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第三章 日々の暮らしと、『芳賀魔巌二』
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離れていく船は、飛龍島を管理している『ヒト』のものだ。小毬は高みになっているミカン畑から、その船を眺めていた。
週に一度やってくるあの船は、最低限の食料(調味料、米など)と衣類を作るための布を置いていく。今回の船は小さいが、年に二度だけ大型の船が来て、鍬やスコップなどの農業用具や、鍋や器、針や糸などの生活道具なども置いていくという。
新人種は、飛龍島で生活を保障されていると聞いていたが、これでは飼われているのと大差ない。島民らもそれを実感しているようで、なるべくヒトが支給してきたモノは使わないようにしている、ということだ。
「ちょっとあんた、動きなさいよ!」
百合子の叱責に、小毬は飛び上がった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「この島で暮らすからには、ちゃんと仕事をしてって言ってるでしょ。なんでこんなこともできないの」
食糧に関しては、基本的に自給自足である。
小毬が割り宛てられた仕事は、ミカン畑の手入れだ。今の時期に摘果という作業をしなければ、春にちゃんとした実がならないのだという。
摘果とは、樹になった多すぎる果実を取り除き、適切な数に減らして充分な栄養を与えることだ。
(これかな)
受けた説明を思い出しながら緑色の実を切ろうとして、百合子に肩を叩かれた。
「何やってんの、それじゃないでしょ! 何度言えばわかるのよ。摘果する実は、色が薄いものや濃すぎるもの、付近の葉が枯れてるもの、でしょう。あなたが切ろうとしたそれはどう? ちょうどいい濃さと大きさじゃないの」
「……ごめんなさい」
「もういいわ。さぼるわ仕事は覚えないわ、あんたここに来て何日なの!? もうそろそろ半月でしょ、まぬけ!」
唇を噛む。
せっかく割り当ててもらった仕事なのに、満足にできない自分が悔しかった。摘果作業も、最初に百合子から説明を受けた。文句を言いつつも、仕事だからと百合子はちゃんと一から教えてくれたのだ。なのに、小毬にはミカンの実の違いがわからない。濃さもほとんど同じに見えるし、どの実を摘果すればいいのか判断がつかないのだ。
「もう二度と実を触らないで。はぁ、あんたには草刈りを任せるわ。それくらいできるでしょ」
「あ、はい。草刈りなら、経験あります」
経験と言っても、地域の集まりでグラウンドの掃除をしたことくらいだけれど。
百合子は何度もため息をつきつつ、小毬を連れてミカン畑の奥へと向かう。最奥にたどり着く前に足を止め、小毬にカマを渡した。
「さっきも言ったけど、こういう道具は貴重だから大事に使ってよ。万が一壊したりでもしたら、あんたの命で償ってもらうから」
「命で!?」
「文句あんの」
「あ、いや、えっと。……わかりました」
壊すわけにはいかない、とカマを握りしめる。
「それで、どこを刈ればいいんですか」
「全部に決まってるじゃない」
え、と短く答えて辺りを見回した。
乱立するミカンの木々。それらを、小毬の膝下くらいの長さがある雑草が飲み込もうとしている。先ほど小毬が作業をしていた海側は草刈りをしてあったが、奥まったこの辺りは何日も手つかずだったようだ。
「それじゃあ、今度はちゃんとやってよね」
百合子は小毬を残して、自らの仕事に戻って行った。
小毬は再び辺りを見回した。ミカン畑は、ずいぶんと広い。高校の体育館くらいの広さはあるだろう。
小毬は空を見上げた。青空が広がり、白い雲がゆったりと流れていく。半月もの間この島で暮らすうちに、一日の時間の流れがなんとなくわかるようになっていた。あと三時間もすれば、陽は沈み始めるだろう。なんとかその時分までに、出来る限りの草刈りを終わらせないと。
(よし。頑張ろう。私にできることをしなきゃ)
小毬は気合を入れると、しゃがみこんで草を刈り始めた。
草刈りをしながら、小毬は思う。
小毬が飛龍島へ来て、半月が過ぎようとしている。
ここでの生活に順応できるように、トワや百合子に様々なことを教えてもらいながら日々を過ごしているのだ。一日の大半を農作業と食事の支度に費やし、一日働いて疲れて眠る。
その繰り返しの毎日は酷く疲れるのに、なぜだかとても穏やかでもあった。
勿論、百合子には毎日怒鳴られるし、ほかの新人種たちにも冷たくあしらわれる。けれど、幸か不幸か、小毬のこれまでの生活を思えば充分耐えることができた。
むしろ、ただ学校へ通うだけの日々より、毎日が充実しているような気がする。
小毬は草刈りの手を止めて、後ろを振り返った。
薄闇に溶けるようにして、綺麗に草刈りを終えた畑が広がっている。まだ草刈りをしなければならない範囲は残っているが、今日はこのくらいにしよう。
