危険だ。充実してるのは今だけだよ。新人種は非道だ。いつ殺されるともわからない。小毬ちゃんは、飼われてる……うん、そう。あいつらに飼われてるんだ。彼らの気まぐれだよ。だから、無事なうちにここを出たほうがいい」
 心からの言葉だとわかった。
 誠次は本当に小毬を探してくれたのだろう。彼の言葉から滲んでくる親しみや優しさ、慈悲、それらが小毬の胸の奥にある柔らかい部分に突き刺さる。右手で掻き毟るように自分の胸を掴んだ。
「私、綿貫さんと一緒にはいけません」
 呟いてから、自分の声が小さいことに驚いた。奥歯を噛みしめてぐっと顔をあげると、再び、今度ははっきりと告げる。
「私は、一緒に行きません」
 誠次は、夏場に雪が降ってくるのを見たような、そんな唖然とした顔をした。
「え?」
「ごめんなさい」
「小毬ちゃん、何を心配してるの? きみの担任のことかな。彼があることないこと言ってるのは、ちゃんと皆わかってる。きみが新人種を手引きしたなんて、誰も思ってないよ」
「あー、もう、駄目駄目だよ、誠次は」
 くるっ、と身体を回転させながら、男は誠次の前に躍り出た。やけに芝居じみた動作で、右手を誠次の額に押し当てる。ぺち、と音がした。
「ワタシが出した宿題、忘れたのかい?」
「紅三郎、今はそんな話はいい。お前に付き合ってる場合じゃないんだ」
「あのね、こういうときのために出してあげた宿題なんだよ。あの日、コマリちゃんを誘拐した新人種はこう言った。『この娘をさらっていく』って」
「それがなんだっていうんだ」
 誠次は露骨に不機嫌な声を出す。
紅三郎、と呼ばれた男は、構わずに話を続けた。
「言う必要のない言葉を言ったということは、その言葉自体をキミに聞かせたかったのさ。キミはあの言葉を聞いて、どう思った?」
「……どう、って。小毬ちゃんが、さらわれたんだ、と」
「そう。そう思わせたかったんだ。つまり、真実はその逆にある」
 紅三郎は軽く身体をひねり、小毬を振り返った。
「キミは、自分から新人種についていった。そうだろう?」
 気味の悪い人だ、と小毬は眉をひそめる。
 先ほどから、紅三郎の瞳はおかしそうに三日月を描いている。なのに、その奥に見える瞳はガラス玉のように無機質で、笑っていないように見えた。
 静かに息を吐ききると、小毬は大きく頷いた。
「はい」
 そんな、と言う誠次の声を無視して、紅三郎は続ける。
「そしてそのことを、その新人種は隠したかった。その理由までは、さすがのワタシもわからないけれど」
「そんなわけがない。例えそうだとしても、小毬ちゃん、きみは騙されてる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~

浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。 男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕! オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。 学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。 ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ? 頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、 なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。 周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません) ハッピーエンドです。R15は保険です。 表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る 花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。 だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。 それは、薔薇。 赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。 赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。 最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。 共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。 曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――……… 個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。 花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。 ※ノベマ・エブリスタでも公開中!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...