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第三章 日々の暮らしと、『芳賀魔巌二』
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小毬はあんぐりと口をひらいた。
意味がわからなかったのではない。そんな夢物語のような研究を、人体を使って研究する者が現実にいるなど、にわかには信じられなかったのだ。
まだ日本本土にいたころに鬼姫伝説を聞いたときも思ったが、人はなぜ不老不死を求めるのだろうか。そんなもの、あるはずなどないのに。
(あるはず、ない?)
自分の考えに首をひねり、ふと、トワを見る。
トワの見目が若いままなのは、もしかしてその研究と関係があるのだろうか。
小毬の表情を見て、トワが苦笑した。
「不老不死など馬鹿らしいだろう? だが、芳賀魔巌二は本気だった。島民も最初は何も知らされず、騙されて研究所へ連れ込まれていた。けれど、誰ひとりとして研究所から帰ってこない。被害者が数十人にわたったころ、ようやく我ら住民は真実を知ったんだ」
「人体の実験が行われてるって?」
「ああ。芳賀魔巌二は、不老不死の人体実験をしていた。巌二が目をつけたのは、ウイルスだ。ウイルスによって遺伝子自体を変異させ、不老不死を作り出すというものだった」
「遺伝子を変異させる?」
小毬は眉をひそめた。
化学については、学校で学んだ知識しか持ちえていないが、果たしてトワの言った研究は現実に可能なのだろうか。
「それって、遺伝子組み換えってやつ? それなら聞いたことあるけど」
「似ているが違う。遺伝子組み換えは、交配させて新たな生き物や食物を作り出すことだ。それでは、巌二の目的は達成されない」
「どうして?」
「巌二は、すでに生まれてしまっている者を不老不死に変化させる研究をしていたからだ」
そうか、と小毬は納得した。
新しく不老不死に近い者を作り出すのでは意味がないのだ。なぜならば、不老不死になりたいのは芳賀魔巌二や、巌二を援助しているという国の重鎮たちなのだから。彼らを不老不死にするには、身体のしくみ自体をなんとか変化させなければならない。
「人は老いる。細胞分裂の限界数も決まっている。それを変化させようという、とんでもない研究を、芳賀魔巌二は行っていたということだ」
「そこで目をつけたのが、ウイルスってことなんだ」
「そうだ。人体実験が行われていることが飛龍島で公になったころには、島民は島から出ることを禁じられた。我らはただの実験体として、飼育されることになる。……そして、ある事件が起きた」
「ある事件?」
「ウイルスが研究所から漏れ出し、飛龍島全土へ広がった。研究者が革命ウイルスと呼んでいたもので、非常に繁殖力が強く空気感染する。あっという間に、島民および研究員の半分以上が、革命ウイルスに感染した」
そして、とトワは話しを続ける。
「革命ウイルスに感染した研究員はすべて死に、飛龍島の島民だけが生き残った」
「……どういうこと? 抗体があったってこと?」
「その謎は未だ解明されていない。……いや、もうヒトは研究の末に答えを見つけているのかもしれないが、私が母から聞いた時点ではまだわかっていなかった。ただ、この島で暮らす者だけが助かったのだから、この島か、もしくは遥か先祖に何か秘密があるのだろう」
ウイルスが漏れ出し、感染する。まるで細菌兵器のような事実に、小毬は両腕を抱いて身震いした。なんという危険な実験を、芳賀魔巌二という者はしていたのだろう。
(ヒトを簡単に実験体にするなんて、悪魔の所業だ)
そう考えて、小毬ははっと顔をあげた。
「もしかして、だから政府は新人種を殲滅させたいの?」
トワは頬を緩め、頷いた。
「続きは想像できるだろうが、生き残った島民たちは見目が変化していき、『新人種』になった。巌二は感染せずに生き残っており、残りの研究員とともに引き続き不老不死の研究を続けた。……あとは、以前に話した通りだ。新人種の一部が逃げ出し、人間大量殺戮の事件が起き、その事件は政府が箝口令を敷いたにも関わらず、日本全土どころか世界中に広がるほどの大事件となってしまった。政府は『新人種』の正体を、そして芳賀魔巌二の研究を認めていたという事実や人体実験を行っていたという事実を隠ぺいするために、『新人種』という種族をでっちあげたのだ」
新人種はもともと存在しており、山奥で暮らす「鬼」だった、と。「鬼」は人を殺すことに快感を覚える忌むべき種族。
そのようなでっちあげを作り、新人種を飛龍島に閉じ込めているのは、過去の出来事――人体実験やウイルス感染などの事実を、漏らさないためでもあったのか。
「歴史が変われば、人々の認識や正義も変わる。八十年前は、個人の人体実験を国が認めるなどが横行されていた時代でもあった。だが現在、その事実が世間に公表されれば、日本中……いや、世界中から、日本政府は非難されるだろう。非難などという言葉では済まされないかもしれない」
ここで、先ほどの小毬の言葉に戻るのだろう。
だからこそ、政府は新人種を殲滅したいのだ、と。事実を知る新人種さえ殲滅してしまえば、過去の秘密が漏れることはない。日本政府にとって「新人種」とは悪しき鬼などではなく、政府を危機に陥らせる可能性のある爆弾なのだ。
小毬は視線を落とした。
結局は、何もかもが「ヒト」の都合なのだ。この島で暮らす新人種たちは、被害者でしかない。わかっていたことだが、トワから真実を聞いた今、小毬のなかで「ヒト」に対する腹立たしさが激しく増した。
意味がわからなかったのではない。そんな夢物語のような研究を、人体を使って研究する者が現実にいるなど、にわかには信じられなかったのだ。
まだ日本本土にいたころに鬼姫伝説を聞いたときも思ったが、人はなぜ不老不死を求めるのだろうか。そんなもの、あるはずなどないのに。
(あるはず、ない?)