ずいぶんと陽が暮れてしまった。百合子たちの姿ももうない。
(今日中に終わらせたかったけど、そろそろ帰らないと)
週に一度やってくるあの船は、最低限の食料(調味料、米など)と衣類を作るための布を置いていく。今回の船は小さいが、年に二度だけ大型の船が来て、鍬やスコップなどの農業用具や、鍋や器、針や糸などの生活道具なども置いていくという。
新人種は、飛龍島で生活を保障されていると聞いていたが、これでは飼われているのと大差ない。島民らもそれを実感しているようで、なるべくヒトが支給してきたモノは使わないようにしている、ということだ。
「ちょっとあんた、動きなさいよ!」
百合子の叱責に、小毬は飛び上がった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「この島で暮らすからには、ちゃんと仕事をしてって言ってるでしょ。なんでこんなこともできないの」
食糧に関しては、基本的に自給自足である。
小毬が割り宛てられた仕事は、ミカン畑の手入れだ。今の時期に摘果という作業をしなければ、春にちゃんとした実がならないのだという。
摘果とは、樹になった多すぎる果実を取り除き、適切な数に減らして充分な栄養を与えることだ。
(これかな)
受けた説明を思い出しながら緑色の実を切ろうとして、百合子に肩を叩かれた。
「何やってんの、それじゃないでしょ! 何度言えばわかるのよ。摘果する実は、色が薄いものや濃すぎるもの、付近の葉が枯れてるもの、でしょう。あなたが切ろうとしたそれはどう? ちょうどいい濃さと大きさじゃないの」
「……ごめんなさい」
「もういいわ。さぼるわ仕事は覚えないわ、あんたここに来て何日なの!? もうそろそろ半月でしょ、まぬけ!」
唇を噛む。
せっかく割り当ててもらった仕事なのに、満足にできない自分が悔しかった。摘果作業も、最初に百合子から説明を受けた。文句を言いつつも、仕事だからと百合子はちゃんと一から教えてくれたのだ。なのに、小毬にはミカンの実の違いがわからない。濃さもほとんど同じに見えるし、どの実を摘果すればいいのか判断がつかないのだ。
「もう二度と実を触らないで。はぁ、あんたには草刈りを任せるわ。それくらいできるでしょ」
「あ、はい。草刈りなら、経験あります」
経験と言っても、地域の集まりでグラウンドの掃除をしたことくらいだけれど。
百合子は何度もため息をつきつつ、小毬を連れてミカン畑の奥へと向かう。最奥にたどり着く前に足を止め、小毬にカマを渡した。
「さっきも言ったけど、こういう道具は貴重だから大事に使ってよ。万が一壊したりでもしたら、あんたの命で償ってもらうから」
「命で!?」
「文句あんの」
「あ、いや、えっと。……わかりました」
壊すわけにはいかない、とカマを握りしめる。
「それで、どこを刈ればいいんですか」
「全部に決まってるじゃない」
え、と短く答えて辺りを見回した。
乱立するミカンの木々。それらを、小毬の膝下くらいの長さがある雑草が飲み込もうとしている。先ほど小毬が作業をしていた海側は草刈りをしてあったが、奥まったこの辺りは何日も手つかずだったようだ。
「それじゃあ、今度はちゃんとやってよね」
百合子は小毬を残して、自らの仕事に戻って行った。
小毬は再び辺りを見回した。ミカン畑は、ずいぶんと広い。高校の体育館くらいの広さはあるだろう。
小毬は空を見上げた。青空が広がり、白い雲がゆったりと流れていく。半月もの間この島で暮らすうちに、一日の時間の流れがなんとなくわかるようになっていた。あと三時間もすれば、陽は沈み始めるだろう。なんとかその時分までに、出来る限りの草刈りを終わらせないと。
(よし。頑張ろう。私にできることをしなきゃ)
小毬は気合を入れると、しゃがみこんで草を刈り始めた。
草刈りをしながら、小毬は思う。
小毬が飛龍島へ来て、半月が過ぎようとしている。
ここでの生活に順応できるように、トワや百合子に様々なことを教えてもらいながら日々を過ごしているのだ。一日の大半を農作業と食事の支度に費やし、一日働いて疲れて眠る。
その繰り返しの毎日は酷く疲れるのに、なぜだかとても穏やかでもあった。
勿論、百合子には毎日怒鳴られるし、ほかの新人種たちにも冷たくあしらわれる。けれど、幸か不幸か、小毬のこれまでの生活を思えば充分耐えることができた。
むしろ、ただ学校へ通うだけの日々より、毎日が充実しているような気がする。
小毬は草刈りの手を止めて、後ろを振り返った。
薄闇に溶けるようにして、綺麗に草刈りを終えた畑が広がっている。まだ草刈りをしなければならない範囲は残っているが、今日はこのくらいにしよう。
ずいぶんと陽が暮れてしまった。百合子たちの姿ももうない。
(今日中に終わらせたかったけど、そろそろ帰らないと)
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