自分の考えに首をひねり、ふと、トワを見る。
トワの見目が若いままなのは、もしかしてその研究と関係があるのだろうか。
小毬の表情を見て、トワが苦笑した。
「不老不死など馬鹿らしいだろう? だが、芳賀魔巌二は本気だった。島民も最初は何も知らされず、騙されて研究所へ連れ込まれていた。けれど、誰ひとりとして研究所から帰ってこない。被害者が数十人にわたったころ、ようやく我ら住民は真実を知ったんだ」
「人体の実験が行われてるって?」
「ああ。芳賀魔巌二は、不老不死の人体実験をしていた。巌二が目をつけたのは、ウイルスだ。ウイルスによって遺伝子自体を変異させ、不老不死を作り出すというものだった」
「遺伝子を変異させる?」
小毬は眉をひそめた。
化学については、学校で学んだ知識しか持ちえていないが、果たしてトワの言った研究は現実に可能なのだろうか。
「それって、遺伝子組み換えってやつ? それなら聞いたことあるけど」
「似ているが違う。遺伝子組み換えは、交配させて新たな生き物や食物を作り出すことだ。それでは、巌二の目的は達成されない」
「どうして?」
「巌二は、すでに生まれてしまっている者を不老不死に変化させる研究をしていたからだ」
そうか、と小毬は納得した。
新しく不老不死に近い者を作り出すのでは意味がないのだ。なぜならば、不老不死になりたいのは芳賀魔巌二や、巌二を援助しているという国の重鎮たちなのだから。彼らを不老不死にするには、身体のしくみ自体をなんとか変化させなければならない。
「人は老いる。細胞分裂の限界数も決まっている。それを変化させようという、とんでもない研究を、芳賀魔巌二は行っていたということだ」
「そこで目をつけたのが、ウイルスってことなんだ」
「そうだ。人体実験が行われていることが飛龍島で公になったころには、島民は島から出ることを禁じられた。我らはただの実験体として、飼育されることになる。……そして、ある事件が起きた」
「ある事件?」
「ウイルスが研究所から漏れ出し、飛龍島全土へ広がった。研究者が革命ウイルスと呼んでいたもので、非常に繁殖力が強く空気感染する。あっという間に、島民および研究員の半分以上が、革命ウイルスに感染した」
そして、とトワは話しを続ける。
「革命ウイルスに感染した研究員はすべて死に、飛龍島の島民だけが生き残った」
「……どういうこと? 抗体があったってこと?」
「その謎は未だ解明されていない。……いや、もうヒトは研究の末に答えを見つけているのかもしれないが、私が母から聞いた時点ではまだわかっていなかった。ただ、この島で暮らす者だけが助かったのだから、この島か、もしくは遥か先祖に何か秘密があるのだろう」
ウイルスが漏れ出し、感染する。まるで細菌兵器のような事実に、小毬は両腕を抱いて身震いした。なんという危険な実験を、芳賀魔巌二という者はしていたのだろう。
(ヒトを簡単に実験体にするなんて、悪魔の所業だ)
そう考えて、小毬ははっと顔をあげた。
「もしかして、だから政府は新人種を殲滅させたいの?」
トワは頬を緩め、頷いた。
「続きは想像できるだろうが、生き残った島民たちは見目が変化していき、『新人種』になった。巌二は感染せずに生き残っており、残りの研究員とともに引き続き不老不死の研究を続けた。……あとは、以前に話した通りだ。新人種の一部が逃げ出し、人間大量殺戮の事件が起き、その事件は政府が箝口令を敷いたにも関わらず、日本全土どころか世界中に広がるほどの大事件となってしまった。政府は『新人種』の正体を、そして芳賀魔巌二の研究を認めていたという事実や人体実験を行っていたという事実を隠ぺいするために、『新人種』という種族をでっちあげたのだ」
新人種はもともと存在しており、山奥で暮らす「鬼」だった、と。「鬼」は人を殺すことに快感を覚える忌むべき種族。
そのようなでっちあげを作り、新人種を飛龍島に閉じ込めているのは、過去の出来事――人体実験やウイルス感染などの事実を、漏らさないためでもあったのか。
「歴史が変われば、人々の認識や正義も変わる。八十年前は、個人の人体実験を国が認めるなどが横行されていた時代でもあった。だが現在、その事実が世間に公表されれば、日本中……いや、世界中から、日本政府は非難されるだろう。非難などという言葉では済まされないかもしれない」
ここで、先ほどの小毬の言葉に戻るのだろう。
だからこそ、政府は新人種を殲滅したいのだ、と。事実を知る新人種さえ殲滅してしまえば、過去の秘密が漏れることはない。日本政府にとって「新人種」とは悪しき鬼などではなく、政府を危機に陥らせる可能性のある爆弾なのだ。
小毬は視線を落とした。
結局は、何もかもが「ヒト」の都合なのだ。この島で暮らす新人種たちは、被害者でしかない。わかっていたことだが、トワから真実を聞いた今、小毬のなかで「ヒト」に対する腹立たしさが激しく増した。
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